沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 1月号

ヘルニアマニア

仲地  厚

豊見城中央病院 外科  仲地  厚

地球の裏側で私達が息を呑んだのは、ウィ ーンのハプスブルグ家の王宮の建物の一角で 崖下を覗き込む老賢者石像の皮膚の精緻な質 感でした。更に「おおっ」と私たちの目を釘 付けにしたのは少し突き出た下腹部の左右の 皮下に正確に再現された浅腹壁動脈静脈の浮 き彫り。「ここで浅腹壁動脈に会えるとは思わ なかったな。」それを見た私と若手外科医と先 輩外科医の破顔の一言でした。

外科手術の鼠径ヘルニア根治術では鼠径部に 4 pの皮膚切開を行うと皮下に伏在する「浅腹 壁動脈 静脈」に遭遇します。私は当院の精鋭 の若手外科医達が執刀するこの手術に助手とし て入り、その血管を確実に結紮するようにしつ こく強要します。更に相次いで露出される神経 や筋や内膜の連続性と手技について、口やかま しく説明し、また詰問し返答を迫ります。

数年前に遡りますが、私は凄まじいヘルニア 術後出血を経験しました。深夜の看護師の上擦 った声に急かされ病室に駆け上がり創部を見る と、当直医によって急ぎ積み上げられた赤黒い ガーゼが幾重にも覆い被さっています。恐る恐 るそれを剥がすと 4cm の創が地割れとなり噴 火口からは烈々とした血腫が隆起していまし た。手術時に浅腹壁動脈を結紮せずに電気メス で凝固切開のみ行った症例でした。

それ以前に読んだ手術書の中で詳細な観察を 基に書き綴られたいくつかの手技書には、確か に「血管の確実な結紮を行う」との記載があっ た事を思い起こしました。以前にも増して解剖 の理解の大事さと手技にこだわる事の奥深さを 再認識しました。

例えば浅腹壁動静脈の走行について身を入れ て括目すると、通常は動脈と静脈が近く 1 束と して併走していますが、稀に 2 本ならず 3 本存 在する例や動脈と静脈が離れて走行する例があ る事を経験し稀な解剖形態を体得します。

20 年前に術者として初めて執刀して以来私の 中では疑問と謎の宝庫であったヘルニア手術は、 不思議といまだに興味の尽きない手術でありま す。科学技術の進歩と共にメッシュという医療材 料が開発され改良され、手術手技も有効かつ低 侵襲で合併症の少ない方法へ日々進歩し、不勉 強な私が覚醒させられる刺激が絶えずあります。

大腸疾患を中心に消化器疾患を専門として いる私にとって、最新の手術法と材料の吟味 を絶えず行いながら、新規の知識を更新し続 ける姿勢は、すべての消化器外科疾患に対す る基本的姿勢としての小さなモデルとなって いるようです。

どの手術においても、確実に認識し扱うべき 要所があります。ヘルニア手術では若手外科医 と丁寧に止血し解剖を確認しながら剥離する部 分やメッシュを留置する位置などの難所を越え て手術は進行していきます。手術方法や解剖の 理解について、様々な経験年数の若手外科医た ちは個々に異なる疑問を持っていますが、その 生まれた問いをそれぞれの術者が解決しようと 努力する姿勢が垣間見られ、彼らは確実に成長 していきます。

考える力を養う上で大事なのは、いかに良 い問いを立てるかだと言われます。自分自身 から発した問いを育て常になぜだろうと思い 続ける姿勢が大事であることを常々感じてい ます。

若手医師にとってもヘルニア手術は成長が実 感でき、付加価値が獲得でき、チームワークが 築ける良いモデルであると思います。

来し道を確かめる近況報告となりました。新 しい年が始まり、粛として行く道に決意を新た にしています。