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臨床医学の現場 ―透析室入門―

大浦孝

おおうらクリニック 大浦 孝

「秋深し隣は何をする人ぞ」と松尾芭蕉は詠 んだ。医療・医学界も細分化され、隣近所の領 域ですら、理解困難で、無関心で、しばしば情 報の孤島で仕事をすすめている場合もある。

ところで、病院・病室は密室である。感染の 拡散のため隔離するし、逆に汚染防止のため感 染源の侵入を禁止する。完全面会禁止となるこ ともある。密室の出来事は機密であるし、専門 的で説明困難なことが多い。時に部外者は誤解 する事もある。情報公開せよ、オープンにせ よ、とはいうが医療行為には必ずプライベート の部分が伴うものである。透析室も隔離病室で ある。生命維持装置が作動している高度危険区 域である。保安上も感染防御上も独立隔離病室 となる。その中の医療行為は専門的で説明困難 であるが、百聞は一見にしかずで見学が最も早 道である。しかしながら、個人情報保持のため 万人にオープンにはなっていない。そこでガイ ドブック様式で透析室の情報公開を試みたい。

透析医療現場の業務は次の5 項目に収束され る。個々の項目に比重の差はあるが、いずれの 作業も医療人が懸命に支えて、透析室は維持さ れている。

1)透析日常業務(4 〜 5 時間)

看護師が血圧、体温、その他をバイタル チェックし、臨床工学士は透析機器のモニ タリングを担当する。準備と後片付けでそ れぞれ一時間以上を要する。その間、食事 の配膳、下膳が入る。糖尿病で全盲の方も おり介助が必要となる。又、高齢者で喀 痰、咳嗽の方もおり吸引を要する場合があ るし、逆に酸素吸入を要する方もいる。時 に心電図のモニターを装着する場合もあ る。一集団として安心・安全・満足をモッ トーに業務は遂行される。

2)血管穿刺(シャント血管管理)

医療・治療において、血管確保は最も重 要である。全ての医療行為は血管確保から 始まるといっても過言ではない。救急時の 対応もまず血管を確保して採血し、輸液ラ インが文字通りライフラインとなる。透析 者の場合、動脈と静脈を吻合(シャント) 手術し、静脈を怒張させることにより、血 管確保が容易となり、充分な血流量が得ら れる。いわば人工的に作製した特殊な血管 であるために、その管理は高度の専門性が 要求される。又、この場合の血管確保、即 ち穿刺技術も訓練された高度の医療技術で ある。

確保された血管より体外循環回路へと接 続される。体外循環の中途の人工腎(ダイ アライザー)により血液は透析され、浄化 血液となり元の体内へ戻る。この4、5 時 間はいわば機械と共存した、自己の体内循 環と人工的な体外循環の二重循環で、生命 を維持し回復する時間帯である。透析室 は、この様に特殊な治療形態を取った、回 復室もしくはリハビリセンターとも言える。

3)合併症対策

長期透析者が年々増加し、20 年透析者、 30 年透析者も続出している。ところが相 矛盾する事ではあるが、透析が長期になる と新たな問題が発生した。全身の動脈硬化 病変の進行である。脳、眼、心、末梢血管 が動脈硬化、石灰化が進行する。腎不全は透析で克服したが、他の臓器障害が出現す るのである。副甲状腺機能亢進症も年々増 加している合併症の一種である。人工腎は 自己腎ほど完璧な腎臓ではない。その代償 として、副甲状腺が機能亢進し骨が軟弱化 する。掻痒感に始まり、骨痛、骨折等の症 状が出現する。薬物抵抗性の場合は手術の 適応となる。

透析者に貧血は必発の合併症である。造 血ホルモンであるエリスロポエチン製剤に よって貧血は改善するが、その至適基準値 はまだ議論のあるところで、QOL にも関 係するから重要事項である。その他、透析 されない血中物質(アミロイド等)が沈着 して手根管症候群等を合併する場合もあ る。いずれにせよ、今後とも透析療法はそ の合併症対策が重大な課題である。

4)高齢者対応

透析者も年々高齢化している。自立生活 能力が低下し、日常生活の支援・介護が必 要となる。送迎に始まり、摂食、排便等、 医療・治療以外の比重が重く、職員及び家 族にのしかかる。高齢者は合併症が多い、 その治療・看護・介護は更に加重される。 医療施設間のネットワークも不充分で、今 後は長期療養・介護・支援型透析施設が必 要となろう。

5)旅行する透析者(ビジター)

QOL の向上により健康な透析者はどこ へでも旅行することが出来る時代となっ た。沖縄県は観光立県として観光客は年々 増加し、年間一千万人を目標としている。 日本全国の透析者の人口は28 万人となっ た。一般旅行者の増加とともに、透析者の 旅行者も年々増加している。沖縄県では旅 行透析者を年間1,000 名以上受け入れてい る。当院でも今年は100 名以上受け入れる こととなった。今後は団体の旅行者を受け 入れる体制が必要となることであろう。

6)アフェレシス治療

透析医療技術が進化して体外循環装置の 進歩及び新しいカラムの開発により、いわ ゆる血漿交換療法、最近ではアフェレシス 治療と呼ばれるが、熟練した医療技術によ り普及している。これは難治性のリウマ チ・膠原病、腎疾患、皮膚疾患、消化器疾 患、神経疾患、血液疾患、その他の疾患の 原因物質を選択的に除去することにより集 中的に短期間で病態の好転を計る治療法で ある。血液透析療法と同様に熟練された医 療チームにより、早期発見、迅速なる対応 により今では外来通院で施行可能となりな った。慎重な適応の決定とタイミングが重 要で、低血圧、出血、感染等の副作用には 細心の注意が必要である。内科的外科治療 とも考えられ、分子生物学の理論により、 将来更に向上が期待される応用医学、医療 技術部門とも言える。

最近、透析室が社会の縮図の様に見えて来 た。病める方々が社会復帰し、社会の一員とな っている。透析者にとっては透析室は生活の一 部であるし、又、医療人にとっては医療行為を 実践する神聖な道場でもある。そこには様々な 情報が交錯し、さながら人生劇場の様相を呈し ているのである。