沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 5月号

De novo B型肝炎とその対策

佐久川廣

社会医療法人かりゆし会 ハートライフ病院
佐久川 廣

はじめに

近年多くの免疫抑制剤や抗がん剤が開発さ れ、良好は治療効果が報告されている。しかし ながら、その強力な免疫抑制効果故に、B 型肝 炎の再活性化が問題となっている。これまでB 型肝炎の再活性化は無症候性HBs 抗原キャリ アの急性増悪という形で発生することがよく知 られていた。しかしながら、稀にHBs 抗原陰 性でHBc 抗体陽性の既往感染者にもB 型肝炎 の再活性化が起こり、de novo B 型肝炎と呼ば れている。De novo B 型肝炎はしばしば劇症肝 炎を引き起こすことが問題になっており、その 対策は重要な課題である。

HBc 抗体とその臨床的意義

B 型肝炎ウイルス(HBV)に感染すると一部 の症例ではHBs 抗原陽性の状態が持続し、持 続感染者(キャリア)となる。成人で感染した 場合は、急性肝炎を発症したのちウイルスが排 除され、感染防御抗体であるHBs 抗体が陽性 となり治癒すると言われていた。しかしながら、 HBV のコア抗原に対する抗体であるHBc 抗体 が陽性の場合は、HBs 抗原が陰性でも肝臓内で HBV の増殖が持続しており、血液中にもHBVDNA が微量ながら検出されることがある1)

HBc 抗体の臨床的意義はHBV への暴露である (表1)。すなわち、HBV が一度体の中に入って きたことを意味する。HBc 抗体価が高い場合は、 一般に持続感染を意味し、低い場合は既往感染 と解釈されている。抗体価が高いか低いかは現 在広く用いられているCLIA 法で10(s/co)以 上を高力価、それより低い場合は低力価と判定 している。

表1 HBVマ−カ−とその臨床的意義

表1

B 型肝炎のスクリーニングは通常HBs 抗原 で行っている。臨床の現場では、一般にHBV を持っているが重要であり、それで十分である。 感染の既往があるかどうかは問題になることは ない。しかしながら、HBV は感染後、レトロ ウイルスやヘルペスウイルスと同様に宿主内に 存在し続けることが最近の研究で明らかになっ た(図1)。したがって、サイトメガロウイル ス等と同様に強力な免疫抑制剤を使用する場 合、HBV の増殖が起こることがあり、このよ うな症例においては、HBV への暴露を示すマー カーであるHBc 抗体をスクリーニング検査に 用いる必要がある。

図1

図1 HBc 抗体の臨床的意義

B 型肝炎の発生機序

B 型肝炎の発症は、細胞傷害性のT リンパ 球(CTL)が関与しており、肝細胞内に侵入 したウイルスに対して免疫応答が起こり、壊 死炎症反応とともに感染肝細胞が排除される。 HBV に持続感染していても、ウイルス量が少 ない場合は臨床的に問題なる肝炎は起こらな い。通常、血中のHBV-DNA が5 log copies/ ml 以下であれば肝炎は起きないと言われてい る2)。多くの無症候性HBs 抗原キャリアは、 HBV-DNA が5 log copies/ml 以下であり、既 往感染者は更にウイルス量が低い。

HBV の増殖抑制には細胞性免疫が重要であ るが、液性免疫もHBV の肝細胞への侵入を阻 止する上で重要である。HBs 抗体は感染防御 抗体で、HBV の表面抗原に反応することによ り、HBV が周りの感染していない肝細胞に拡 散するのを防止していると思われる。したがっ て、液性免疫能の低下をもたらす薬剤はHBV を増殖させる可能性がある。

リツキシマブによるB 型肝炎に再活性化

リツキシマブは悪性リンパ腫に対して有効な 生物学的製剤で、最近その使用頻度が増加して いる。リツキシマブはB リンパ球の表面抗原で あるCD20 に対するモノクローナル抗体で、B 細胞の活性を抑制する。B 細胞は抗原提示細胞 で、その活性の低下は間接的にCTL にも影響 し、HBV に対する免疫応答を著しく低下させ る。また、リツキシマブの場合、投与終了後も 免疫抑制状態が長く続くため、HBV の増殖が 持続すると言われている。さらに、リツキシマ ブは副腎皮質ステロイドとの併用で用いられる ことが多いが、HBV 遺伝子にはglucocorticoid enhancement element が存在するため、副腎皮 質ステロイドとの併用でHBV の増殖がより起 こりやすくなると言われている3)

厚生労働省研究班が2010 年に発生した急性 肝不全の全国調査成績を報告しているが、その 中に9 例のde novo B 型肝炎が報告されている。 これら9 例は全例死亡しており、9 例中6 例にリツキシマブが使用されている。リツキシマブ の使用頻度を考慮すると、いかにこの製剤が重 篤なde novo B 型肝炎の発症において重要であ るか理解できる。

リツキシマブ以外の製剤によるde novo B型肝炎

リツキシマブ以外の薬剤でde novo B 型肝炎 による死亡例は稀であるが、他の免疫抑制剤、 抗悪性腫瘍剤を投与した症例においても、薬剤 投与中にウイルスの再増殖が稀ならず報告さ れている。例えば、慢性関節リウマチの治療 例の前向き調査によると4)、135 例のHBV 感 染の既往のある慢性関節リウマチ患者を12 カ 月以上フォローしたところ7 例(5.2%)にお いてHBV-DNA が経過観察中に検出されてい る(7 例全てが治療前にHBV-DNA を測定され ており、全て陰性であった)。これらの症例は 全て肝炎を発症することなく、エンテカビルの 投与あるいは抗ウイルス剤を投与することなく HBV-DNA が消失している。7 例中6 例に生物 学的製剤(5 例にエタネルセプト、1 例にトシ リズマブ)が他の免疫抑制剤(プレドニゾロン、 メトトレキサート、タクロリムス、他)と併用 で使用されている。生物学的製剤以外で発症し た残りの1 例はメトトレキサートとプレドニゾ ロンが併用された症例であった。

De novo B 型肝炎に対する対策

De novo B 型肝炎は予後不良な疾患であり、 その対策は重要である。発生を予防するために は「免疫抑制・化学療法により発症するB 型 肝炎対策ガイドライン」に沿った対応が求めら れる(図2)。しかしながら、このガイドライ ンではHBs 抗原を最初のスクリーニングに用 いているために肝臓専門医以外の者にとって分 かりにくいことが難点である。免疫抑制剤や化 学療法剤を使用する患者においてはHBc 抗体 でスクリーニングすべきと思われる。日本にお いて、肝疾患以外の症例におけるHBs 抗原陽 性率は2%以下である。したがって、ほとんど の症例で結局はHBc 抗体を測定することになる。また、HBc 抗体はHBs 抗原ほど一般的で ないため最初のスクリーニングにもってこない と測定漏れになることが懸念される。そこで、 ガイドラインの私案を併記し、ご批判を仰ぎた いと思う(図3)。

図2

図2

図3

図3

おわりに

HBV はアジア、アフリカを中心に広く蔓延 したウイルスで、世界中で約20 億人(世界増 人口の約3 分の1 に相当)が感染していると 言われている。de novo B 型肝炎が一般に知ら れるようになり、これまでウイルスが存在しないと思われていた既往感染者にHBV が潜んで いる事が分かってきた。沖縄県は日本で最も HBV が蔓延したところで、特に宮古や八重山 地方では成人の約80%がHBV に感染している と報告されている。

De novo B 型肝炎を未然に防ぐためにはHBV 感染状態を評価することが重要であり、そのた めにはHBc 抗体の臨床的意義を正しく理解す る必要がある。現在のところ「免疫抑制・化学 療法により発症するB 型肝炎対策のガイドラ イン」に従ってHBV-DNA の定期的測定や核 酸アナログの予防投与が推奨されているが、費 用対効果の問題があり、解決すべき課題も多い。 HBV の増殖に影響を与えない免疫抑制剤の研 究、あるいはより安価なHBV 増殖抑制剤の開 発。また、稀にしか起こらないde novo B 型肝 炎については宿主側の因子(遺伝的要因等)の 解明も重要と思われる。

参考文献
1. Rehermann B, Ferrari C, Pasquinelli C, Chisari FV. The hepatitis B virus persists for decades after patients' recovery from acute viral hepatitis despite active maintenance of a cytotoxic T-lymphocyte response. Nat Med. 1996;2:1104-8.
2. Sakugawa H, Nakasone H, Nakayoshi T, Kawakami Y, Yamashiro T, Maeshiro T, Kinjo F, Saito A, 2001, Correlation between serum transaminase activity and virus load among patients with chronic liver disease type B, Hepatol Res, 21: 159-168
3. Tur-Kaspa R, Burk RD, Shaul Y, Shafritz DA. Hepatitis B virus DNA contains a glucocorticoidresponsive element. Prc Tatl Acad Sci USA. 1986; 83:1627-31.
4. Urata Y, Uesato R, Tanaka D, et al. Prevalence of reactivation of hepatitis B virus replication in rheumatoid arthritis patients. Mod Rheumatol 2011; 21:16-23.