浦添総合病院手術部 島袋 勉
社団法人日本麻酔科学会では、2000 年から 10 月13 日を「麻酔の日」と定め、一般の方々 にも広く、麻酔、および麻酔科医の果たす役割 を知ってもらうための啓発活動を全国で行って います。西洋医学を基礎とした現代医学におい ては、1846 年、アメリカの歯科医師ウイリア ム・モートンがエーテルを用いて、麻酔を行っ たのが、世界初の全身麻酔の始まりであるとさ れています。しかし、それを遡ること40 年前 の1804 年(江戸時代文化元年)10 月13 日、 日本人医師華岡青洲によって、6 種の薬草を調 合して作り上げた「通仙散」を用いた全身麻酔 による乳がんの手術が行われており、世界初の 全身麻酔の偉業を称えて、10 月13 日を麻酔の 日と定めたということです。
最近は、テレビドラマや、マンガ、小説等に も麻酔科医が登場するものが増えて、普段どん なことをしている医師なんだろうということに ついても徐々に知られるようになってはきまし た。しかし、手術を受ける患者さんに、麻酔の 説明をする場合でも「手術を受けるのはいいん だけど、麻酔が怖くて・・・」と、過度の恐怖 心を持っておられる方から、「麻酔?寝かせる 注射したらもう終わりでしょ」と安易に考えて いる方まで、反応は人それぞれで、やはり、よ り正確な知識を知っていただく啓発活動は大切 だなと感じます。
また、一般の方々に限らず、医療従事者の皆 様にも、病院における麻酔科医の役割と、現状 について理解を深めていただくことも重要なこ とであると実感しています。
私が勤めております浦添総合病院において も、年々手術件数はうなぎ上りに増えており、昨年1 年間の総手術件数も約4,500 件(その 内、全身麻酔症例が約3,200 件)となっていま す。それに伴って、麻酔、および麻酔科医の果 たす役割もますます重要性を増しているといっ てよいでしょう。それは、患者さんにとって、 安全かつストレスの少ない呼吸・循環管理、お よび疼痛管理を行うという麻酔科医本来の役割 だけにとどまらず、ともすると、あふれ出る手 術を、手術部の限りある資源(外科系医師、麻 酔科医、看護師、助手、技師、クラーク等の人 的資源と、手術室、麻酔器、透視装置、各種検 査機器、手術器具、滅菌装置等の物理的資源) を用いて、いかに効率よく、最大限に生かしき るのかという手術室総合コーディネーターの役 割を兼ねている点において、病院経営上の大切 な部分を担っているといえるといえるのではな いでしょうか。そういう意味では、手術部運営 の経営担当者としての視点も麻酔科医には求め られています。
医療も、言葉を変えれば、サービス業のひと つであると考えると、他業種の経営指針の中に も学ぶべきことがあります。ここで、世界有数 の高級ホテルチェーン、フォーシーズンズホテ ル(以下FS)の根本指針を紹介させていただ きます。
FS チェーンは1961 年、カナダのトロントで イザドア・シャープ氏が創業。やがて世界各国 に展開する過程で、70 年代の終わりにシャー プ氏らが、世界中のFS に共通の根本指針とし てゴールデン・ルールを掲げました。FS の英 文ホームページにはこのルールが、「To treat others as you wish to be treated」(自分がされたいように、他の人々にすること)と記され ています。
その具体的展開のひとつに、
「Do that little bit extra.」(もう一歩先の サービスをせよ)というものがあります。
『お客様の欲することを、お客様の期待以上 のサービスで、して差し上げること』です。
ほんのちょっとした(little bit)心遣いがあ るかどうかで、私たちからすると、患者さんの 医療に対する受け取り方、印象が変わってくる ということではないでしょうか。
では、相手の期待を読み取り、その期待を上 回るサービスをクリエイティブに提供するため に必要なことは何でしょうか?その問いに、 「FS 椿山荘東京」ホテルレストラン支配人想田 由二氏は、
「お客様が望まれていることを汲み取るに は、一種のセンス、感性が必要なんです。これ は訓練しなければ身につきません。『期待以上 のことをして差し上げたい』と思う気持ちが、 感性を磨くことにつながっていきます。初めて 彼女を家に呼ぶときに、彼女の気持ちを想像し て、会話や飲み物の出し方を何度もシミュレー ションしたりするのと同じですよ。
あるいは、私はご年配のお客様が来店された ら、自分の祖父や祖母だと思うことにしていま す。そうすれば、料理の説明に難しいカタカナ 言葉は使いません。また、『このお客様は今ど んな気持ちでこのサラダを召し上がっているん だろう? もし自分なら……』と、自分をお客 様に乗り移らせて考えることもあります」と答 えています。
自分の愛する人や身内にするように、お客様 を迎える。自分をお客様に投影して考える。あ る意味で、「身内と他人」「自分と相手」という 壁を取り払った愛の心が、感性の高いレベルで のホスピタリティにつながっていくのではない でしょうか。
私たち麻酔科医をはじめとする医療従事者ひ とりひとりが、ゴールデンルールに則った医 療・看護を日々考えながら働くときに、善の循 環が始まり、自分も、患者さんも、他の医療ス タッフも、お互いにwin-win の関係を保ちなが ら、社会的要請にも答えうるような良質な医療 を提供できると考えています。
麻酔とは、建築物に例えると、その建物の基 礎の部分、土台の部分にあたる仕事ではないか と思っています。麻酔中、患者さんは寝ておら れることが多いので、患者さんの目には見えな いかもしれませんが、土台なしでは建物が建た ないように、麻酔科医が手術室のあらゆる方面 において、しっかりとした土台となることによ って、安全・安心な手術という建物を完成させ る一翼を担えれば幸いです。