沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 8月号

食文化の一考察

鈴木透理

ちゅら海クリニック 鈴木 透理

沖縄にて仕事をするようになってようやく3 年が過ぎました。生活や食事にも慣れてきまし たが、私は以前からその土地独特の食文化に興 味がありました。食品(食物)の中には、独特 の香りを持つものもあり、特にヒトの嗅覚に刺 激を与えるような、いわゆる臭い食べ物(臭食 品)も含まれます。沖縄料理でも、ヤギ料理(な かでもヤギ汁)は臭食品の代表でしょう。その 香りは、野生?を彷彿するもので私も、いまだ にヤギ汁は賞味しておりません。県民の方でも 好みの分かれるところでしょう。日本のみなら ず、世界中でも奇食と思われるぐらい特別な香 りを持った料理が作られ、長い間食べ続けられ ているものがあり興味のあるところです。本稿 では、いわゆる臭い料理(食事)について述べ てみたいと思います。私自身、子供の頃は苦手 だった香りの強い料理や野菜が大人になってだ んだん受け入れられるようになってきて(むし ろおいしいと感じる)、これらの食に対する興味 が一層強くなりました。特に、元東京農業大学 教授でありました小泉武夫先生の著書はその興 味をさらに増しました。小泉先生は、日本のみ ならず世界中の食やアルコールを含む飲料に造 詣が深く、発酵学の権威として知られています。 それぞれの民族には好むにおいと嫌なにおいが あり、その嗜好の違いは風土や生活環境、食事 の方法と材料により決まると指摘しています。

ここで、小泉先生が、地球上で最も臭い食べ 物ベスト5 をあげております。1 位がシュール ストレミングで、スウェーデンで作る魚の発酵 食品で、原料はニシンやイワシで塩、野菜(キ ャベツやタマネギ)、酢を加えて缶詰にしたも のです。缶詰は長期保存のため一般には加熱処 理しますが、この缶詰は加熱しません。このた め、缶の中で発酵し、強烈なにおいを生じると のことです。私は実物をみていませんが、ある TV 番組で開封した場面を流していました。缶 詰を開けるにあたり、まず冷蔵して、屋外で、 さらに全身をビニールで防護服のように被って やってました。その臭いは、まさに魚やタマネ ギが腐敗したような香りで想像を絶するもので した。しかし、何でこんなものがおいしいのか 想像できませんが。小泉先生も味は「ガス入り 塩辛」と評され、そううまいものでないとおし ゃっています。そもそも、本邦には食品衛生上 や輸送の問題もあり輸入禁止になっています。

2 位は、焼いたくさやです。いわずと知れた 日本(特に、伊豆七島なかでも新島が9 割を占 める)を代表する臭い食べ物です。原料はムロ アジやトビウオの開きを、発酵中の塩魚(くさ や)汁につけ込んで干したものです。この臭い も強烈でややアンモニア系の香りがあり、焼く と一層強くなります。以前、知人から瓶詰め(最 近はお土産用に生産されている)のくさやをい ただきました。すぐに食べられるように加工し てありますが、ビンの蓋を開けた瞬間に特有な 香りが漂ってきて、すぐに蓋を閉めなおしたの は言うまでもありません。くさやがお好きな方 には、その香りはたまらないらしいですが、い やはやです。3 位はエピキュアーチーズという ニュージーランド産のチーズで、日本人が最も 嫌うタイプの臭いを持つと言われています。

その味がどういう物か分かりませんが、我々 が通常購入できる臭い香りのチーズとしては、 ヤギの乳で作ったシェーブルチーズ、ウォシュ タイプチーズ、ゴルゴンゾーラやロックフォー ルに代表される青カビタイプのブルーチーズな どがあげられるでしょう。皆様も食した経験が おありかと思います。特に、熟成をしたチーズは特有の強い臭いを放ちます。好き嫌いがあり ますが、私は比較的好きな食べ物の1 つです。 多分、チーズ単独で食べるというよりやや熟成 した赤ワインとは非常に相性が良いものです。 4 位は、これも日本で作られている鮒鮓(ふな ずし)です。古くから郷土料理として、鮒等を 用いたなれずしとして作られており、長期保存 も可能です。特に、滋賀県の琵琶湖で採れるニ ゴロブナで作られた鮒鮓は珍重されています。 5 位は、アマルワというバナナの発酵食品です。 これは、ウガンダの食べ物で、足で踏み潰した バナナを葉で包み、土の中で発酵させたもので す。想像しただけでその臭さが分かるというも のです。臭い食べ物だけあげても、世界中で本 当に多くの種類があり、民族ごとの嗜好がうか がえ興味が尽きません。私が、最近経験した臭 い食品は台湾に行った時に食した臭豆腐(しゅ うどうふ、チョウドウフ)です。臭豆腐は豆腐 の表面のタンパク質を発酵させた食べ物で、そ の香りはアンモニア臭そのものです。そのまま 食べるのではなく、揚げたり、蒸したりして供 されますが、香りが低下するものではありませ ん。お酒の勢いにまかせて食べましたが、翌日 まで臭いは残っておりました。全く別物ですが、 私は島豆腐を発酵した豆腐ようの方が断然好きです。

世の中の臭い食べものについて、小泉先生の 知見を参考に述べました。先生も指摘しており ますが、臭い食べ物の多くが発酵食品であるこ とです。人類は古くから微生物を利用した多く の発酵食品を生み出してきました。保存食とし ての一面もありますが、自然の恵みをいかにお いしく味わいたいというあくなき探究心と欲求 があると考えられます。私も、これからも折に 触れて多くの食べ物(臭い食べ物は?ですが) に出会いたいと思います。

参考文献:  日経ビジネス人文庫
    小泉武夫著 「食に知恵あり」