沖縄県立南部医療センター・こども医療センター神経内科
小嶺 幸弘
【要 旨】
成人の抗てんかん薬の使用について述べた。初回の発作のみで投薬を開始しない。 1 剤ずつ数ヶ月毎に小量減量し3 年間の無発作で投薬終了も可能である。抗てんか ん薬の選択は発作型に基づき、部分発作にCBZ、全般発作にVPA が第一選択であ る。ミオクロニー発作などにCBZ は避ける。単剤で開始し、2 〜 3 の単剤を切り替 えてだめなら併用する。理解しやすい相互作用表を示した。LTG とVPA の併用は 慎重にする。妊娠初期にVPA を避けるか、同1,000mg 以下が良い。TPM にも奇形 の報告が見られる。子の認知能低下を避けるため妊娠中にVPA(PHT ・PB)を避 ける。てんかん重積の治療も見直されてきている。治療がうまくいかない時、心因 性発作を再検討する。全身性強直間代発作や複雑部分発作で発作後10 〜 20 分の血 清プロラクチン値が上昇し、心因性発作と鑑別できる。発作から6 時間以上経てば 基礎値とみなせる。脳波ビデオ同時記録も有効である。
略号および主な商品名(太字は注射薬がある)
CBZ カルバマゼピン(テグレトール)、CLB クロバザム(マイスタン)、CZP クロナゼパム (ランドセン、リボトリール)、DZP ジアゼパム (ホリゾン、セルシン)、ESM エトスクシミド (ザロンチン)、GBP ガバペンチン(ガバペン) 2006 年発売、LTG ラモトリギン(ラミクター ル)2008 年発売、PB フェノバルビタール(フ ェノバール、静注ノーベルバール)、PHT フェ ニトイン(アレビアチン)、PRM プリミドン (マイソリン)、TPM トピラメート(トピナ) 2007 年発売、VPA バルプロ酸(デパケンR、 バレリン)、ZNS ゾニサミド(エクセグラン)
はじめに
てんかん治療は精神科の手を離れる傾向とい われており、一部例の手術を除けば治療が長期 に渡るので、神経内科・神経小児科・脳外科だ けでなく、他の臨床医も心得が必要と思われ る。てんかん発作を主治医が目撃することは実 際少なく、診断は家族などの情報に基づくこと が多い。治療には発作型が重要なので、鑑別が 容易なように次の項目に従って用語を振り返っ ておく。
1)非てんかん性けいれん:有痛性筋攣縮 (いわゆる、こむら返り)、顔面けいれんなどの 不随意運動で、意識障害を伴わない。三叉神経 痛や他の異常感覚なども含めてCZP が有効で ある。中でも、Restless legs syndrome に合 併することが多い周期性四肢運動異常は、足 の背屈などが20 〜 30 秒ごとに繰り返す特徴的 な不随意運動であるが、動きが粗大で、腎不全 などの基礎疾患があるので、てんかんを疑われ 紹介されることがある。本剤が良く効く。
2)てんかん性けいれん:間代性や強直性の けいれんで、運動野にてんかん性活動が及んだ ものである。意識障害をきたさなければ「単純 部分発作」の一つである。顔面や1 肢から始まり運動野配列に従ってけいれんが広がる (Jacksonian march)例がある。多くの場合、 大脳皮質全体に異常興奮が及び「二次全般化」 し意識障害をきたす。発作の初めから意識障害 とけいれんをきたすものは「全般発作」であり、 多く見られるが、その例でも脳波で局在性所見 があれば、二次全般化と考えるのが妥当である。
3)てんかん性非けいれん症状:けいれんを 伴わない意識障害などがてんかんで生じるもの である。いわゆる小発作という一瞬の意識障害 だけ(これも「全般発作」である)の例や、意 識障害と異常な行動をきたす「複雑部分発作 (精神運動発作)」例や、数は少ないが自律神経 症状(腹痛・頻脈など)をきたす「単純部分発 作」例がある。意識障害なく失語・錯覚・感情 変化きたす精神発作も単純部分発作とされる。
以下、成人の抗てんかん薬の使用について述 べる。
てんかん治療の開始と終了
てんかんと鑑別を要す病態は多く、初 回の発作のみで投薬を開始しない1)。てん かんを疑う例には脳波が必要であり、専 門医に相談する。脳波までの短期間は無 投薬にするしかない。脳波で棘徐波結合 などの明らかなてんかん原性所見があれ ば、初回発作とされても再発の可能性が 大きいので、社会的な状況も考慮し、よ く説明して治療を開始する。一方、脳波 が正常でもてんかんと思われる発作が複数 あれば治療する。Focal cortical dysplasia を除外するには脳CT では不十分で脳 MRI を要すが、その検査は治療開始後で も良い。
小児は発達に伴って発作が見られなく なる例があるが、思春期以降に発症した 真のてんかん例は治癒する例は少ない。投 薬で発作がなくその診断が疑問な例では、 よく説明して1 剤ずつ数ヶ月毎に小量減量 し3 年間の無発作で投薬終了も可とされ る。このように、てんかんであると誤診されると患者負担が大きいので、脳波の読みには 慎重であらねばならない。
抗てんかん薬の選択と相互作用
てんかんの分類には、病因をめざした「てん かん症候群分類」と発作の症状(すなわち病態) による「てんかん発作分類」がある。抗てんかん 薬の選択は後者に基づいて行われ、部分発作に CBZ が、全般発作にVPA が第一選択である2) (表1)。GBP・TPM・LTG の新規薬は先行し た外国でもガイドライン化途上であり日本でも ガイドラインは改訂中である。ミオクロニー発 作や欠神発作や脱力発作では、増悪の可能性が あるCBZ は避ける3)。単剤で開始し、2 〜 3 の 単剤を切り替えてもだめな時は併用するが、薬 物相互作用で血中濃度が変化することがあり注 意する(表2)。薬が10 種以上なので相互作用を覚えるのは難しく確認を要すが、従来 の表記では理解しがたいので全体が俯瞰 できる新しい表を作成した。C B Z ・ PHT ・PB(PRM は類似)は他剤の代 謝を亢進させそれらの濃度を減弱させる ことが多く、GBP ・TPM ・LTG の新 規薬は他剤への影響が少なく、VPA は増 強か減弱、その他は増強が多い。部分て んかんに使われるものを表の左よりに配 し、全般てんかんに使われるものを右よ りに配したが、きれいに2 分できるもの ではない。PB ・VPA など両タイプで使 われ、外国のNICE ガイドライン4)では 全般発作にもLTG やTPM が有効とされ ている。
表1 発作型と選択薬
表2 抗てんかん薬の相互作用
抗てんかん薬の副作用と血中濃度測定
1)発作が起きた場合、2)薬の種類や 量を変える場合、3)副作用を疑う場合に は血中濃度測定をおこなう。発作がなく 薬も継続例では、1 年に1 度くらいの測定 で問題はおきていない。有 効血中濃度を表3 に示すが 5,6)、新規薬とCLB は定ま ってないとされる。PHT の血中濃度は服用量に対し 指数的に増加するので注意 する。
副作用を表4 にまとめ た。CBZ ではふらつきが 多いのことを説明し、少量 200mg から始める。その維 持量は精神科では大量のこ ともあるが、12 歳以上の てんかんでは9 〜 11mg/kg (50kg で450 〜 550mg)と いう報告がある7)。LTG で は粘膜びらんなどのStevens-Johnson 症候群が 問題で、半減期がVPA で伸びるので、VPA に 併用時は25mg/日から開始し、慎重に増量す る。(表3)
表3 抗てんかん薬の有効血中濃度と用量
表4 各抗てんかん薬の副作用
妊娠への影響
2009 年のガイドライン8)の要点は下記の通り である。大奇形を避けるため、妊娠初期(the first trimester)に、VPA と他の抗てんかん薬との併用をさけ(レベルB)、VPA 単剤をさける (レベルC)。VPA やLTG は用量と関連あり(レ ベルB)、VPA は1,000mg 以下が良い。CBZ は 用量との相関はない。子の認知能低下を避ける ためには、妊娠中にVPA をさけること(レベル B)、PHT やPB もさけた方が良い(レベルC) が、CBZ とは関連ない。ガイドライン後の新し い報告でも、3 歳児評価でVPA は影響する9)。 よって、妊婦には VPA は避け、他の 併用療法もできる だけ避ける。新規 薬も検討され(表 5)10,11)、安全とさ れていたTPM に も奇形の報告が見 られる12)。
表5 抗てんかん薬と奇形発現率
てんかん重積の治療
てんかん重積の定義は、5 歳以上では5 分以 上けいれんが持続するか、意識回復が不完全で けいれんが断続するものとなっている13)。1993 年の手順(表6)14)が推奨されてきたが、見直 されてきている15)。静注(筋注はしない)ノー ベルバールも発売されたが、ロラゼパムとPHT 併用からミダゾラムなどの麻酔に行くという考 えもある15)。また、米国では、受診前に救急隊 が抗けいれん薬を静注すると予後が良いと報告 された16)。ミダゾラム筋注とジアゼパム静注と の比較は同等で17)、代用される。けいれん中の 静注や筋注は安全といえず、簡便な経粘膜ロラ ゼパム投与の試験は静注比較で無効とされ18)、 ミダゾラム経鼻投与が検討されている19)。
表6 てんかん重積の治療手順
治療困難な例で
さらなる新薬の登場も予想されるが、治療が うまくいかない時に考えておきたいのは、心因 性発作の除外である。医師が発作を目撃するこ とは少なく、心因性発作と分からないまま治療 開始され、紹介で継続しなければならない例が ある。発作まもなくであれば血清プロラクチン 値が有用である20)。発作後10 〜 20 分の血清プ ロラクチン値上昇が全身性強直間代発作や複雑 部分発作にみられ、失神との鑑別はできない (レベルB)が、心因性発作との鑑別に有用で ある(レベルB)。発作から6 時間以上経った 血清プロラクチン値は基礎値とみなせる(レベ ルB)。また、脳波とビデオの同時記録は有効 で、当院でも記録中に突然首を振りきれいに回 転してうつ伏せになった心因性発作をみた。家 庭にビデオカメラが普及しており、脳波がなく ても記録が有用なので薦めたい。
本稿の範囲外であるが、外科的成功例もめ ずらしくないので、治療困難な例では脳波で 局在性異常がないか、脳MRI で海馬硬化が ないか再検討も要す。
終わりに
筆者は以前から地域で神経疾患の診療体制を どうするかを考えてきたが、てんかん診療の担 い手が必要と考えている。また、診断にも治療 の評価にも長時間の脳波モニターが必要である が、国立のてんかんセンターでも長時間モニタ ーは検査室の人力に依存しており、従来よりも 優れた小型テレメトリー機器が必要である。最 後に、県内で長時間モニターができる体制が必 要と訴えたい。
文献
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16)から引用
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著 者 紹 介
沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
神経内科 小嶺 幸弘生年月日:
昭和25年 10月生まれ出身地:
沖縄県渡嘉敷村出身大学:
神戸大学 昭和51 年卒略 歴
昭和51年 神戸大学病院、以後 神戸市立神戸中央市民病院、田付興風会北野病院
昭和59年 琉球大学病院(平成6 年講師)
平成13年 国療日南病院、以後 国療琉球病院
平成18年 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター 神経内科部長専門領域
臨床神経学、不随意運動やてんかんその他・趣味等
3年かけて「神経診察ビジュアルテキスト、医学書院2002年」を出版。
問題:抗てんかん薬の使用について誤ったものはどれか。
早期関節リウマチの診断・治療について
問題:早期関節リウマチの診断について誤った 記載はどれか
正解 2