沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 5月号

平成22年度 母子保健講習会報告

宮里善次

理事 宮里 善次

平成23 年2 月20 日、“平成22 年度母子保健 講習会”が日本医師会館大講堂で開催された。 午前中はATL に関するシンポジウムが行われ、 1)血液内科、2)産婦人科、3)患者、4)行政の四 者の立場から発表があった。

初めに長崎大学の血液内科、塚崎邦宏准教授 の発表では、一旦感染するとHTLV-1 はプロ ウィルスとして宿主ゲノムに終生組み込まれ、 多様な臨床象(くすぶり型〜 aggressive ATL まで)を呈することが示された。日本では年間 100 人がATL を発症していると推計される。 JCOG(Japan Clinical Oncology Group)で aggressive ATL に対する抗癌剤の多剤併用療 法の開発が進んでいるが、3 年生存率が改善し たとは云え、20 %と依然不良である。同種造 血幹細胞移植法(allo-HSCT)により治癒に 至ったケースの報告があり、骨髄の非破壊前処 置によるallo-HSCT の有用性が国内で検証さ れつつあるとの報告があった。

また欧米ではインターフェロンαとジドブジ ンの併用療法がいずれの病型にも汎用されてお り、特にidolent ATL では化学療法よりも有 望な成績が報告されている。極めて難治性の高 いATL に対する標準的治療法の開発は、患者 発生が多く臨床試験実施体型の整った日本でし かできない。治療戦略として病型分類と予後予 測に有用な分子マーカーと初期治療後の残存病 変の評価を組み合わせることにより、多様な ATL に対する標準治療法の開発が望まれると の提言があった。

次に長崎大学産婦人科、増ア英明教授から 『HLTV-1 母子感染予防対策について』発表が あった。

長崎県では1987 年から「長崎県ATL ウィ ルス母子感染防止研究協力事業」を開始した。

T.その結果最初の10 年間で以下のような成 績が得られた。

1)ATL の母子感染経路の主経路が母乳感染で あることが証明できた。

2)母乳以外の母子感染経路があること、唾液 や子宮内感染の可能性は低いことが判明し た。

3)母子感染の予防法として人工栄養が最も有 用であることを証明した。

4)授乳機関によって母子率に差があることを 証明し、人工栄養に比べて長期母乳では役8 倍、短期母乳でも役3 倍母子感染率が高いこ とが判明した。

5)HLTV-1 抗体を用いた児への感染を証明で きる時期は、生後24 ヶ月以降であることが 明らかとなった。

U.さらに10 年を経過した時点で、以下のこ とが確認できた。

1)20 年間の研究で、キャリアの母親からの母 子感染率は、人工栄養では2.4 %であること が明らかとなった。一方、母乳栄養では 20.5 %と、両者の間には大きな感染率の差を 認めた(P < 0.01)。また6 ヶ月未満の短期 母乳では8.3 %の感染が認められた。搾乳後 凍結保存した母乳ではT 細胞が破壊されるた め、その感染率は人工栄養と同率であった。 どうしても母乳を飲ませたい母親には有用で ある。

以上の研究成績から、20 年間の予防対策の 成果として、約1,000 人の小児のキャリア化が予防され、ひいては将来のATL 発症が50 人程 度防止されたと考えられる。

3 番目に患者代表としてテレビで活躍してい る有名な方が講演された。実兄からのミニ骨髄 移植を受けたが、幸い経過は良好とのことであ った。

発表の主旨を要約すると、医療側に対して

1)ATL に関する正確な情報を提供して頂きたい。

2)専門的用語ではなく、患者に分かる言葉で説 明して欲しい。

3)数値による判断ではなく、例え1 %の可能性 があるのであれば、心ある人間として接して 頂きたい。

また患者として

1)あらゆるネットワークを使って、信頼できる 医療機関を捜すべき。

2)治療法の判断は自己責任で決定する。

最後に厚生労働省のHLTV-1 特命チームか ら発表があった。

前宮城県知事の浅野史郎氏がATL を発症 し、患者会とタイアップして官邸に訴えたこと で、平成22 年9 月に内閣総理大臣の指示によ り、総理大臣をトップとする『HLTV-1 特命 チーム』を設け、『HLTV-1 総合対策』を取り まとめた。今後国は地方公共団体、医療機関、 患者団体等と密接な連携をはかりつつ、 『HLTV-1 総合対策』を強力に推進する。

重点対策として

1)予防対策の実施。

2)相談支援

3)医療体制の整備

4)普及啓発、情報提供

5)研究開発の推進

6)推進体制(国、地方公共団体、研究班)

以上の発表後討議が行われた。

議論が集中したのは母乳を飲ませるかどうす るかと云う点であった。長崎では飲ませた場合 と飲ませなかった場合のデータを示し、決定権 は母親に委ね、決して医師側の結論を強制しな い。ただし、飲ませないと決定をした時は乳首 を含ませることもさせないことまで徹底する。 産婦人科医会と小児科医会の意見が異なると保 護者に不安を与えるので、事前に両医会の意見 調整を行う必要がある。

母親にとっては将来の子どもの発症だけでは なく、自身と母親の発病不安と三重苦を与える ので、キャリア妊婦にATL の情報を与える時 は慎重にして欲しい。

患者代表から、医師は患者に対して優しい心 で接して欲しいと云う発言があったが、診療の あり方を含めて考えさせられる発言であった。

午後は『0 歳児における虐待防止対策の取り 組み』と題してシンポジウムが開催された。

1)行政の立場から

児童虐待の防止等に関する法律が施行されて 10 年が経つが、虐待相談の数は一貫して増加 を続け、0 〜 3 歳未満の数は20 %程度で推移し ている。

死亡例についてもとりわけ0 歳児が高い割合 で推移している。

0 日や0 ヶ月の死亡は望まない妊娠や育児不 安、産後欝が背景にみられることが多い。

2)現場からの考察として、救急がご専門の北九 州市立八幡病院院長:市川光太郎先生から映 像を交えた多くの症例提示があったが、保護 者が述べるような状況下でできた傷害とは考 えにくい。結論から言えば0 歳児のほとんど は殺人としか考えられないが、警察もそこま では立証できていないと云う報告であった。

3)小児科診療所の立場からと題して、東京都小 石川医師会理事の内海裕美医師は重度な外傷 を負った子どもが受診することは稀である が、診療所医師の役割はネグレクトの早期発 見である。その為には、勇気をもって報告す ることが必要であると強調された。

4)ペリネイタル・ビジット事業について、大分 県産婦人科医会の岩永成晃常任理事から発表 があった。妊娠28 週から産後56 日までの全 ての母親を対象に、希望者を産科施設から小 児科医へ紹介する。産まれてくる子の主治医を早く確保することで、育児不安を取り除く のが目的である。また、ハイリスクが心配さ れる例は月に一回開催される専門部会に報告 され、保健指導へとつないでいくが、そうし た事例は毎年100 例を越える。

ペリネイタル・ビジットの意義について次の 三点を強調された。

1.多くの妊産婦への育児支援と「育児不安へ の予防」ができるポピュレーション・アプロー チとしての機能を果たす。

2.育児のハイリスク者に対しても、早期から の発見、見守りのセーフティーネットの一つと なり支援につなげる。ハイリスク・アプローチ としての機能を果たす。

3.「周産期からの育児支援」を軸に、産婦人 科、小児科、行政の育児支援システムのシステ ムを育むことが可能である。

四者の発表を受けて討議が開催され、以下に まとめられた。

1)0歳児の虐待は幼児や小児のそれとは明らか に異なる。

2)特に望まない妊娠や産後欝、育児不安が根底 にある場合が多い。

3)死亡例は関係機関が関与しても死亡した症例 があるが、関与がない事例も多い。その特徴 として生後0 日の殺害、遺棄、その後のネグ レクト(栄養失調)、身体的虐待(頸部絞扼、 脳挫傷)、乳幼児検診見受診などである。

4)その為にはペリネイタル・ビジットのような 事業を全国展開させる必要がある。




友利博朗

八重洲クリニック 友利 博朗

平成23 年2 月20 日(日)日本医師会館にお いて平成22 年度母子保健講習会が開催された。 午前の部は「HTLV-1 母子感染予防対策につ いて」、午後の部は「0 歳児における虐待防止対 策の取り組み」の各メインテ−マで行われた。

今回は午前の部「HTLV-1 母子感染予防対 策について」について報告する。

冒頭に座長の寺尾先生(日本産婦人科医会会 長)からHTLV-1 抗体検査が妊婦健診で公費 扱いになった事と、結果、陽性と判定された妊 婦への正しいカウンセリングの重要性から今回 のシンポジウムになったとの説明がなされた。

4 名の各分野のシンポジストから講習がなさ れたので報告する。

1.ATL について
塚崎邦弘先生(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原研内科(血液内科)准教授)

レトロウイルスのヒトT リンパ球好性ウイル ス1(HTLV-1)が原因である成人T 細胞白血 球リンパ腫(ATL)は成熟T 細胞腫瘍の中で も極めて難治性であるが、無治療でも数年以上 病勢が進行しないことがあるindolent(慢性型 /くすぶり型)ATL から、多臓器浸潤、高Ca 血症、AIDS と同様な日和見感染症などにより 無治療では数週間で死に至ることが多い aggressive(急性型/リンパ腫型)ATL まで臨 床病態は多様である。

主な感染経路は母乳を介する母子感染であ る。また性交渉、輸血を介する伝播経路もあるが問題となるのは、ATL が感染後約50 年で発 症することから母乳感染対策が最重要である。 日本ではキャリアが100 万人以上おりその中の 5 %がATL を発症(生涯発症率)する。年々、 キャリア人口は減っているが高齢化のため発症 が増えている。九州地区に多い傾向からモ−タ リゼーションの発達で全国的、特に大都市圏の 感染者が増えているのが近年の特徴である。

日本では主にJapan Clinical Oncology Group(JCOG)でaggressive ATL に対する 抗癌剤の多剤併用療法の開発が進んでいるが、 3 年生存割合は改善しても20 %と依然不良で ある。有害反応は強いが宿主片対ATL 効果に より同種造血幹細胞移植療法が本疾患に治癒を もたらす事が報告されており、非破壊的前処置 によるall-HSCT の有用性が、それぞれJCOG で検証されている。

2.母子感染について
増崎英明先生(長崎大学医学部産婦人科教授)

ATL の多発地域である長崎県では、1987 年 から「長崎県ATL ウイルス母子感染防止研究 協力事業」を開始し、ATL を起こすウイルス HTLV-1 の母子感染予防および研究に努めて きた。その結果、最初の10 年で以下の成績が 確認できた。

1)ATL の母子感染の主経路が母乳感染である ことが証明できた。

2)母乳以外の母子感染経路があること、唾液 や子宮内感染の可能性は低い事が判明した。

3)母子感染の予防法として人工栄養が最も有 用であることを証明した。

4)授乳期間によって母子感染率に差があるこ とを証明し、人工栄養に比べて長期母乳では 約8 倍、短期母乳でも約3 倍母子感染率が高 いことが判明した。

5)HTLV-1l抗体を用いて児への感染を証明 できる時期は、生後24 ヶ月以降であること が明らかになった。

さらに10 年を経過して以下の事が確認できた。

1)20 年間の研究で、キャリアの母乳から母子感 染率は人工栄養で2.4%、母乳栄養では20.5% と両者間には大きな感染率の差を認めた。

2)妊婦抗体陽性率は事業開始時には約5 %で あったが、事業期間中現象を続け2006 年に は1.5 %まで下降した。

3)事業の効果が表れる1988年以降に出生し た妊婦の抗体陽性者は167名中1名のみ (0.6 %)と極めて低い傾向にある。自然減の 要因を差し引いても事業効果を反映出来てい るかどうか検討中である。

以上が母子感染についての報告である。

3.患者の立場から
安河内眞美さん(美術商やすこうち代表)

2004 年にATL を発症した。その際、当時の 主治医から十分な説明がないまま余命数年であ る事の宣告がされた。一方的な説明しかされず 大変辛い思いをした。その後、自分自身でも病 期の情報を調べ、友人の勧めもあり現在の主治 医に巡り合った。幸い同種造血幹細胞移植法が 効を奏して現在まで元気である。患者と同じ目 線で説明される主治医に出会えてとても助かっ た。Informed consent は非常に大事である事 を強調されていた。

4.行政の立場から
泉 陽子(厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長)

平成22 年9 月に内閣総理大臣の指示により 設けられた「HTLV-1 特命チーム」により、妊 婦健診の標準的な項目にHTLV-1 抗体検査を 追加し公費負担の対象にすること、保健指導体 制を整備すること等が決定された。今後、国 は、地方公共団体、医療機関、患者団体等と密 接な連携を図りつつ、「HTLV-1 総合対策」を 協力に推進する。また、妊婦の抗体検査を始め として、HTLV-1 抗体検査の全国的な実施に 当たっては、HTLV-1 キャリアに対する相談 支援(カウンセリング)体制の整備等を図る事 が不可欠であるとの報告がなされた。




村尾寛

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
村尾 寛

平成23 年2 月20 日、日本医師会館におい て、母子保健講習会が開催された。メインテー マは「子ども支援日本医師会宣言の実現を目指 して-5」である。午前中は「HTLV-1 母子感 染予防対策について」、午後は「0 歳児におけ る虐待防止対策の取り組み」であった。

午前中の最初の演者は、長崎大学大学院医歯 薬学総合研究科原研究内科(血液内科)准教授 の塚崎邦弘先生による「ATL について」であ った。HTLV-1 キャリアーは全国で約110 万 人と推定され、うち5 %がATL を発症し、 0.3 %がHAM を発症していると推定される。 ATL は毎年1,000 人以上の患者が死亡してい るが、治療法が確立していない。平均発症年齢 は60 歳以上で、リスクファクターとしては男 性・加齢・ATL の家族歴・HTLV-1 ウィルス 量などがある、ということであった。

2 人目の演者は、長崎大学医学部産婦人科教 授の増ア英明先生による「母子感染について」 であった。長崎県での妊婦のHTLV-1 抗体陽 性率は1988 年の7 %余りから2006 年の1.4 % へと大幅に減少しているが、確たる原因がよく 分からない。妊婦自身の出生年でみると、 1975 年以前の生まれが10.0 %、1981 〜 85 年 生が1.29 %、1986 〜 1991 年生が0.46 %とな っていて、大幅に減少している。HTLV-1 陽 性の告知は本人のみに行い、凍結母乳や人工乳 の選択は本人に自己決定させているが、姑など との人間関係がうまくいっていない家庭は授乳 を巡ってトラブルになりがちである、とのこと であった。

3 人目の演者は、患者の立場からということ でテレビ番組「なんでも鑑定団」レギュラー出 演者である安河内眞美さんであった。以前に肝 内胆管癌に罹患した際に東京築地の病院を受診 したが担当医の対応に満足できず、文献検索し て、肝内胆管癌症例を世界で一番診察している スローンケタリング癌センター病院の医師を自 力で探し出し、直接その医師の診察を受けたと のことであった。その医師から名古屋の医師を 逆に紹介され、名古屋で治療を受けて治癒し た。その後にATL を発症した。やはり東京築 地の病院を受診したが、担当医の心無い言葉に 傷つき、前回と同様に自分で納得できる医師を 調べたとのことであった。鹿児島県の今村病院 分院の医師を自分の主治医と決め、東京から鹿 児島に行って骨髄移植を受け、今は軽快してい るとのことであった。決して諦めない不屈の精 神力に圧倒された。

4 人目の演者は、厚生労働省雇用均等・児童 家庭局母子保健課長の泉陽子氏による 「HTLV-1 総合対策」の解説であった。総理大 臣の指示による「HTLV-1 特命チーム」の設 置に始まり、HTLV-1 総合対策の策定に至っ た経緯が説明された。詳細は厚労省のホームペ ージに既に掲載されている事だが、今後全国で 研修会を開催し、特にカウンセリングに力を入 れていきたい、とのことであった。

午後は「0 歳児における虐待防止対策の取り 組み」のシンポジウムであった。

1 人目の演者は、厚生労働省雇用均等・児童 家庭局総務課虐待防止対策室長の杉上春彦氏 による「行政の立場から」であった。児童虐待 は年を追って増加しており、虐待の相談件数も 平成21 年度には44,211 件に上り、一時保護は 10,682 件、施設入所が4,031 件であった。児の死亡例128 人のうち最も多いのは0 歳児で39 名を占め、特に生後一か月以内が47 %を占め ている、とのことであった。児童相談所は全国 共通ダイヤル0570-064-000 にしているので、 活用してほしいとのことであった。

2 人目の演者は、北九州市立八幡病院院長の 市川光太郎先生による「現場からの考察」であ った。子供1,000 人あたり1.5 人の割合で虐待 が発生している。望まない妊娠、若年妊娠、愛 着形成阻害、親としての自覚の欠落などの原因 が考えらえるものの、原因不詳もあるとのこと であった。思わず目を背けたくなるような実例 の写真が多数提示された。

3 人目の演者は、東京都小石川医師会理事の 内海裕美氏による「小児科診療所の立場から」 であった。日本では1 週間に2.7 人の子供が親 に殺されている計算になる。その子供を守るに は親自身を守る事が重要で、「私は悪くない」 という母親自体が密かにSOS を出しているサ インを、医師が見抜く眼力が必要である、との ことであった。

4 人目の演者は、大分県産婦人科医会常任理 事の岩永成晃氏による「ペイネイタルビジット 事業について」であった。「大分県ペイネイタ ルビジット事業」とは、妊娠28 週から産後56 日までの全ての母親を対象に妊娠中に産科の医 師から小児科医へ紹介し、妊婦が小児科医と信 頼関係を築く事から始まり、出産後の育児情報 や助言の提供を行ったりするとのことであり、 毎月一回、産科医師・小児科医師・保健師・ 行政担当者等の関係者が集まって専門部会が開 催され、問題事例を持ち寄って解決策を検討す る、ということであった。

全国から約400 名近い担当者が集まって熱心 に聴講したのが印象的であった。こういった講 義形式のセミナーは、インターネットを活用し てオンデマンドで観られるようにしておけば、 全ての医師が自宅にいながらにして学ぶことが できるはずである。全国の産婦人科医師1 万2 千人が、それぞれの空いた時間に直接聴講でき るようなシステムの構築が望まれる。