琉球大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学
我那覇 章
耳の日
「耳の日」は耳疾患に対する啓蒙と難聴者の ために役に立ちたいという願いを込めて日本耳 鼻咽喉科学会の提案により昭和31 年に制定さ れ、今年で54 回となります。今ではすっかり 定着し全国で様々な「耳の日」関連の行事が行 われております。日本耳鼻咽喉科学会沖縄県地 方部会では啓蒙活動の一環として3 月7 日 (日)、県立博物館・美術館にて市民公開講座 「耳の日」講演会を行い、難聴や聴覚補償、め まいに関する講演会を予定しております。
今回は耳の日に因んで、耳の代表的疾患であ る中耳炎について1)急性中耳炎2)滲出性中耳炎 3)慢性中耳炎4)真珠腫性中耳炎と中耳炎の合併 症6)手術治療をお話ししたいと思います。
急性中耳炎
小児に多い中耳炎です。本邦における急性中 耳炎の正確な罹患率は不明ですが、Faden らは 1 歳までに75 %の小児が罹患すると報告してい ます(Faden et al. 1998)。中耳は中耳腔の圧 調節を行う耳管という管で咽頭とつながってい ます。多くの場合、感冒罹患や鼻・副鼻腔炎等 の上気道疾患により生じた炎症が耳管を経由し て中耳に感染し急性中耳炎をおこします。起因 菌は肺炎球菌やインフルエンザ菌、黄色ブドウ 球菌が一般的です。小児では免疫系や耳管機能 が未成熟であること、解剖学的に耳管の向きが 水平に近く鼻腔や咽頭の感染が波及しやすいこ と等が急性中耳炎に罹患しやすい原因とされま す。初期には鼓膜の発赤のみですが、炎症の増 悪に伴い中耳内膿貯留、鼓膜の腫脹をきたしま す。自覚的には耳痛、難聴を訴え、炎症の増悪 に伴い耳漏を生じます。小児では急性中耳炎が 発熱の原因になっていることも多くあります。 治療は抗菌薬の投与が基本となります。現在、 本邦においては急性中耳炎、副鼻腔炎、扁桃 炎、扁桃周囲膿瘍の起因菌の全国調査が定期的 に施行され、肺炎球菌の約60 %はペニシリン 耐性であり、インフルエンザ菌の約50 %はβ ラクタマーゼ非産生菌であったと報告されてい ます(鈴木2000, 西村ら2004)。このように 薬剤耐性菌による急性中耳炎が本邦では高頻度 となっており、欧米では抗菌薬を使用しない報 告がなされていますが(Rosenfeld et al. 2003) そのまま適応できません。保存的治療に抵抗す る場合は鼓膜切開(鼓膜に小さな穴をあけて中 の貯留物をドレナージする)等の外科的治療の 併用を必要とします。
滲出性中耳炎
小児と高齢者に多い病気です。耳管の働きが 悪く、中耳の陰圧が持続した結果、滲出液が中 耳に貯留します。飛行機に乗ったときに耳のつ まり(耳閉感)を経験する方は多いと思います が、この耳閉感は気圧の変化にともない鼓膜内 外の圧平衡が崩れた結果起こっています。あく びをしたり、つばを飲み込んだりすると耳閉感 が改善するのは、その時に耳管が開放し中耳の 圧調節を行っているのです。滲出性中耳炎は耳 管の働きが悪くなる状態(感冒やアレルギー性 鼻炎、副鼻腔炎等の上気道疾患)や航空機搭乗 などによる気圧変化の暴露に続発します。感染 を伴うものではないので痛みを自覚することは ほとんどなく、多くの場合は難聴感や耳閉感 (耳が詰まった感じ、自分の声が響く感じ)を 自覚します。原因となっている疾患(感冒やア レルギー性鼻炎、副鼻腔炎等の上気道疾患)を治療することにより耳管の働きが改善されれば 中耳の換気が行われるため、多くの場合は保存 的に治癒します。保存的に治癒しない場合には 鼓膜切開を要する場合もあります。
慢性穿孔性中耳炎
中耳の炎症が慢性的に持続した結果、鼓膜に 穿孔を生じ鼓膜の穿孔が閉鎖しなくなった状態 です。急性中耳炎との区別は発症後3 か月を経 過しても鼓膜穿孔が停止しなかった場合とされ ています。鼓膜に穿孔があるため中耳は常に外 耳道からの刺激に暴露されており感染が生じや すい状態です。中耳の感染は軽快、増悪を繰り 返します。自覚症状としては耳漏を反復しなが ら難聴の増悪を自覚します。医療環境の向上や 抗菌薬の進歩により罹患者数は減少傾向にあり ますが、沖縄県では中・高年者においていまだ 多くの患者さんを認めます。保存的治療による 治癒は困難な場合が多く、耳漏の停止や聴力改 善を目的とした手術が勧められます。
真珠腫性中耳炎
鼓膜(角化上皮)の一部が中耳に侵入・増殖 して腫瘤を形成したものです。耳管の機能不全 や鼻すすりによる持続的な中耳陰圧により鼓膜 の一部が鼓室側へ内陥・侵入するとされていま す。中耳内の角化上皮は、感染(耳漏)を伴い ながら堆積(増大)し周囲組織を破壊します。 初期の自覚症状は難聴や耳漏、耳痛ですが、病 変の増大に伴い周囲の半規管、蝸牛、顔面神経 や頭蓋底を破壊し、めまいや内耳炎、顔面神経 麻痺や硬膜外膿瘍、脳膿瘍等を合併する場合が ある危険な中耳炎です。合併症には頭蓋外合併 症としては内耳炎、顔面神経麻痺、乳突部皮下 膿瘍(急性乳様突起炎)などが、頭蓋内合併症 として脳膿瘍、化膿性髄膜炎、硬膜外膿瘍、錐 体尖炎などがあります。多くの場合は、真珠腫 性中耳炎に続発して発症しますが、小児の場合 には急性中耳炎に伴い顔面神経麻痺や髄膜炎、 急性乳様突起炎をおこすこともあります。現在 でも沖縄県においては、中耳炎による頭蓋内合 併症は把握できる範囲で年に1 例程度発生して います。
手術治療
急性中耳炎や滲出性中耳炎は適切な保存的治 療により多くの場合治癒します。慢性中耳炎や 真珠腫性中耳炎では保存的治療による治癒は困 難ですが、手術により耳漏の停止や合併症の回 避、聴力改善をおこなえます。中耳炎の程度や 病態により手術による聴力改善率は異なります が、聴力改善を目的とした手術的治療の聴力改 善成績は約75 %であり比較的満足できるもの と考えています。
おわりに
以上、中耳炎についてお話しました。中耳炎 は難聴ばかりでなく耳閉感や耳痛、耳漏を反復 し、日常生活の質を大きく損ないます。薬剤耐 性菌の増加に伴う難治化などの問題点もありま すが、適切な治療により多くは苦痛から開放さ れます。中耳炎やその他、耳鼻咽喉科疾患を疑 う場合は是非お近くの耳鼻咽喉科医(http://www.ent-ryukyu.jp/okinawa-part/okinawa.html)にご相談いただきたいと 思います。