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ケリューケイオンの杖

島袋  勉

浦添総合病院  島袋  勉

巳年に因んで、思いを巡らしていると、当院 の救急部スタッフが着用しているユニフォーム にプリントされている二匹のヘビが天使の羽を かたどった杖に巻き付いているロゴマークのこ とが頭に浮かびました。これは、ギリシャ神話 にも登場するヘルメス神が所持している「ケリ ューケイオンの杖」と呼ばれているものです。 ヘルメスは、「発展・繁栄の神」であり、「商業 の神」、「医神」でもあります。今でも、一橋大 学の校章や、WHO のロゴでこの杖が描かれた り、商業系の学校にヘルメス像として祀られて います。

ヘルメスは、この杖を使って様々な奇跡を 行ったとされています。例えば、渇水の際に、 井戸を掘る位置を指し示したり、不漁の時に、 魚が大漁にとれる海域を示したりしました。 その奇跡の中には、人々の病を癒す業も含ま れていたものと思われます。ただ、この杖を 使うときに、ひとつだけ条件がありました。 それは、「決してその奇跡を自分の欲心のため に使おうとしないこと。常に自分の心をチェ ックし、自分自身のためではなく、多くの人々 のためになることを祈りながら、この杖を使 うこと」でした。

もしも、自分がそういう奇跡の杖を手にした ならば、私心なく使うことができるだろうかと 考えると、正直自信はありません。しかし、何 事もそうですが、そのようになりたいと思わな い限り一歩も進まないのも事実です。年男とな る今年度は、初心に帰って、子供の頃、医師に なりたいと思った原点である「病に苦しむ多く の方々の手助けをしたい」という無我なる志を 忘れずに、心の中で、ケリューケイオンの杖を 自在に操っている自分をイメージしていきたい と思います。

また、現代の奇跡ということでは、皮膚の 細胞から体中のあらゆる細胞に変化できる能 力を持った細胞(iPS 細胞)を作り出した京 都大学の山中伸弥教授が、昨年度のノーベル 医学生理学賞を受賞され、日本中が歓喜に包 まれました。「大発見の思考法」(文春新書) という著書のなかで、山中先生はこう述べら れています。

『苦しい時の神頼みはよくします(笑)。研 究に行き詰まると、「神様、助けてください」 って。私、そういうのは節操がないんです (笑)。生物学をやっていると、それこそ、こ れは神様にしかできないと思うようなことが たくさんありますから。(中略)iPS 細胞を 人の役に立てたいという気持ちは非常に強く 持っています。私は臨床医としてはぜんぜん 人の役に立ちませんでした。だから死ぬまで に、医者らしいことをしたいのです。私に「医 者になれ」と熱心に勧めてくれた父は、私が 研修医二年目のときに病気で亡くなりまし た。どんどん症状が悪くなって手の施しよう がなくなってしまったのですが、父は、私に 点滴をしてもらって、ニコニコしながら死ん でいったのです。息子が医者になったことが 嬉しくて誇らしくてたまらない、というよう に…。医者として人の役に立ったと自分で思 えないと、死んだ父に対しても申し訳が立ち ません。父が望んだ臨床からは離れてしまっ たけれど、基礎だからこそ治せない病気も治 せるようになると、私は信じています。「あ の世で親父と会う時、顔向けできない」なん てことがないように、残りの人生で自分に出 来る限りの力と情熱を注ぎこみたいと思って います。』

さすがです。純粋かつ、強い思いで、人様の お役に立つことをしたいという熱意が伝わって きます。熱意が多くの人々の感動を呼び、協力 者を引き寄せ、更なる発展へと向かっていく原 動力であるということを山中先生から教えてい ただきました。

日々に、「I can. I can.」と自分自身に言い 聞かせながら巳年を駆け抜けていきたいと思 います。