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前向き臨床推論

池原泰彦

豊見城中央病院 総合内科
池原 泰彦

救急外来や一般外来は常に時間との戦いです。

限られた時間内で「速く正確に診断をつける」 ことが求められます。

比較的時間にゆとりのある病棟では全ての情 報を収集した後にプロブレムリストを作成して 鑑別診断を考えたり、足りない情報を補足する 事も可能ですが、多忙な外来の限られた環境で は他のアプローチが必要とされます。

速く正確に診断をつけるための「前向き臨床 推論」という戦略と、実際の活用例について紹 介します。

前向き臨床推論は診察前の情報から、効果的 な質問を繰り返しながらリアルタイムに推論す る方法です。

一般外来において診断に寄与する割合は8: 1:1 = History:Physical: 検査とHistory が 8 割を占めます。

History とPhysical が同等に扱われる傾向が ありますが、実際にはHistory がPhysical の8 倍有益との報告もあります。

また内科の初診外来においてPhysical や検 査において所見が乏しい疾患の初期や症状が消 失した間欠期に患者が受診することが少なくな いことからもHistory が重要なことは容易に理 解できます。

History を重視し推論を進める。それが前向き臨床推論です。

前向き臨床推論では以下の4 つを主軸とし、 正しい診断へと導きます。

  • 1.VABCDE
  • 2.SQ(Semantic Qualifier)
  • 3.illness script
  • 4. 引き算診断

1.VABCDE 問診票から得られる情報(診察前情報)

以下の6 つの項目から構成されます。

  • V:Vital バイタルサイン
  • A:Age 年齢
  • B:Back ground 背景
  • C:Chief complaint 主訴
  • D:Duration 罹病期間
  • E:Sex 性別

診察前情報から得られるキーワードは軽視さ れるべきではありません。なぜなら前情報がな い状態から診察を開始すると、患者の全体像(診 断、重症度)を把握するのに時間がかかります。 またノイズとなる不要な問診・身体診察を行う ことで貴重な時間を無駄にします。

2.SQ(Semantic Qualifier)

症状や所見を抽象度の高い医学用語に置き換え た情報。それらを組み合わせ医学的『キーフレーズ』を作成します。


昨夜から→急性発症
1 週間で3 回→発作性
TV を見ている時に→安静時発症
右手と左手→両側性
膝関節→大関節

例:75 歳女性が昨夜から右膝の発赤を伴う痛み
75 歳女性→高齢女性
昨夜から→急性発症
右膝の発赤を伴う痛み→単大関節炎
→ SQ:高齢女性に急性発症した単大関節炎
Acute large mono arthritis in an elderly woman

このSQ から偽通風と化膿性関節炎が鑑別 に挙がり、最終的には関節穿刺の所見より偽通風と診断されました。

3.Illness script

個々の疾患の時間経過を重視した臨床像。

例えば感染症であれば潜伏期から発症まで を初期→極期→回復期→治癒という時間経過 で区切り観察をします。

発症から治癒まで、経過上の臨床像を、より多くの疾患で理解していくことが重要です。

インフルエンザの臨床症状を例にあげます(表1)

表1

表1

インフルエンザは急性高熱疾患であると同 時に呼吸器感染症であり、咳・咽頭痛・鼻水(今 シーズンのインフルエンザは鼻症状の頻度が 高い)などの症状を伴います。

これらの臨床症状がない場合にはFlu-like illness と呼ばれる腎盂腎炎、カンピロバクタ ー腸炎などの可能性があります。

インフルエンザ罹患後、3 日経過しても高 熱遷延、または5 日経過しても平熱に戻って ない場合は(図1)細菌性肺炎の合併などを 考慮する必要があります。

図1

図1

4. 引き算診断

この症例は○○のillness script に当ては まらないので違う疾患に違いない、という推論法。

例えば『この頭痛患者は上気道炎症状がな いので感冒のillness script に当てはまらず、 くも膜下出血などのKiller disease の可能性 がある』と考えることが出来ます。

実際軽症のくも膜下出血は感冒や片頭痛 に誤診されやすく、疾患全体からcommon disease を除外する引き算診断は有効です。

前向き臨床推論は、まず疾患の全体像を見 ることが重要です。

個々の木ではなく森全体を眺めなくてはなりません。

VABCDE から患者の病態・疫学・解剖(痛 みなどが主訴の場合)につながるキーワード を拾い、それらをSQ に変換してキーフレー ズを組み立てる。これによって全体像が見え る第一歩となります。(問診票の情報だけでは 不十分なのでSQ は常に修正可能と考えます)

SQ を完成させる為に何が必要な情報かを 考え、問診を開始。ここで主訴を取り違え、 間違ったSQ が構築されるとそれは誤診に繋 がります。

例えば腹痛と1 回の軟便で受診した患者の 主訴は『腹痛』であり、『軟便』を主訴とし てしまうと急性腹症を急性胃腸炎と誤診して しまいます。

図2

図2

実際の症例の問診表(図2)からVABCDEを抽出

V:105/67mmHg,102 回/ 分,37.7 度
A:20 歳
B:授乳中
C:胸痛
D:昨日から
E:女性

このVABCDE をSQ に変換するとAcute or Sudden chest pain with fever in a young woman + lactation となります。

SQ を完成させるためには以下の情報が必要となります。

  • 1)病態(Sudden onset かAcute onset か?)
  • 2)解剖(chest pain の部位はどこか?)
  • 3)Lactation が関係しているかどうか?(乳腺炎の可能性があるか?)

  • 1)Onset は突然発症ではなく、急性発症で 次第に痛みは増悪してきている→ Acute progressive
  • 2)疼痛部位は右乳房下→ RUQ pain
  • 3)乳房の痛み発赤はない→乳腺炎は否定的で Lactation は今回の病状とは関係ない

以上よりSQ をAcute Progressive RUQ pain with fever in a young woman と修正。

全体像(森)が見えてから初めて個々の木々 に移ります。具体的には:

  • ・完成後のSQ に見合うillness script を3 〜 4個程度選択
  • ・その中の鑑別上位から個別の検討を開始
  • ・その疾患がscript に矛盾しなければ確定診断となり、非典型例であれば他のscript と比較

先ほどのSQ:Acute Progressive RUQ pain with fever in a young woman から鑑別診断の候 補として以下の3 つをピックアップし、

  • 1.Fitz-Hugh-Curtis 症候群(以下FHCS と略す)
  • 2. 胸膜炎
  • 3. 胆嚢炎

まずはFHCS のillness script に当てはまるか考察

  • 1)臥床が最大の疼痛増悪因子(FHCS に伴う肝周囲炎の増悪因子)
  • 2)右肩痛(FHCS に伴う肝周囲炎の放散痛)
  • 3)身体診察で右季肋部圧痛を確認(図3)
図3

図3

1) 2)は胸膜炎/ 胆嚢炎では説明不可(引き算診断)

検査でクラミジア・トラコマティス抗体を提出

  • C. トラコマティスIgG 4.10(+)
  • C. トラコマティスIgM 0.48(−)
  • C. トラコマティスIgA 2.24(+)

以上の結果よりクラミジア感染症による Fitz-Hugh-Curtis 症候群が最終的な診断となります。

SQ は出来たが、疾患が浮かばない時は未知の疾患の可能性があります。

SQ をGoogle など検索エンジンに入力する ことで診断につながる情報が得られることがあります。

容易にアクセスできる検索エンジンが診断未 経験をカバーしてくれることもあり、有益な情 報に繋がる事もある事を記します。

時間の制約があるER や一般外来での診断に は戦略が必要です。

「速く正確に診断する」という目的のために『前向き臨床推論』を紹介しました。

参考文献
生坂 政臣 :めざせ!外来診療の達人 第3 版
大平 善之 生坂政臣 :糖尿病診療マスター vol.7 No2 2009 鈴木彩、生坂政臣、その他 :家庭医療11(2);4-7 2005 Ayako Basugi, Masatomi Ikusaka, et al :日本頭痛学会誌 33(1); 30-33. 2006
NORMAN J. et al :Am Fam Physician Jan 1;67(1):111-118 .2003
知花なおみ感染症学雑誌84(2);153-158 2010