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Physical Examination of The Heart の勉強法 についての一考

平田一仁

沖縄県立中部病院循環器内科 平田 一仁

1816 年にラエンネックが、聴診器による間 接聴診法を発明してから、約200 年が経過した。 科学技術の進歩は著しく、最先端の技術を利用 した医療機器による診断が花盛りの今日である が、聴診をはじめとするphysical examination の重要性は、まったく変わることはない。今 日は心臓理学所見(physical examination of the heart)について、どのような学習法がベスト なのかについて私見をのべたい。

1. 教科書:理学所見を勉強する入り口として、 教科書は、やはりはずせないであろう。心臓 の収縮および拡張にともなう、各心腔の圧の 変化および弁膜の開閉の状態を心電図ととも に時間軸で表現し、各心音、頸静脈波、頸動 脈波および心尖拍動などとの関係を表した図 およびその解説、どのような疾患でどのよう な異常があらわれるかについての文字による 解説は、聴診を学ぶ上で、避けて通ることは できないステップと思われる。いままでにす ぐれた教科書・書籍が発刊されている1-5

2. 達人に教えてもらう:実際に回診で、経験 のあるすぐれたドクターとともに診察しな がら、real time でfeed back してもらう。私 はかけだしの研修医からyoung staff だった ころ、前中部病院循環器内科部長、安里浩 亮先生や、Jules Constant 先生、Ohio State University 留学時代はCF. Wooley 名誉教授 などGiants の教えをうける機会があり、彼 らとの実際の患者での診察で学んだことは、 非常に役に立った。このためには有線でも無 線でもいいので、教育者が親機を使用して、 子機で学習者に同じ心音を聴かせて教育する ことがのぞましい(無線は薬事法にひっかかるらしく、いろいろホームページで調べても 公式に医療機器としては最近は売られてない ようだ)。中部病院に毎年2 週間滞在し、毎 日心音を教えてくださったConstant 先生は 数十人で並列で使用できる子機(アナログだ ったが)を持参して教えてくださった。心エ コーおよび下記心音図、心機図によるfeed back は必ず行うべきである。

3. 心音図、心機図:最近これを行っている施 設は非常に少なく、また施行できる医師、技 師も少なくなっており、悲しい限りである。 実はこれは非常に重要である。たとえば上級 医が回診でこの音は何々だと教えても、実際 それを研修医に客観的にfeed back すること はきわめて困難であり、そのためには心音図、 心機図をとって、客観的に評価するのがもっ とも確実である。現在ベッドサイドに運べる ポータブルの心音図、心機図があり6、パソ コンに音声や画像ファイルで保存できたりす る。これを使用したCD つき教科書も発売さ れている。ただ考え違いしてはいけないのは、 心音図は聞こえた音を記録する手段であり、 聞こえない音が記録されることは期待できな い。つまりこの音を記録しようという意思を もって、記録するものであると私は思う。

4. CD/DVD:最近では教科書に動画や音声フ ァイルを組み合わせて、わかりやすく解説 しているすぐれた書籍も多い7-8。私が研修 医だった1980 年代前半ではJules Constant 先生のカセットテープが唯一手に入る、実 際の音声だった9。これも一人でじっくり聞 きこむには非常に有効な手段である。また American College of Cardiology から” Heart Songs 3” というビデオファイルが売り出 されており、これは心音のみならず、ビデ オ、心エコー、病理などが有効に組み合わ さった教材である10。そのほかにもいわゆる multimedia を駆使したCD 教材もある11

5. シミュレーター:現在琉球大学構内におき なわクリニカルシミュレーションセンターが あり、そこにはさまざまなシミュレーターが 揃えられ、申し込めばだれでも利用できる。 心臓のシミュレーターには、イチローとハー ベイがある。ハーベイはマイアミ大学のゴー ドン先生が教育用に開発したシミュレーター で、親機と複数の子機を使用して、複数の学 習者がさまざまな疾患の聴診、視診、触診が できるすぐれた機械である。初代ハーベイは あまりに重く、移動が大変難しく、そのため 臨床心臓病学教育研究会(JECCS)の高階 先生によりハーベイを改良小型化したイチロ ー12 が作られた。またイチローでは専用の聴 診器は必要とせず自分の聴診器を使用できる のが特徴である。近年初代ハーベイを軽量化 (40% weight reduction)した改良型ハーベ イ13 が開発され、沖縄シミュレーションセン ターには2 台のイチローと1 台のハーベイが そろっている。シミュレーターの利点は、視 診と触診ができることであり、とくに触診は 実際の患者とシミュレーターでしか学びえな い。また図ではたとえば、1 音の分裂と、駆 出音と4 音はどうやって区別するのか、すべ てが同時に表記される紙媒体とことなり、そ の音が聴こえる部位とpitch がいかに重要か を学習できる。ただ各シミュレーターなりの “正常” があり、それを理解し、かつ使用法 に習熟したteaching staff がいないと、使用 中の「空白の時間」が長ければ、参加者は白 けてしまう。また最大6 名ぐらいにしか使用 できない(特に触診と、視診は一度に体験で きる人数は制限があるので)。

6. インターネット:みなが知っているYou Tube14 で, たとえば “third heart sound” で サーチすると3 音が音声ファイルや画像つき 音声ファイルで多くアップされている。JVP の診方、コリガン脈、クインケの毛細管拍動 などの動画まで見れる。なかにはそのまま教 材として使用できるquality のものもある。 私は1950 年代にイギリスで作成されたと思われるJVP のビデオをそのままトリミング して教材として使用しているが、JVP に関 してはいまだにこのビデオに勝る教材はみた ことはない。つまりときどき「お宝」が眠っ ていることがある。しかしあくまで玉石混合 であり、ゴミも多い。その価値をみわけられ ないと、今一つの信頼度ではある。限界を理 解して、良いもののみ使用すれば安上りの教 材となる。

7. 電子聴診器:いまもっとも進んだものでは、 聴診器本体のメモリーに8 人分の記録が保存 され、あとで再生したりできるので、これも 教育ツールとしての可能性を秘めている。ま たBluetooth でパソコンに直接音声ファイル としてとばせる媒体として使用できるので、 ベッドサイドで、残したい心音を、自分で確 認しつつ、real time でパソコンに送れる15。 これは後で専用ソフトで再生できる。また汎 用の音声ファイルとしてパソコンに保存で き、これをパワーポイントに貼り付けたら、 オリジナルの講義ができる(ただし音質はあ まりよろしくない)。また将来は電子聴診器 の音声ファイルを電子カルテにはりつけた Admission note が利用できるようになる日が 来るかもしれない。

以上、思いつくままに聴診の勉強法をあげ てみた。私が研修医だった1980 年代初期には 1 〜 3 しかなく、結局は、教科書で得た知識 と、自分で聞いた音を、心音図、心機図、心エ コーでfeed back しながら、症例を重ねて繰り 返すしかなかった。最近の学習手段の多様化に は目をみはるものがあり、今の若手医師がうら やましい限りだが、逆に以前はあたりまえだっ たphysical examination の習得が軽視されてい ることの裏返しなのかもしれない。自分も医 師人生の後半にさしかかった今、なんとか自 分が学んだbedside のphysical examination of the heart を若手医師に伝えていきたいと思い、 2012 年からシミュレーションセンターにて月 一回弱のペースで中部病院研修医を対象に「循環器理学所見集中講習会」を開催している。頸 静脈、頸動脈、心尖拍動の視診触診をそれぞれ 30 分、心音の聴診に1 時間30 分の合計3 時間 のみっちりコースである。回を重ねて、今年6 月でもう11 回目になった。心臓病学会や心臓 病教育研究会主催の同様の講習会に負けないレ ベルをめざしている。ただいつも思うことは、 結局こういう講習会は「勉強した気になる」に はいいのだが、上達するには、結局はこれで動 機づけされたのちに、いかにベッドサイドで繰 り返し自分で学習するかにつきるように思われ る。自分自身もまだまだ修行の道半ばであり、 まさに「聴診に王道なし」と強く実感する今日 この頃である。

【参考資料】
1. Bedside Cardiology. 2nd edition Jules Constant Little, Brown and Company 1976
2. Signs and Symptoms in Cardiology. L.D. Horwitz and B.M.Groves. Lippincott Williams and Wilkins, 1984
3. Clinical Phonocardiography &External Pulse
Recordings. 3rd edition. ME Tavel, Year Book Medical Publishers 1978
4. Braunwald Heart Disease. A Textbook of Cardiovasucular Medicine W.B.Saunders Company 1988
5. 循環器のフィジカル診断、安里浩亮:身体所見からの 臨床診断 宮城征四郎 編 2009 年 羊土社
6. デジタル心音計MES-1000 フクダ電子
http://www.fukuda.co.jp/medical/products/ecg/mes_1000.html
7. 循環器フィジカルイグザミネーションの実際 吉川純一 2009 年 文光堂
8. デジタル心音図との対比で学ぶ心臓の聴診 山崎直仁、 土井義典著 2011 年 金芳堂
9. Cardiac Patients on Casette. A cpmplete course in auscultation. Jules Constant. Little Brown and Company
10. Heart Songs 3 Barnett MJ ACC
https://www.cardiosource.org/Lifelong-Learning-and-MOC/Education/Heart-Songs-3.aspx ? WT.nv = Tab&w_nav = Tab
11. Heart Sound( CD multimedia) Criley JM 南江堂
12. 心臓シミュレーターイチロー 京都科学
http://www.kyotokagaku.com/jp/educational/products/detail01/ m84.html
13. 心臓シミュレーターHarvey Laerdal
http://www.laerdal.com/jp/doc/172/AU-Harvey
14. You Tube http://www.youtube.com
15. Littmann Electronic Stethoscope model 3200
http://www.mmm.co.jp/hc/littmann/

シミュレーターを利用した循環器理学所見集中研修会