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日本医師会Mass Gathering Medicine に関する研修会

出口宝

災害医療委員会委員長 出口 宝

去る10 月26 日(土)日本医師会館におい て標記研修会が開催されたので、その概要を報告する。

開 会

石井 正三日本医師会常任理事

石井正三 日本医師会常任理事より開会が宣 言され、Mass Gathering の定義について説明があった。

Mass Gathering とは、共通した目的等によ り1,000 名以上の方が同一時間、同一地域に集 合するものと定義されている。具体的には、祭 り、花火大会、スポーツ等の各種イベント下で 起こりうる集団災害である。

挨 拶

横倉 義武日本医師会長

既にご承知のとおり、2020 年、東京オリン ピックが開催される。

本日の研修会は、オリンピック開催決定以前 より計画していたものであるが、開催の決定に より一段と研修の重要性を帯びて来た。さらに、 Mass Gathering における災害医療対策も国内 外を問わず非常に重要になってきている。日本 医師会が医師の職能団体として、大規模な震災 対策やMass Gathering 対策に全力を尽くして いかなければならないと考えており、本日研修 会を開催した。

現在、我が国は社会保障制度改革に向けて、 大きな動きが進んでいる。しかしながら、救急 医療は言うに及ばず、災害医療体制も地域医療 が疲弊しては、その対応に臨めない。日医は地 域の再興をモットーに、切れ目の無い地域医療 提供体制の維持・発展のために取り組んでいる。

本日の研修会を通じ、それぞれの地域でどの ような対応が必要か考えていただければ幸いである。

Preparing for mass casualty:lessons from Boston
Paul Gregg Greenough,MD,MPH Harvard
Humanitarian Initiative,Brigham&Women's Hospital

ボストンマラソン爆弾テロ事件からの教訓を次のように講説した。

・ Mass gathering では、一旦災害が起これば 人々が密集しているため、パニック状態も加 わり、多くの死傷者を出すことも懸念される。 Mass gathering における集団災害は事前の周 到な災害医療計画を考えておく必要がある。

・ 米国では、各種イベントにICS(Incident Command System:現場指揮システム)を用 い運用している。更には複数の政府機関との 調整や同一目的によるコラボレーションが求 められる。

・ その為には、周到な訓練・準備・練習を頻繁 に行うことが必要である。シミュレーション を通じて、反射神経のように直感的に自らの 役割を果たせるようになる。

・ ボストンでは、市内全域の病院関係者(災害 対策代表)が集まる定期的な会合や訓練計画、 練習を行う環境があり、先の爆弾事件でも事 前に取り決められた対処計画に基づき、被害 を最小限に止めることができた。

・ 爆発から30 分以内で最初の患者が手術室に 入っている。現場でのトリアージは殆どなか った。すべての患者を18 分でクリアランスす ることができた。搬送先の6 つのセンターに は、凡そ同数の患者が搬送され、また、損傷 の重度も同様の患者でグループ化できた。現 場搬送担当チームの対応が素晴らしかった。

・ 一方病院では、多くの負傷者を受け容れる為 の空間確保として他の施設への患者移動や搬 送患者を適切な専門チームに送るための専門 医による病院前トリアージ等を施した。

・ 指揮系統がしっかり認識されていたこと、事 態の把握が速やかであったこと、化学薬品や 放射線でないことの情報がいち早く入り、次 の対応・準備ができた。死亡率を下げるため、 とにかく手術室に運び込む判断をした。(Scoop and run,clear out emergency departments and operating rooms immediately)

・ 今後の教訓として、(1)ソーシャルメディア 時代の誤った情報の管理、(2)患者の識別と 追跡、(3)リアルタイムリソース情報の共有 - が挙げられる。

日本におけるMass Gathering Medicine 対策

1)「南海トラフ巨大地震への備え」

川ア朗陸将補(陸上自衛隊九州補給処処長(兼 目達原駐屯地司令))は、平成25 年12 月末を 目途に防衛大臣へ報告する「自衛隊南海トラフ 巨大地震への対処計画(研究案)について、南 海トラフの構想、対処態勢(陸災・海災・空災 部隊)の進捗状況を説明した後、南海トラフ巨 大地震は、東日本と比べ被災地域の範囲が広く、 救援部隊の集中化は困難である。限られた人命 救助の資源を必要なところに投入するために は、より一層の情報の共有が必要と述べた。ま た、過去の災害派遣における行政災害対策本部 での共通の課題について考えを述べた。

1. 各機関が集めた人命救助に必要な情報の集約 方法について、災害対策本部内でのノウハウ や定まった方法が確立されていない。

2. 情報を受けての現場の警察・消防・自衛隊の 活動にも齟齬が多い。また、縦割り行政にな りすぎ、得られた情報の対処がたらい回しに なるケースがある。

3. 各医療機関が収集した情報の共有がない。収 集した情報をすべて集めたとしても必要とす る情報には満たないという認識が低い。

4. 情報処理を標準化すべく、(1)情報収集計画 の統一化、(2)収集した情報資料の処理技法 の習得、(3)収集情報の共有化を図り、行政 がリーダーシップを発揮することにより活動 の調和を生む。

5. 情報資料の処理技法については、(1)記録・ 整理<地図上にマス目を入れ情報を書込み、 評価シートで今後の対応を定める>、(2)信 頼性の評価、(3)正確性の評価を標準化する ことができれば、限られた資源をより効果的 に活動できる。

6. 災害対策本部会議は発表会形式ではなく、意 思決定形式に改めるべきである。捜索地域・ 道路復旧・病院復旧・火災消火等の優先順位、 人命救助から生活支援への切り替えの判断に ついて、行政がリーダーシップを執り、会議 の場で決められると良い。

7. 災害対策本部の活動を調和するためには、(1) 首長のリーダーシップ、(2)情報と作成機能 を保有しながら総合状況図を中心にハブ化し た活動の展開、(3)機能相互間の情報交換を ルール化、(4)意思決定会議の確立- 等の内 部編成、要領の改善が必要である。

2)「わが国のこれまでのMass Gathering Medicineへの医療対応から学ぶ」

坂本哲也帝京大学医学部主任教授(救急災 害医療対策委員会)は、日本で起きたMass Gathering Medicine への対応から今後の課題に ついて次のとおり纏めた。

・ Mass Gathering Medicine では、予測可能な 傷病者と予測不能傷病者への対応を考えなけ ればならない。予測可能な傷病者は、一定の 場所に集まる人数に加えて、アクセス環境の 状況やイベントの種類、気象条件等により起 きる傷病や疾病のタイプがある程度予測可能である。

・ しかし、これに局地的災害が加わると同時多 数傷病者の発生に伴い、現場のリソースを超 えた大きな負担がかかるために、予測が不能 であり、災害学の観点から対応を考えなけれ ばならず、ICS 等の体制が必要となる。

・ 予測可能な傷病者については、東京マラソン (参加者約3 万6 千人、沿道約約130 万5 千人、 応援イベント(祭り)約43 万人)を一例に 見てもテロや大きな事故がなければ、医療支 援体制は整備されつつある。しかし、ボスト ンマラソンの様な惨事に関しては、未だ整備 されていると言える状況ではない。

・ Mass Gathering イベントに対する救急医療 体制を考えていくためには、医師による医 療監督、事前調査、イベント医療班との交 渉等が必要になってくる。(参考:National Association EMS physicians standards)

・ 今後の課題については、Mass Gathering の リスクに応じた医療支援体制をイベント開催 の必須条件に位置づけ、責任者を公式に組み 入れることが重要である。責任者が権限を持 ちイベントを監督する必要がある。

・ また、救急・災害医療対策班は、現場で得られ るリソースを考えながら、他機関とのコーディ ネーションを考えていかなくてはならない。

・ くわえて、予測不能の事故やテロを想定した 災害医療については、十分な計画を立て、ト レーニングを積み、検証した上で新たなプラ ンに活かすPDCA サイクルが極めて重要である。

・ わが国における現状の救急医療体制は、外傷 患者一人を受け容れるので精一杯である。予 測不能な傷病者についての災害医療体制は不 十分である。オリンピック開催期間中は、普 段どおりの日常診療を行いながらオリンピッ クを行うこと事態、無理かもしれないことを 我々は考えておく必要がある。

3)「あらゆる危機・災害に対応する米国から学ぶ」

永田高志九州大学大学院助教(国際保健検討 委員会)は、米国における危機・災害対応のあ り方から、わが国での危機・災害対応のあり方 について次のように述べた。

・ 危機・災害管理の究極の目的は、(1)人命救 助、(2)財産保護、(3)重要なインフラの保 護であり、最も大事な役割は活動のコーディ ネーション能力である。

・ どの様な災害・危機についても行うことは概ね 同じである。事前の計画において十分な分析を 行い、訓練することが繰り返し強調される。

・ 米国における危機・災害対応のあり方は、 2012 年ハリケーンサンディの襲来に先立 ち、連邦政府災害宣言を行い、支援救護活動 を適切に実施している。また、2013 年ボス トンマラソン爆弾テロにおいても、Incident Command System に基づく管理運営で被害を 最小限に止めている。

・ これ等に共通することは、起こりうる可能性に、従前の準備を行いながら、関係機関の役 割分担を明確に位置づけ対処にあたっている点にある。

・ わが国で同様の対応が出来るかと問われれば、同様の対応は困難と言わざるを得ない。

・ その理由について、(1)危機意識の欠如、(2) Incident Command System の未導入、(3)テ ロ・爆弾外傷に対する経験不足、(4)わが国 のトリアージ・多数傷病者対応のプロトコールは危機・災害対応を想定していない。

4)「福知山花火大会での火災における救急搬送対応について」(指定発言)

日野原 友佳子消防庁救急企画室救急専門官 は、福知山市消防本部から聞き取りを行った概 要について、Mass gathering の場において適切 かつ迅速な搬送およびトリアージが行われた一 例を紹介した。

1. 本年8 月、京都府福知山市の花火大会で屋台 から火災(露店爆発事故)が発生した。当日 は、例年通り11 万人程度の観客がおり、火 災は119 番通報覚知後11 分で鎮火したもの の負傷者は59 人にのぼった。

2. 当日の警備体制は、明石花火大会歩道橋事故を 教訓として、従前から集団救急・火災・水難事 故等を想定した消防警備計画を策定していた。

3. 当日はその計画に基づき、消防から75 名、 車両が11 台、集団救急事案に備え、市役所 に大型バス2 台を待機させ、消防署内および 現地での警備体制を整えていた。

4. 花火大会開始直前の19 時29 分に火災覚知 後、まもなく携帯電話が不通となり、以降無 線での連絡調整を行った。

5. 消防への第一報は10 名程度の傷病者(うち 重症者3 名程度)との通報であったが、19 時35 分、集団事案だと分かり、大型バスを 出動させた。

6. 消防警備計画内には定められてないが、現場 状況を鑑み、現場指揮本部長と署内指令本部 長との調整により、医療機関におけるトリア ージ実施を決定する。また、福知山市民病院 へ残りの傷病者全員の一時受入を要請。

7. その後、京都府に集団救急事案として報告 を行い、京都府よりDMAT の派遣が要請される。

8. 20 時35 分、初期搬送終了。その後、福知山 市民病院に集まったDMAT 医師により転院 先の選定が行われ、40 名中21 名(中等症6 名、 重症15 名)が近隣の9 医療機関に転送された。

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、パネリストか ら次のコメントがあった。

・Paul Gregg Greenough,MD,MPH

△我々は、東日本大震災から多くのことを 学んだ。△救急医療のたらい回しは、患者 搬送を効率よく行えば改善される。米国で も同様の問題を抱えているが、様々なデー タ検証からワークロードに差ほど変わりは ないとされている。たらい回しをしないと いうことは集団災害時に大きな違いをもた らす。△今後、日本における救急医の人 材を増やすためには、次世代の医師達を育 てることである。訓練的に言えば米国では 2 世代目に入っている。また、災害時にリ ーダーシップを求める環境がある。専門領 域としてその道のプロになる環境が存在す る。これらが上手く機能している。

・川ア朗陸将

△アフリカ・ケニアで起きたテロ事件を踏 まえると、従来のテロ事案と様相が変わっ てきた。過去に起きたテロは自爆テロが多 く、大使館や軍・警察を襲撃、威信を失墜 することが多かった。今後はガードの弱い 部分をターゲットにしたテロが多くなるの ではと懸念している。△災害の場面で、警 察・消防・自衛隊の情報処理の標準化を実 施していくことで、護る側に間隙ができな いことを望む。

・永田高志九州大学大学院助教

△本研修会を通じて大事なメッセージが2 つある。事前の計画において十分な準備を 行っているか。現時点で東南海地震が想定 されているが、それに対して各都道府県医師会がどのレベルまで医療班を展開するか 決めているだろうか。我々は自衛隊のあり 方を見習うべきである。被害が甚大な県へ の具体的な支援の検討を行わなければなら ない。2 つ目は他機関との調整、連携、決 断をどの様に進めていくかである。

・日野原友佳子消防庁救急企画室救急専門官

△救急搬送においてはリソースや量の問題 も含め、自然の様々な状況への想定を再考 し、新たな計画に役立てていくべきだと感じた。

その後、フロアから「情報処理の標準化」「情 報の信頼性と正確性」について活発な質疑応答 が行なわれた。

この他、石井常任理事より、来る11 月20 日(水)「南海トラフ大震災を想定した衛星利 用実証実験(防災訓練)」を開催する旨紹介があった。

印象記

災害医療委員会委員長 出口 宝

日医の救急・災害医療研修やJMAT 研修が活発になってきている。今回はMass Gathering Medicine に関する研修会が日医会館で開催された。日医がこのようなタイトルの研修会を開催 するのは初めてである。Mass Gathering Medicine とは「ある限られた空間に多くの人が集まり、 そこで同時期に発生する事象に対して必要となる救急医療や災害医療」のことである。聞き慣れ ない言葉だが、この概念は2002 年のワールドサッカーの時から言われ出したそうである。大規 模災害からコンサートやスポーツ観戦、マラソンなどの様々なイベントで必要となる。集まっ た人数に対する発生予測値は、1,000 人に対して傷病者発生率が0.14 人、救急車搬送率が0.083 人、CPA 発生率が0.0007 人とのデータもある。ボストンマラソン爆破事件では事前の計画と日 頃からの訓練が人的被害を最小にした。東京マラソンの医療体制も参考になった。イベントには エビデンスに基づいた救護計画・医療体制が必要なのである。そして、事案発生時にはIncident Command System が有効のようである。

南海トラフ地震の発生も予測されている。自衛隊は着々と災害対応計画を立てて準備を進めて いる。九州地方の救援活動は第15 旅団が所属する西部方面隊で完結することになっているそう である。2020 年の東京オリンピック開催が決定したが、これまでに経験のした事のない医療救護 計画が必要となるであろう。NBCR 対策推進機構は東京都医師会と協力して「生物化学テロ災害 担当者養成講座」「核・放射線テロ災害担当者養成講座」を開催している。本県でも県総合防災訓 練に加えて、本年度から陸上自衛隊災害対処訓練、昨年度から化学テロを想定した沖縄県国民保 護訓練が実施されるようになった。まさしくMass Gathering Medicine が必要となる訓練である。 本会も参加をしている。

日医は災害医療対策も医師の職能団体としての社会的使命としている。Mass Gathering 対策の 要は事前の計画と関係機関の連携、そしてIncident Command System のようである。関係機関 の温度差と縦割りの壁、安全神話がまだ根強い我が国、そして本県ではどうであろうか。思案を しながら、台風27 号の雨も上がった秋空の下を駒込駅へと向かった。