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丑年に因んで

名嘉村博

名嘉村クリニック 名嘉村 博

前回の干支の特集で依頼があり寄稿させてい ただきました。12 年たち再び依頼がありまし たのでこれも何らかの縁ではないかと思いまた 自分を振り返る機会として書かせていただくこ とにしました。前回はちょうど仁愛会浦添総合 病院が医療機関としては珍しい営業部や医事と 外来医療をすべて含めた外来部、病棟部長の新 設などの組織改革があり地域医療支援病院移行 への準備など種々の新しい試みをしている時期 でありました。私も内科部長やHCU 部長など 医師や看護師を中心とした業務から外来部長と 老健施設建設準備委員長という運営や経営にも 係る職種に任じられて新しいことができるとい う何となく高揚した頃だったように思います。 そのような背景で前回の随筆では自分のEQ (emotional quotient)を高めたいということ と医療、福祉、保健の機能分化が始まり金融や 他の分野同様に医療でも革命的な変化が起きる ので対応が必要となるという趣旨の内容を書き ました。両方とも出版もたくさんあり当時のト ピックスであり時代を反映したものです。

EQ とは感情指数とも訳することができ知能 指数(IQ)の対語で知識や知能はじめとする論 理だけではなく対人関係の感情的な面に配慮す るということです。しかしEQ の大切さを認識 しつつも実際の行動に移したかは疑問です。外 来部門は医事や図書などを含む大きな組織でし た。その中で自分では方針を明確にして(いる つもり)新しい試みをしようとしてもなかなか 実現できませんでした。業務に精通していない ことや他の業務を兼務していて現場での時間が 割けなかったことなどもありますが最大の要因 はひとをうまく動かし活用できなかったことだ と思います。老健施設では建築などのハード面 はほとんど思い通りにさせていただいたが、運 用では目標を達成できませんでした。新しい部 署なので自分の権限で人が採用や配置ができ、 また既に在宅ケアなども実施しており業務にも ある程度は通じていたのですが説明不足や他の 部門を顧みる努力をしなかったせいで法人や病 院全体からは浮き上がってしまって組織として の力を結集できなかったように思われます。振 り返ってみるとうまくいき成果が出せたときは 曲がりなりにも理念が共有され部署内の職員に も協力者がおり全体としてまとまりがあるが、 うまくいかなかったときはその逆ですべて自分 のEQ のなさコミュニケーションの不足に帰結 します。目標や理念が適切であっても組織の力 量を認識しないで独りよがりの論理で突っ走る と成功は難しい。目標を達成するには現況の把 握に努め好き嫌いだけで人を判断せずに能力の ある人にチャンスを与えて如何に活躍できる環 境を作れるかが大切だと思います。物事を成す には結局は他人との関係よりもまず私心あるい は自我との戦いであると痛感しました。人間と して未熟なのでその後この教訓を十分に生かし ているかは疑問ですが、そのようなことを念頭 におけるということは少し進歩していると言え るかもしれません。

医療改革については小泉構造改革に帰する意 見が多いようですが医療に関する限り十数年前 の厚生省時代からの既定方針を政権が代わって も粛々と(政治家の好んできた言葉であるが) 進めてきているというのが実態のように思われ ます。歳入が毎年増えてどう使うかを考えれば よかった高度成長期に作られた国家的、制度的 無駄、特殊法人を使った税金の収奪などを排す るようなドラスチックな政策転換がない限り医 療や福祉分野への予算の増加は困難ではないで しょうか。医師数についても日本の医師が少な いのは事実であるが増員については単に現状で の数合わせだけでなく将来どのような医療を提 供するかのビジョンに基づいて決定しなければ 禍根を残すことになるでしょう。医師の負担を軽減するには事務補助だけでなく医療における チームアプローチやケアマネージメントを進め て医師以外の医療、福祉、保健の専門職のさら なる活用と役割分担を推進する必要がありま す。医師以外の職種はコメディカルではなく専 門職です。また以前は開業医のほとんどが小児 科も診ていましたが現在あまりにも専門が細分 化して一人の患者さんが複数の内科の主治医を 持つというのも稀ではありません。開業前に数 カ月程度の教育プラグラムを用意して小児科の 初期診療を希望する内科系の開業医を増やし小 児科医は専門医としての役割を担うなど何らか の機能分担をしない限り数倍医師数が増えても まだ足りないということになるのではないでし ょうか。それと同時に医療提供者だけでなく受 給者である患者さんや一般市民も医療の効率的 な利用について考える時期にきているように思 われます。

現在は大きな社会の転換期です。戦前のコア となる部分が温存された第2 次大戦後よりむし ろ江戸から明治への世変わり、明治維新に匹敵 するような変化の時代です。マスメディアは画 一的に暗いニュースを流しています。歴史的に みると1929 年の世界大恐慌のほうがもっと大 変だったかもしれませんが今を生きる生身の人 間として現在が最も苦しいと思うことは当然で す。日本のバブルの崩壊や現在の米国のサブプ ライム問題から発した世界恐慌も理に合わない ことをするとその報いをいつかは受けるとのこ とわりを示しています。悲観論が優勢の時勢で ありますが見方を変えるとある意味ではこれほ ど世の中が正されている時期はないともいえま す。サラ金の不当利息、薬害、社会保険庁の年 金、食品の産地偽装などのさまざまな積年の膿 が白日の下にさらされその結果解決しようとい う動きも強くなりつつあります。ただ膿を外科 的に一気に治療する人(政治家?国民?)がい なく少しずつチビチビ出しているので痛みが続 いています。地球温暖化、少子化、食料の自給 率などの主要な問題も多角的、複眼的にとらえ て対処すれば将来は明るいでしょう。夜明け前 は一番暗い。制度や社会の変化の影響は甚大で すが変化の時代には過去に戻そうとしても成功 の見込みはすくなく苦しみながらも何らかの自 己変革を成し遂げたところが生き残ることは歴 史が証明しています。前向きに進むしかありま せん。そして今は気付かれなくてもそのような 組織はすでにどこかで産声をあげているかすで に存在していると思います。

最後に個人的には今後精神科や心療内科領域 以外の不眠症に力を入れたいと思っています。 不眠症の原因はほとんどが心理的あるいは精神 的な要因によるものと誤解されていますが実際 は原発性不眠や生理的な要因、あるいは精神科 領域以外疾患による不眠症の方が多いことが明 らかになっています。内科医だけでなくすべての 医師にとって睡眠の役割や不眠症については診 療上ますます重要になるものと確信しています。