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梅毒の臨床像と血清診断の解釈

真栄田篤彦

中頭病院 感染症内科
*仲松正司、新里 敬 
(*現:沖縄病院呼吸器内科)

梅毒は感染症予防法では五類感染症に分類さ れ、全例報告の対象となっています。その届出 数は全国737 例(2007 年)、沖縄県5 例(2008 年)で、全国での年間報告数は、ヒト後天性免 疫不全症候群ウイルス(HIV)との共感染とと もに、増加傾向にあります。

術前などのスクリーニン グ検査として実施されて いるようですが、結果の解 釈を正しく行えているでし ょうか。そもそも、術前に 検査を行うこと自体に意 義はあるのでしょうか。

1.臨床病期と症状

梅毒は、スピロヘータ属 の一つであるTreponema pallidum(TP)による感 染症です。ほとんどが性行 為により感染し、ヒト〜 ヒト感染を起こします。感 染後には全身の臓器に菌が播種され、感染後の時期により、下記の病期 に分類されます(図)1,2)

図

図.梅毒の自然経過

1)第1 期梅毒(primary syphilis): TP の進 入部位の病変

感染後約3 週間でTP の進入部位に丘疹が生 じ(初期硬結)、やがて周囲が硬く隆起して、 中心に潰瘍を形成します(硬性下疳)。いずれ も疼痛などの自覚症状はほとんどなく、多くは 単発です。その後、両側鼠径部リンパ節など所 属リンパ節の無痛性腫張(無痛性横痃)が出現 します。硬性下疳や無痛性横痃は無治療でも自 然消失しますが、この病期の血清反応は偽陰性 を呈する可能性があるので要注意。

2)第2 期梅毒(secondary syphilis): TP の全身播種による病変+免疫応答

硬性下疳の出現から4 〜 10 週を経て、第2 期梅毒となります。皮膚症状が特徴的で、とく に発疹が手掌・足裏にも認められます。扁平コ ンジローマ、梅毒性粘膜疹、梅毒性脱毛などの 皮膚症状も出現します。この時期の症状も無治 療で自然消退します(数週間から数カ月)。こ の病期の血清反応は陽性であり、陰性であれば 梅毒はほぼ否定されます。

3)潜伏梅毒(Latent syphilis)

症状や中枢神経浸潤が認められない時期ですが、血清梅毒反応陽性のため、献血や検診での 偶然発見例が多くいます。梅毒の感染力は時間 経過とともに衰え、感染成立後4 年以降は性行 為での感染はないと言われますが、母胎から胎 児に感染し先天梅毒を起こす可能性は残りま す。潜伏梅毒の患者は無治療でもその70 %は 晩期梅毒には移行しないことが知られています が、自然治癒は疑問視されています3)。残りは 第3 期へ移行していきます。

(1)早期潜伏梅毒(early latent syphilis)

 感染成立後1 年の間は第2 期梅毒の再発 が多く見られるため(約25 %)、この時期 を早期潜伏梅毒と呼んでいます。

(2)後期潜伏梅毒(late latent syphlis)

 感染成立後1 年以上経過したもの。血清 検査で判明した感染時期が不明な梅毒もこ のグループに入ると考え、診療することが 推奨されています。

4)第3 期梅毒(tertiary syphilis)

無治療の人の3 分の1 がここに至ります。神 経梅毒、心血管梅毒、がま腫などが代表的疾患 ですが、他疾患の治療で比較的多くの抗菌薬が 投与される機会の多い現在では、この病期に至 る患者を診察することもかなり少なくなってき ました。

5)神経梅毒

以前は梅毒感染の進行期にみられる病態と考 えられていましたが、現在では感染早期から中 枢神経系に浸潤することが知られています。通 常の細菌感染と異なり炎症を起こさずに菌体が 排除され、明らかな症状を呈さない場合もあり ます。早期神経梅毒では主に脳脊髄液や脳血 管、髄膜に病変を形成し、髄膜炎や髄膜血管梅 毒の原因となります。後期神経梅毒(第3 期梅 毒)では主に脳実質や脊髄に病変を来たし、進 行麻痺や脊髄癆を来します。

2.診断

TP は試験管内での培養が不可能なため、病 変からTP を直接確認するか、血清抗体反応に より診断されることになります。直接検出法は煩雑で難しいことから、臨床での診断は、病歴 や臨床症状と血清抗体反応を組み合わせて行わ れます(表)。ここでは、血清抗体反応につい て述べます。

表.梅毒検査結果の解釈

表.

血清抗体反応検査は大きく非トレポネーマ抗 原による検査とトレポネーマ抗原による検査に 分けられ、組み合わせて診断に利用します。梅 毒診断において、各検査の長所と短所の理解が 非常に重要で、この結果判断を誤ると無用な治 療が行われることもあります。

1)非トレポネーマ抗原による検査

Serologic test for syphilis(STS)と称さ れる検査法。TP 感染により産生されるカルジ オリピンやレシチンなどのリン脂質を抗原とす る抗体を検出する方法で、ガラス板法、RPR (rapid prasma reagin)、VDRL(venereal disease research laboratory)などがありま す。どの検査法を使用しても感度や特異度に大 差はありませんが、経過観察では常に同じ検査 方法を使用すべきです。

STS 検査法では、いくつか注意する点があ ります。まず、偽陰性・偽陽性の可能性がある ことで、特に感染初期では偽陰性となることが 多いです。

次に、これらの検査方法は定量化できるた め、疾患の活動性や治療の反応性の指標とする ことができるのが特徴で、4 倍以上の上下変化 があれば有意と判断します。

抗体価が著明な高値の場合に見られる前地帯現象(prozone phenomenon)によるRPR や VDRL の偽陰性。頻度は約2 %で、第2 期梅毒 患者と妊婦に多いようですが1,4)、HIV 感染症 の合併例でも見られます。

また、生物学的偽陽性と呼ばれる膠原病や急 性ウイルス性疾患、妊婦、ワクチン接種後に偽 陽性を呈することがあります。この場合は、定 量検査で8 倍未満の低値になることがほとんど です(基準値は陰性となっていますが、臨床的 には8 倍以上を有意とします)

一般的には、梅毒の治療を開始すると抗体価 は低下し、第1 期梅毒、第2 期梅毒、第3 期梅 毒で、それぞれ1 年後、2 年後、5 年後に陰性 化すると言われています3)。十分な治療を行っ ても、抗体価が陰性化しない場合があり (serofast reaction)、HIV との重複感染で確 率が高くなります。

2)トレポネーマ抗原による検査

TP の菌体成分に対する抗体を測定するもの で、TPHA(treponema pallidum latex agglutination) とFTA-ABS(fluorescent treponemal antibody-absorption)の検査法があ り、非トレポネーマ抗原検査より特異度が優れ ています。

トレポネーマ抗原は一度陽性となれば生涯に わたって陽性となり、TP の感染の有無を判断 するのに適しています(感染がある、もしく は、感染していた、という意味)。しかし、活 動性とは相関しないため、治療効果判定には用 いることはできません。

3)感染初期における検査の注意点

感染初期はトレポネーマ・非トレポネーマ抗 原検査いずれも陰性となります。感染後約1 〜 2 週間後にTP に対するIgM(FTA-IgM)抗 体が産生され、その後IgG(FTA-IgG)と STS がほぼ同時に陽転し、TPHA が最も遅く 陽転する傾向があります。そのため、STS 陽 性・TPHA 陰性の場合は生物学的偽陽性とと もに感染初期の可能性もあり、感染が強く疑わ れるような症例では2 〜 3 週間後に再度検査を 行って判断することが必要です。

3.治療

病期により治療は異なりますが、中心となる 薬剤はペニシリンです。第1 期梅毒、第2 期梅 毒、早期潜伏梅毒ではベンザチンペニシリン筋 注1 回で治療が行われます。ただ、残念なこと に、我が国にはベンザチンペニシリンがありま せん!

そのため、アモキシシリンとプロベネシドを 併用して14 日間内服する、あるいは、セフト リアキソン250mg を1 日1 回5 日間筋注するこ となどが勧められています5)。後期潜伏梅毒、 晩期梅毒に加えて罹患期間不明の梅毒も同内容 の治療ですが、治療期間は長くなります。

神経梅毒については静注薬での治療が推奨さ れていて、ベンジルペニシリンカリウムを1 日 1,200 万〜 2,400 万単位4 〜 6 時間ごとに点滴 常駐します。治療後6 〜 12 ヶ月後に非トレポ ネーマ抗原検査(RPR やVDRL など)の値が 4 倍以上低下すれば、成功と判断されます。逆 に4 倍以上の増加は、治療失敗か再感染の可能 性があります。

4.術前における梅毒検査の意義

結論を先に言えば、術前のルーチン検査とし て梅毒検査を行う意義はありません。

まず、何のために、その検査を行うのでしょ うか。すべての検査がそうですが、本来「その 疾患が疑われるとき」に実施されるべきもので す。したがって、梅毒へ罹患していることが疑 われたとき以外、梅毒検査を実施する意味はあ りません。

では、針刺し事故時の梅毒感染確率はどうで しょうか。無症状の梅毒の場合(初感染のごく 初期もしくは潜伏梅毒期)はほとんど起きない と考えられています。有症状の場合には、針刺 し事故による感染例の報告がないわけではあり ません6)。ですが、通常そのような有症状者は、 手術に至る前に精査が行われ、手術はその治療 後になされることが多いはずです。もちろん、 例外がないわけではないでしょうが、そのよう なごくごく稀な事例を拾い上げるために、全手術症例のスクリーニング検査を実施する意義は どの程度あるのでしょうか。私たちは、ごく稀 な事例の検出率に膨大な医療コストを費やして いるのです。

それでも納得できないという方もいらっしゃ るでしょう。針刺し事故時に行われる検査内容 をご存知でしょうか。HBs 抗原・HCV 抗体、 HIV 抗体ですね。その中に梅毒検査は入ってい ませんし、我々の知る限り、やっているところ は世界でも皆無です。それは何を意味している のか。針刺しによる梅毒感染はほぼ起こりえな い、という証左なのです。

ルーチンとしての梅毒検査はもうやめにしま せんか。それとも、「今までそうしてきたから」 という根拠なき慣習を継続しますか?

文献
1)柳澤如樹、味澤篤:現代の梅毒.モダンメディア54: 42-49, 2008.
2)Golden MR, et al. Update on syphilis: resurgence of an old problem. JAMA 290:1510-1514, 2003.
3)Tramont EC: Treponema pallidum(Syphilis). In: Mandell GL, eds. Principles and Practice of Infectious Diseases, 6th ed. Churchill Livingstone, New York, 2004 pp 2768-278.
4)Hicks C. Diagnostic testing for syphilis. UpToDate ver 17.1.
5)青木眞:性感染症.青木眞編,レジデントのための感 染症診療マニュアル.医学書院,東京.2008
6)Franco A, et al: Clinical case of seroconversion for syphilis following a needlestick injury: why not take a prophylaxis? Infez Med 15:187-190, 2007.

「骨と関節の日」

テーマ:ロコモの要因としての腰部脊柱管狭窄症

日本整形外科学会では、運動器に関する理解を深めてもらうために平成6 年2 月に 10 月8 日を「骨と関節の日」と定めました。さらにWHO が「運動器の10 年」世界運 動を平成12 年(2000 年)から提唱したことを受け、「運動器の10 年・骨と関節の日」 として、運動器を健康に保つことの重要性を啓蒙しています。

さて、今年のテーマは日本整形外科医会により「ロコモの要因としての腰部脊柱管 狭窄症」と決定されました。沖縄県整形外科医会では、「ロコモの要因としての腰部脊 柱管狭窄症」について諸先生に専門的な立場から10 月8 日(ホネの日)にあわせて新 聞紙上の座談会で討論していただき、10 月11 日(日)には市民公開講座を下記の日 程で予定しております。また、講演後、医療相談や骨密度測定など無料で行うことも 企画しております。医療関係者各位の皆様には、「運動器の10 年・骨と関節の日」の 啓蒙活動に対してご協力をお願い申し上げます。

市民公開講座

  • テーマ:ロコモの要因としての腰部脊柱管狭窄症
  • 日 時:平成21 年10 月11 日(日)14 : 00 〜 16 : 00
  • 場 所:沖縄県立博物館・美術館3 階講堂
    〒900-0006 沖縄県那覇市 おもろまち3丁目1 番1 号