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沖縄に暮らす

萩原真理

あがりえクリニック 院長
萩原 真理

私が初めて沖縄に来たのは、在沖縄米国海軍 病院で、1 年間のインターンをするためであっ た。沖縄に知人も親戚もおらず、来た当初は寂 しい思いもしたが、最初に泊まったホテルのフ ロントのおばちゃんや、基地内で働くウチナー ンチュと知り合いになり、困ったときには、ず いぶん助けてもらった。このことがきっかけで、 将来は沖縄で開業したいという夢を持つことが できた。

1 年間のインターンを終えて内地に戻り、大 学病院や地域の基幹病院で研修を続けたが、年 に一度は、沖縄の空気を吸いに来ていた。この 時だけが、唯一の息抜きであった。開業に向け て、インターン時代に憧れていた「家庭医」と しての技量を身に着けたいと思い、へき地の診 療所に短期研修に行ったりした。その後は、地 域医療に熱心に取り組んでいた病院で、勤務医 をしながら学ぶことにした。そこでは外来や病 棟の他に、幼稚園で予防接種や健康診断をした り、訪問診療に従事した。ターミナルの在宅ケ アを、初めて経験したのもこの時だった。在宅ケアのスタッフと家族との話し合いを、繰り返 し、繰り返し行い、やっとのことで「自宅での 看取り」という患者さんの希望を、なんとか叶 えることができたのは、私を含め、かかわった スタッフみんなの大きな自信となった。

年齢と体力とを考えて、平成17 年に沖縄へ の移住を決意した。まずは沖縄の医療事情を知 りたいと思い、沖縄の総合病院に勤務すること にした。初めは物珍しさもあって、病棟での勤 務も苦にならなかったが、いかんせん忙しすぎ て開業準備ができない。仕方なくフリーになり、 開業準備をすることにした。

この時、開業場所を探して、沖縄本島内を 色々ドライブした。すると、今まで気にするこ ともなかった風景に、癒されている自分に気が 付いた。ドライブは学生時代から好きで、内地 にいた時も色々なところに行った。私のストレ ス発散法の一つである。南部の糸満に住んでい た時は、海の景色に魅了されて、シーサイドラ インを毎週のようにドライブしていた。海の色 は空の色を映していると言われるが、晴れた日 はエメラルドグリーンからコバルトブルーへの グラディェーションが美しく、曇りや雨の日は モスグリーンから時として灰色がかった青色を 示し、見ていて飽きることがない。

バイト先の病院の近くに、お気に入りの海浜 公園があり、通勤途中に毎回のようにこの公園 に立ち寄り、海を眺めていた。対岸には巨大な タンクや煙突が立ち並んでおり、ちょっとした 工業地帯を思わせる場所だ。それにもかかわら ず、晴れた日は透明度も高く、サンゴ礁の海の 底までクッキリ見えた。そこには鮮やかな青色 のルリスズメや、ハリセンボンの群れなどが泳 いでいる。工場の廃液などは、きちんと処理さ れているからなのか。ある日、ミノカサゴを見 かけた。テトラポットの隙間を住処にしている のか、頻回に見かけた。心の中で、おはようと 声をかけた。見えない日は、テトラポットで釣 りをしている人に、釣られてしまったのかと心 配もした。が、数日後に姿を見せて、なぜかホ ッとしたりした。カニも数種類テトラポットに 張り付いていて、何匹いるかを毎回数えていた。水が嫌いだという魚も、毎回のように見かけた。 大小さまざまで、テトラポットを住処としてい るようだ。波が来ると、テトラポットの間を飛 んで、波を避けていた。面白い魚もいるもんだ と思った。

ある時、ボーっと海と空の境を眺めていたら、 手前で動くものがある。視線を移すと、なんと ウミガメが水面から顔を出しているではないか。 甲羅の直径は40 センチくらいで、岸壁からわず か5、6 メートルのところだった。余りの驚きに、 視線が釘づけになった。カメはこちらの視線に は気づかず、ゆっくりと海の彼方へと消えてい った。ホッコリとした温かさが、心をゆっくり と満たして行った。沖縄に暮らす喜びが、素直 に実感できた1 日となった。あのカメはどうし ているだろうと、今でも時々思い出す。

数年の悪戦苦闘の末、ついに北部の名護に開 業が決まり、いよいよ医者稼業と経営者家業の 両方をやらなければならない、ハードワークが 始まった。こうした状況で溜まっていくストレ ス発散のために、よく北部をドライブする。南 部と違い、北部には山が多い。私の故郷は、海 と接することのない、山に囲まれた群馬である。 名護の山を見ると、やはり故郷を思い出す。母 が来た時、「南部と違って、山があってホッと する」と言っていた。

私の父はドライブが好きで、毎週のように群 馬の山をドライブしていた。その遺伝子を受け 継いだのか、私も山の中のドライブが好きだ。 名護の山をドライブするのは、実に気持ちいい。 が、何か違う、何だろう。ある日、ヘゴの木を 見て気が付いた。植生が全く違うのだ。大きな、 そしてありがたい違いは、杉がないこと。沖縄 に来てからというもの、アレルギー性鼻炎の症 状がすっかり消失した。そして、高い木がほと んどないこと。これは、毎年来襲する台風のた めだと、地元の人が言っていた。それでも、緑 に覆われた山の姿は美しい。

私は、これからも沖縄に暮らして、「疲れた 心と体」に癒しを求めて、緑の海と山を眺めに 行くだろう。そして沖縄の自然は、この私の求 めに応えてくれるだろう、きっと、いつでも。