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臨床 to 研究の楽しみ

西巻正

琉球大学医学部附属病院
第一外科
西巻 正

早いもので琉球大学に赴任してもうすぐ12 年になる。最近、ようやく臨床成績のデータベ ースが解析に耐える大きさとなり、その成績が 全国学会の上級企画演題にも採用されるように なった。それまでは一般演題もままならなかっ ただけに喜びはひとしおである。

臨床データベースは外科医にとって宝の山、 打ち出の小槌である。カルテに記録される内容 すべてがデータソースとなるので、一人の患者 から得られるデータは膨大である。これが100 例を超える規模となれば無限の切り口で解析で きるデータベースとなる。とはいえ、データベ ースには科学的な解析に耐える品質が求められ る。ゴミの山を掘ってもゴミしか出てこない。 統計学的にデザインされた臨床試験はエビデン スレベルが高いが、われわれには敷居が高い。 そこで、私は琉球大学に赴任した直後に今後の 診療方針を決定して、それに基づいた治療を行 ってきた。いわゆる前向きコホート研究である。 研究は最初が肝心である。つまり、なにが疑問 で、なにを明らかにしたいかを明確にしなけれ ばならない。あとは治療方針に基づいてひたす ら症例を蓄積してゆけばよい。

私の専門は食道癌の外科治療である。ところ が、沖縄は、特に胃癌がそうだが、食道癌の発 生頻度も低い。研究の設計図は出来たのに材料 が集まらないという状態がずっと続いてきた。 ローマは一日にして成らずとか、晴耕雨読とか 自分に言い聞かせてきたが、ようやく材料がそ ろってきた。しかし、このデータベースを初め て解析したときは少しドキドキした。もし治療 成績が全国水準に達していなかったらどうしよ うという不安だった。が、それはすぐに杞憂だ と分かった。安心して、いろいろな切り口で解 析すると面白いように新しい知見が得られる。 これを全国学会で次々に発表するとともに、英 語論文にして一流国際誌にも挑戦できるように なった。

新たな切り口と口で言うのは易しいが、それ を見出すのは難しい。しかしデータベースはあ るのだから、一旦切り口が決まれば結果はすぐ に出てくる。問題はその切り口のアイデア、閃 きである。北宋の文人、欧陽脩の言葉に三上と いうものがある。枕上、馬上、厠上である。そ のような閃きが得られやすい状況を述べたも のだ。私の場合、eureka! と叫びたくなるのは、 朝の起きがけ、ウォーキングの最中、そして学 会の行き帰りの飛行機の中のことが多い。つま り、枕上、路上、機上である。閃いた研究テー マを解析し、その意味を熟考してゆく過程で新 たな研究テーマが生まれてくる。筋のいい研究 とは、それが幹となって次々に新たな研究テー マが枝葉のように生まれてくるものだと思う。

外科医の研究は外科学・外科治療学の進歩に 直結するものでなくてはならないと思う。その アイデアは手術室、病室、外来、つまり日常 の診療から生まれてくる。Challenging な手術 こそ外科医の研究の源泉である。故に外科医は aggressive、少なくともactive でなくてはなら ない。手術記録を読めば、その外科医の思想と 知性が分かる。詳細で正確な情報が記載された 手術記録は外科医の財産である。治療成績を論 文に仕上げるのは苦しいが、自分しか気づいて いない新たな知見を得た時は無上の喜びが湧いてくる。

私は今、ようやく手にしたデータベースを思 いのままに解析して、新たな知見を形にしてゆ く作業を楽しみたいと思っている。平成26 年 は午年、私の干支である。私は競馬をやらない が、ある時偶然に観たTV 放送で、その強靭な 走りの秘密が明かされたディープインパクト が強く印象に残っている。外科治療学にdeep impact を与えられればと願っている。