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あなたにとっての見えない相手と戦うためには

比嘉盛丈

社会医療法人友愛会
豊見城中央病院
研修管理委員長 比嘉 盛丈

人はそれぞれ色んなことに思いを巡らせてい る。考え抜いたつもりが充分に考えていなかっ たり、自分では分かっていたつもりが、実は分 かっていなかったり。それらのことに気付いた 時には何だか得をしたような気持ちになること も多い。また、自分では考えもしなかった発想 や、あるいはそのような発想を持ち合わせてい る人に出会うことは望外の喜びであり、そのよ うな出会いの尊さにはいつも気付けるようにあ りたいと願う。

専門分野が変われば相手も変わる。私(糖尿 病科医)にとっての相手はと言えば、「肥満」(沖 縄県民が日本一)となるのだろうか。それを一 例に考えてみたい。肥満の原因は沖縄県民がよ く食べる上に、運動が少ないからだろうなどと 安易に分かった風な納得をしていないだろう か。実は、沖縄県民の平均摂取カロリーも、運 動量(歩行数)も日本全国のほぼ平均並みであ る(平成19 年度厚生労働科学研究)。それでは なぜ沖縄県民は太るのかだろう。(そういう壁 にぶつかった時に感じる「やりがい」も後輩に 伝えていきたい)。ここでいくつかの可能性を考えてみたい。錆びついた歯車がギシギシと頭の 中で動き出すのを感じる瞬間だ。科学論的思考 回路にスイッチが入ることで脳内ホルモンの分 泌が促されて快感を呼び覚ますのだろう。ここ で、自分の身に置き換えて考えてみたい。私も 20 代は太っていなかった。よく食べたがよく動 いたと思う。30 代以降の食事は脂っこいものも 増え、運動量に見合わぬ過量の食事を摂ってき た。私を含め、沖縄県民は食欲に対する自制心 が弱いのだろうか。そうだとすると、その原因は。 それとも肥満の少ない他県民よりも太りやすい 特別な食材、あるいは自制心を弱くさせる食材 を日常的に摂っているのか。いやいや沖縄県民 の全員が太っているわけではない。なぜ太る県 民と太らない県民がいるのか、その違いはどこ にあるのか。「肥満」の原因は決して単純ではな いようだ。全ての仮説に緻密で科学的な検証が 必要であり、世界中の優れた研究者でさえ日夜 悩んでいる。見えない相手と戦うには同志集め も大切だ。もしも同志が相手の輪郭(イメージ) を明確に共有できればチーム戦力は倍増する。 相手の弱点を言語化できれば、そこを攻撃目標 に一致集中して攻めることができるからだ。同 志と共に戦う際に、戦うべき相手を具体的にイ メージする力、その相手を追い詰める戦略(仮説) を練り上げる力、頭の中の発想を表現する力が 有用だ。世界各地で奮闘する同志との情報交換 力も必要だ。これらの力を養うには、せめて数 年でも研究に没頭するのがよいだろう。各分野 のオピニオンリーダーとして活躍されている先 生方は、数年かけて自分が考え抜いた内容を一 日で読めるような短い文章へと濃縮させる作業 や、さらには書きあげた論文を何十回も書き直 すといった地道な作業を重ねることで、様々な 能力が細部に至るまで鍛え上げられており、故 にわずかな違いを察知する感性を磨き上げられ た方々が多いように感じるのだ。臨床は忙しく、 臨床をしながらに感性を研ぎますのは至難なこ とのようにも思える。それならいっそ、自己実 現より社会貢献、なんくるないさと大らかな人 生観で回り道を楽しむような若き医師がもう少 し増えてくれればと小さく願っている。