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日常診療で遭遇するヘルペス疾患の臨床像とその対応

新里 敬

中頭病院 感染症・総合内科 新里 敬

ヒトヘルペスウイルス(HHV:human herpesvirus)には、HHV1 からHHV8 がある(表1)。 日常診療で遭遇する感染症について概説する。

表1 ヒトヘルペスウイルス(HHV:human herpes virus)の分類

1. 単純ヘルペス感染症

単純ヘルペスはherpes simplex virus(HSV) ウイルスに引き起こされる病態で、口唇ヘル ペス、歯肉口内炎、単純ヘルペス角膜炎、陰 部ヘルペスなどの疾患の原因となっている。

HSV は神経節で潜伏し続け、発熱、月経、 精神的ストレス、免疫機能低下などが誘因とな り、皮膚や粘膜に小さな痛みのある水疱が繰り 返し発生する。

HSV-1 とHSV-2 があり、前者は口唇や口腔 内に、後者は陰部や性器に病変を生じることが 多い。どちらの感染様式も接触感染・飛沫感染 である。

HSV-1 は母親や子ども同士のほほずりやキ スによる接触感染、幼少期の飛沫感染で容易に 感染する。成人での初感染は重症化しやすい が、現在若年成人の約半数にしか抗体がないこ とから、成人初感染例に遭遇する機会が増加し ている。

陰部ヘルペスや性器ヘルペスの多くは、 HSV-2 ウイルスにより引き起こされる。男性 では陰部に、女性では外陰部や腟に水胞や赤い 潰瘍が形成され、びらんや痛みを伴う。鼠径部 リンパ節腫脹を伴うことも多い。

どちらのウイルスも性感染症として問題であ る。かつてHSV-1 は口唇ヘルペス、HSV-2 は 性器・陰部ヘルペスとされたが、現在では性器 ヘルペスの20 〜 30%はHSV-1 によるもので ある。陰部・性器ヘルペスと口唇ヘルペスの併 発例、再発例、根治困難例がみられること、無 症候例が多く(70 〜 80%)感染に気づかない まま複数の異性を相手にして感染を拡散させる ことも問題となっている1,2)。妊婦の性器ヘル ペスで出産時にウイルス排出があれば、新生児 ヘルペスという重篤な感染症を招く。

単純ヘルペスの多くは自然治癒するが、症状 が強い場合には薬物療法の適応となる。

予防法はHSV 感染者との直接接触を避ける しかないが、現実的には困難なことが多い。口 唇ヘルペスではマスク着用を促し、陰部・性器 ヘルペスでは性行為を避ける。性活動が活発な 若年成人ではコンドームの使用を積極的に推奨 する。

2. 帯状疱疹

幼少期に感染した水痘帯状疱疹ウイルス (herpes-zoster virus:HZV)が再活性化して帯 状疱疹が発症する。帯状疱疹の生涯罹患率は 5 〜 6 名に1 名(約20%)で、年間1,000 名当たり の発生頻度は4.6 名である。50 歳以降に多く みられるが、若年成人例では何らかの免疫異常、 特にHIV 感染症に留意する。

水疱形成の数日前から何らかの体調不良を訴 えるが、初診時には気づかれないことも多い。 皮膚の痛みやピリピリ感が出現後、感染した神 経支配領域に赤色の小さな水疱形成が生じる。 通常は片側性で刺激に敏感となり、軽い刺激で も激しい痛みを伴う。皮疹出現前の左肋間神経 領域の痛みは、虚血性心疾患や胸膜炎などとの 鑑別に悩まされることがある。

治療は、原則として抗ウイルス薬の服用と安 静である。バラシクロビルは腸管からの吸収が 比較的良好で、6 錠(1,500mg)/ 日で十分な血 中濃度が得られ、注射薬とほぼ同等の臨床効果 がある。腎機能の低下がある患者、透析患者、 高齢者では投与量の減量が必要となる。血中濃 度が高くなりすぎると、意識障害などの副作用 を誘発する(アシクロビル脳症として知られて いるが、バラシクロビルでも同様のことが起 こる)3)

罹患期の日常生活では、水疱形成時や破裂時 の入浴は避け、水疱形成期には水痘未罹患者や 免疫不全者との接触を避ける(水痘発症や免疫 不全者では重症感染症を引き起こす)。

帯状疱疹後神経痛(post-herpatic neuralgia) に対しては最近プレガバリンが発売され治療の 選択肢が広がったが、神経ブロックなどのペイ ン・コントロールが必要となることも多い。鎮 痛補助薬として三環系抗うつ薬、抗てんかん薬 も用いられる(保険適応外)。

3. ヘルペス脳炎

HSV の初感染時または再活性化時に発症、 年長児から成人のヘルペス脳炎では神経行性に ウイルスが脳に進入し、側頭葉や大脳辺縁系に 病変を呈する。

急性期症状は、発熱、髄膜刺激症状、意識障 害、痙攣、記憶障害、言語障害、人格変化など 多彩である。迅速な診断と治療が重要で、投与 前あるいは投与初期の髄液中HSV DNA 測定 (PCR 法)が最も迅速で、感度・特異度も高く 臨床的にも有用な検査法である。とは言え、自 院でPCR 検査ができる施設はほとんどないの で、外注検査に頼らざるを得ず、結果判明まで 数日から1 週間を要する。

ヘルペス脳炎を「疑ったら」、アシクロビル 10mg/kg を8 時間毎に点滴静注する4)。治療期 間は14 日間。PCR 検査の陰性が判明すれば治 療中止するが、偽陰性のこともあるので慎重な 判断を要する。終了時にはPCR 法によるHSV DNA の陰性化を確かめる。

4. 伝染性単核球症(monocleosis)、Mononucleosislike illnesses

伝染性単核球症はHHV-4、いわゆるEpstein- Barr virus(EBV)により引き起こされる疾患 である。

3 歳頃までは不顕性感染が多いが、それ以降 だと発病する。多くは唾液を介した感染で、親 から、夫婦や恋人から、あるいは性風俗での感 染が多い。

年長児期・青年期における初感染では、発 熱、咽頭痛、頚部リンパ節腫脹が3 大主徴であ る。全身倦怠感を伴う39 〜 40℃台の発熱、口 蓋扁桃の発赤腫脹(ときに膿付着あり)・咽頭痛、 頚部(後頸部)を主体とする全身リンパ節腫脹 が1 〜 2 週間ほど持続し、症状もかなり強い。 高熱が1 〜 3 週間にわたって持続する。肝脾腫 (50 〜 75%)や発疹(5%)を伴うこともある。 黄疸は稀である。

血液検査では、白血球は正常あるいは増加 (時に20,000/ μ L 近くまで)、多くの例でリン パ球の著しい増加(> 50%)や異型リンパ球 が認められる(> 5%)5)。肝トランスアミラー ゼの上昇を伴う(> 100 IU/L)ことから、急 性肝炎と間違われることも多い。

診断はこれらの臨床的徴候と血清学的検査を 組み合わせて行う(表2)。

表2 伝染性単核球症の血清診断

予後は良好で自然治癒するが、脾腫を伴う例 では脾破裂の危険性があるため安静が必要とな る。検査値の改善に1 〜 2 ヵ月を要する。

EBV 以外にもHSV、Cytomegalovirus(CMV)、 HHV-6、HIV、adenovirus、A群溶連菌(Streptococcus pyogenes )、Toxoplasma gondii で同様な症候を 来すことがあり、mononucleosis-like illnesses と 呼ばれる5)。HIV 急性感染症ではその臨床病態 が伝染性単核球症と類似する。HIV 感染初期で は抗体検査では陰性と出ることがあり、HIV-1 RNA 定量検査(PCR 検査)を行う必要がある。

妊婦がHSV やCMV の感染症に罹患すると 胎児や新生児に影響を及ぼす(TORCH 症 候群)。

文献

1. Ward H, Roönn M.Contribution of sexually transmitted infections to the sexual transmission of HIV.Curr Opin HIV AIDS. 2010;5:305-310.

2. Ryder N, Jin F, McNulty AM, et al.Increasing role of herpes simplex virus type 1 in first-episode anogenital herpes in heterosexual women and younger men who have sex with men, 1992-2006.Sex Transm Infect. 2009;85:416-419.

3. Asahi T, Tsutsui M, Wakasugi M, et al.Valacyclovir neurotoxicity: clinical experience and review of the literature. Eur J Neurol. 2009;16:457-460.

4. 日本神経感染症学会. ヘルペス脳炎―診療ガイドライ ンに基づく診断基準と治療指針. 中山書店,2007.

5. Hurt C, Tammaro D. Diagnostic evaluation of mononucleosis-like illnesses. Am J Med 2007; 120, 911.e1-8.