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世界結核デー(3/24)に因んで

藤田次郎

琉球大学医学部感染病態制御学講座(第一内科)
教授 藤田 次郎

世界結核デーとは?

3 月24 日は世界結核デーである。この世界結 核デーの趣旨は、みんなで結核について考える 日ということである。世界結核デーの意義につ いて、その歴史も含めて述べたい。

1882 年3 月24 日、ロベルト・コッホは結核 菌の発見を学会で発表した。WHO(世界保健 機関)はそれから100 年たった20 世紀にまだ 結核を根絶できていないという状況を打破する ため、1997 年の世界保健総会で、この日を正 式に「世界結核デー」と制定した。

世界の結核の現状

世界では、有効な治療方法が確立してから 50 年たった現在でも、毎日約2 万5 千人が結核 を発病している。すなわち毎年、約9 百万人近 い人が結核を発病し、約2 百万人の人が結核で 亡くなっている。また世界人口の3 分の1 は結核菌に感染しているといわれている。

結核は貧困層や弱者を襲い、また最も生産性 の高い15 〜 54 歳の人を直撃するため、貧困問 題の解消を妨げる原因となっている。世界の全 結核推定患者数の80 %が22 カ国で占められて いる。これらの国の多くでは、政府の関与の欠 如により結核制圧のために最も対費用効果が高 いDOTS(Directly Observed Therapy、 Short course、図1)の普及が遅れており、患 者のたった5 人に1 人がDOTS で治療されてい るにすぎない。このため、DOTS 戦略の拡大を 加速し、人材育成を強化することが重要課題と なっている。

図1

図1 著者が2007 年2 月12 日に訪問したインドネシア大学 附属Persahabatan Hospital(ジャカルタにあり最新の 設備の整った病院)の呼吸器外来における患者用の DOTS(Directly Observed Therapy, Short course)の ための服薬棚。呼吸器外来を受診する患者の大半は肺 結核であり、外来においてDOTS が実施されやすいシ ステムを整えていた。

現在の結核の診療の問題点は、膨大な患者数 にも関わらず、その治療法に1960 年代から大 きな進展が認められない点である。また今日、 最も一般的な検査法である喀痰顕微鏡検査は 1882 年に開発されたもので、この手法の感度で は、全症例の約半数しか検出することができな い。先進国では遺伝子診断、および QuantiFERON が診断に活用されているものの、 ともに世界的に普及している検査ではない。

また免疫力が低下しているために結核に感染 しやすいHIV/エイズ患者にとっては、その7 割を世界の人口の10 %であるサハラ砂漠以南 のアフリカが占めていることから、既存の結核 治療と診断法の活用は限定的となっている。結 核HIV 重複感染者の内68 %がサハラ砂漠以南 のアフリカにおり、22 %が東南アジアにいると 推測されている。HIV 感染者の3 人に少なくと も1 人は結核を発症するため、重複感染の危機 は増大している。

わが国においては、平成18 年12 月25 日に、多くの抗結核薬が効かず、WHO が警戒を呼び かけている「超多剤耐性結核菌」に、国内でも 年間60 〜 70 人が新たに感染していると推定さ れることが報道された。WHO は、最初の治療 で試すイソニアジドなど2 種類の薬に耐性があ る結核菌を「多剤耐性」と分類し、さらにカナ マイシンなど2 度目以降に試みるいくつかの抗 結核薬にも耐性があるものを「超多剤耐性」と 定義している。世界の結核患者の2 %は超多剤 耐性菌に感染しているとされるが、日本での実 態を初めて明らかにした報告であった。

世界では、毎年45 万人以上が多剤耐性結核 (MDR-TB)に感染しており、これらの患者の 予後はさらに深刻である。実際に、最良の治療 条件下であっても、MDR-TB 患者のうち1 年 半から2 年間の治療を完了することができたの は55 %に過ぎず、残りの患者は死亡するか、 回復がみられない、あるいは副作用のために治 療を中止した、との報告もある。

結核診療の最大の問題点は、結核に関する研 究開発の投資が十分なされていない点で、最も 新薬を必要とするMDR-TB 患者に対して、新 薬の臨床試験が行われていないことである。標 準的な治療では対応できない薬剤耐性結核の患 者を対象とした新薬開発が望まれる。

世界結核デー(3 月24 日)のテーマ

2 0 0 9 年の世界結核デーのテーマをThe Centers for Disease Control and Prevention (CDC)の事務局に問い合わせたところ、CDC のDivision of Tuberculosis Elimination's ( D T B E ) のテーマは、昨年と同様、 "Partnerships for TB Elimination" である とのことであった(図2)。詳細はDTBE's World TB Day のwebsite(www.cdc.gov/tb/WorldTBDay)を参照されたい。

また世界ストップ結核パートナーシップは2 年計画であるキャンペーンを継続中である。そ のスローガンは"I am stopping TB" であり、 また謳い文句としては、"We can stop TB. And we simply must" である(図3)。その詳 細は、www.stopTB.org を参照されたい。

図2

図2 CDC の世界結核デーのポスター(2008 年版)

図3

図3 世界ストップ結核パートナーシップの世界結核デーの ポスター(2008 年版)

これらのテーマ、またはスローガンの趣旨 は、誰でも結核対策に参加できるということで ある。結核で苦しんでいる人たちが、正確な結 核診断と効果的な治療の機会を得られるよう、 私たち1 人1 人が貢献できることを示している。 例えば、i)患者は自分の治療に対して活発な 参加者になり、抗結核薬を処方された期間、継 続して内服することにより、ii)公衆衛生従事 者は、病気の徴候に気を配り続け、迅速な診断 と処置を提供することにより、iii)科学者は、 新しい診断法、新薬と新しいワクチンを開発するための研究に携わることにより、iv)教育者 は、結核について学生に教育することにより、 v)コミュニティ(地域社会)は、情報を共有 しあうことによって、結核の予防と治療を必要 とする人々が治療を得られるように助けること によって、それぞれ結核を止めることができ る。このように社会の皆が結核対策にかかわる ことの重要性が強調されている。

参考までに、これまでの世界結核デーのテー マを列記する。

2008 年テーマ: I am stopping TB(みん なで参加しよう、結核対策)

2007 年テーマ: TB anywhere is TB everywhere(いかなる場所にも結核の脅威 は存在する)

2006 年テーマ: Action for life : towards a world free of tuberculosis(結核 のない世界へ:命へのアクション)

2005 年テーマ: Frontline TB care providers : Heroes in the fight against tuberculosis(最前線で結核と闘う医療従事 者に焦点を:見つけた患者は必ず治す)

2004 年テーマ: Every breath counts - Stop TB now!(呼吸するたびに唱えよう 「ストップ結核!」

2003 年テーマ: DOTS cured me - it will cure you too!(あなたもDOTS できっ と治る、私のように!)

2002 年テーマ: Stop TB - Fight poverty( ストップ結核、貧困との戦い)

2001 年テーマ: DOTS - TB cure for all(DOTS、結核治癒をすべての人々に)

ストップ結核世界計画U(2006 〜 2015 年)

ストップ結核パートナーシップは1 月27 日 に「ストップ結核世界計画U(2006 〜 2015 年)」を公表した。この計画にはミレニアム開 発目標と、2015 年までに結核による死亡率と 有病率を半減するというストップ結核パートナ ーシップの目標に沿って世界の結核の状況にイ ンパクトを与えるような活動が示されている。

おわりに

昨年4 月には日本結核病学会治療委員会(筆 者も委員の一人)より、「結核医療の基準の見 直し− 2008 年−」が発表され、結核の治療法 として間欠療法が導入された。さらに結核治療 の新薬として、rifabutin が登場したことから、 同じく治療委員会は、昨年8 月に「リファマイ シン系抗生物質リファブチンの結核への使用に ついて」を報告している。これらの報告の詳細 については、日本結核病学会のホームページ (http://www.kekkaku.gr.jp/)を参照されたい。

結核はいまなお人類を苦しめる最大の感染症 であることを強調し、稿を終える。