浦添総合病院リハビリテーション科 亀山 成子
【要旨】
「呼吸リハビリテーションとは、呼吸器の病気によって生じた障害をもつ患者に 対して、可能な限り機能を回復あるいは維持させ、これにより患者自身が自立でき るように継続的に支援していくための医療である。」と定義され、呼吸器疾患の進 行および合併症の予防を目的とする包括的チームケアである。近年、患者数の増加 が問題とされているCOPD に対して呼吸リハビリテーションは有効性が確認され ている。予後の改善のためには、運動療法とともに多面的な患者教育が不可欠であ り、継続的に実施する体制が必要である。
【背景】
厚生労働省人口動態統計によると、慢性閉塞 性肺疾患(以下、COPD)の2010 年の死亡者 数順位は男性の第7 位、全体の第9 位である。 超高齢化を迎えたわが国では、COPD をはじ めとする慢性呼吸不全の患者数は増加し、医療 コストも増大している。非薬物治療の選択肢の ひとつである呼吸リハビリテーションに対する 社会の期待は大きい。本稿では特に医学的根拠 が豊富なCOPD に対する呼吸リハビリテーシ ョンについて概説する。
【定義】
呼吸リハビリテーションに関する最初の記述 は1901 年、気管支拡張症の患者に対する体位 ドレナージによる排痰の有効性の報告であった と言われている。19 世紀肺結核後遺症に対する 運動療法と栄養の意義を示したDenison の研究 を経て、慢性呼吸器疾患の治療のひとつと考え られるようになっていった。そしてAmerican College of Chest Physicians が1974 年に初めて 呼吸リハビリテーションの定義を提唱した。そ の後1981 年にAmerican Thorachic Society、 1994年にNational Institutes of Health が独自に定義を 発表し、わが国では2001 年に日本呼吸管理学 会、日本呼吸器学会が合同で「呼吸リハとは、 呼吸器の病気によって生じた障害をもつ患者に 対して可能な限り機能を回復、あるいは維持さ せ、これにより、患者自身が自立できるように 継続的に支援していくための医療である。」と 定義した2)。
【目的】
COPDを代表とする慢性呼吸器疾患の患者は 基礎疾患の進行と加齢に伴う変化により慢性に 経過する過程で呼吸不全を呈する。肺機能低下 による呼吸困難が不動、低活動を引き起こし、 体力を低下させる。体力低下は身体機能の脱調 節状態を招き、体動時の呼吸困難をさらに悪化 させる悪循環が起こる。これらはさまざまな問 題、心身の脱調節、社会的孤立、抑うつ気分、 筋力低下、体重減少などを生み患者のQOL を 著しく損なう。呼吸リハビリテーションは内科 的治療では十分に改善できないこれらの問題点 に対し、運動療法を中核として疾患教育、療養 指導を含んだ包括的多面的なチームアプローチ である。期待される帰結は、慢性呼吸器疾患患 者の症状の改善、QOL の向上、日常生活活動 の活性化にある1)。
表1 COPDにおける呼吸リハビリテーションの有効性
【有効性】
呼吸リハビリテーションの効果は、COPD を中心として多数の臨床試験によって評価され てきた。リハビリテーションと身体活動の継 続は全てのCOPD 患者に有益であると思われ、 運動耐容能が改善され、呼吸困難と疲労が減少 する3-4)。入院時、通院時、在宅のいずれの場 所においても、さまざまな有益性が報告されて いる5)。運動負荷試験で得られる生理学的指標 として、最大酸素摂取量、最大作業負荷量、持 久時間の増加をもたらすことが明らかになって いる。表1 はCOPD における呼吸リハビリテ ーションの有益性とエビデンスレべルの要約で ある。
リハビリテーションによる医学的効果を得る ためには、最短でも6 週間のリハビリテーショ ンの継続が必要で、長期に継続するほど効果的 である。
しかしながら効果を持続させるためのプログ ラムはいまだ開発されておらず、現行の診療報 酬制度でも90 日間という算定期限が設けられ ているため、リハビリテーションの継続という 問題が常に付いて回ることになる。
【運動療法】
COPD で運動耐容能が低下する原因は換気 の制限、動的肺過膨張、換気効率の低下、呼吸 筋の機能異常と疲労、右心系負荷による心循 環器系の機能障害、心理的要素であり、慢性 に経過する過程で生じる栄養代謝障害や、低 活動に伴う骨格筋の機能異常も影響し複雑で ある。運動療法は全てのCOPD 患者に適応と なる。定期的な身体活動は年齢性別を問わず 心血管系と呼吸器系の機能を向上させる。運 動は心肺運動負荷試験によって得られる生理 学的指標を改善させ、分時換気量の増大、心 筋酸素消費量、心拍数および血圧の減少、骨 格筋の毛細血管密度の増大、血中乳酸蓄積閾 値上昇、疾患の兆候、症状出現閾値を上昇させ、 運動耐容能を改善する。
表2 呼吸理学療法・ADLトレーニングの呼吸器関連疾患における推奨レベル。
【適応と禁忌】
COPD 以外の呼吸器疾患についても、以下 のような症例について運動療法は推奨されてい る。1)症状のある慢性呼吸器疾患2)標準的治療 により病状が安定している3)呼吸器疾患により 機能制限がある4)呼吸リハビリテーションの進 行を妨げる因子や不安定な合併症がない5)患者 自身に積極的な意思があることを確認する(イ ンフォームドコンセントによる)6)年齢制限や 肺機能の数値による基準は定めない。
表2 は安定期にある呼吸器関連疾患における 呼吸理学療法、運動療法、ADL トレーニング の推奨レベルである。神経疾患や間質性肺炎な ど拘束性換気障害を呈する進行性の疾患ではそ の効果は高くはないが、ADL を維持するため のトレーニングは行われる。
一方、禁忌となる場合は運動に伴う酸素摂取 量や循環血漿量の増大、呼吸や心仕事量の増大 により原疾患の悪化を招く恐れのある場合であ る。具体的には以下のような状態が挙げられる6)。 1)不安定狭心症、不安定な発症から短時間の心 筋梗塞、非代償性うっ血性心不全、急性肺性心、 コントロール不良な不整脈、重大な大動脈弁狭窄 症、活動性の心筋炎、心膜炎などの心疾患の合併、 2)コントロール不良の高血圧、3)急性全身性疾 患または発熱、4)最近の肺塞栓症、急性肺性心、 重度の肺高血圧症の合併、5) 重篤な肝・腎機能 障害の合併、6)運動を妨げる重篤な整形外科疾 患の合併、7)高度の認知障害、重度の精神疾患 の合併、8)他の代謝疾患(急性甲状腺炎など) である。
表3 呼吸リハ開始時に行われる評価・アセスメント
表4 修正Borgスケール
【リハビリテーションプログラム】
1) 開始前の評価、アセスメント(表3)
適切なプログラムを計画するために必要であ る。COPD では安静時と労作時、体調によっ ても症状に変動が見られる。呼吸困難感は患者 の生活活動を規定する問題点であるため、適時 再評価が必要となる。呼吸困難の間接的評価法 としてMRC 息切れスケールやFletcher-Hugh- Jones 分類があるが、再現性や弁別性に欠点が あるため、患者が直接現時点の呼吸困難感を表 現するのに優れた、修正Borg スケールを用い ることが多い(表4)。
2) コンディショニング
慢性呼吸器疾患、特に重症のCOPD では、 呼吸運動パターンの異常、筋・関節の柔軟性の 低下、姿勢の異常などが見られる。コンディシ ョニングは姿勢や身体の左右対称性や関節可動 域を改善、維持するためのアプローチであり、 呼吸筋のストレッチングや呼吸補助筋群のリラ クゼーション、呼吸訓練(口すぼめ呼吸や横隔 膜呼吸)、呼吸補助などを含む。呼吸仕事量の 軽減を目的に行われるこれらのアプローチ法 は、無作為対照試験による有用性の検討はなさ れていない6)。
3) 運動処方
運動療法は、頻度・強度・継続時間・運動の 種類について個別に処方されるべきである。当 科のCOPD(安定期)に対する通院プログラ ムの一例を示す。臥位での胸郭・体幹・下肢の ストレッチ→座位、立位での頚部・胸郭・肩甲 帯のストレッチ→弾性ゴムバンドを用いた上肢 筋力トレーニング→自転車エルゴメータを用い た持久性トレーニング(目標心拍数を設定し、 漸増負荷プロトコール20 〜 30 分)→整理体操。 安全管理の目的で酸素飽和度と心拍数を常時観 察、持久性トレーニングの際にはECG モニタ ー監視を行っている。労作時低酸素の著しい場 合は、呼吸困難感の評価をしながら、SpO2 が 90% を下回ることがないよう酸素投与量を調節 する。
4) トレーニング中の注意事項
COPD は他疾患と併存することが多く、ま た併存症は予後に大きく影響する。とくに心血 管疾患は最も発生率が高く、トレーニングに際 し注意すべき疾患である。心筋障害の発生が見 落とされるために、虚血性心疾患が過小診断さ れるというエビデンスがある7)。また、骨粗鬆 症と抑うつも主要な併存症であり、患者の健康 状態および予後の悪化と関連する。肺癌の合併 も多く認められ、死因の内訳では最も多い。ト レーニングの間は労作時低酸素血症,不整脈、 運動器の過用・誤用などに注意すべきである。 自覚的運動強度や呼吸困難感を把握し、酸素飽 和度と心電図モニターを監視することにより安 全を確保する。運動療法を中止する基準を表5 に示した6)。
表5 運動療法の中止基準
5) ADL トレーニング
呼吸リハビリテーションの目的は単なる筋力 や持久力の改善でなく、日常生活活動とQOL の改善にある。基本的動作や応用動作の回復 を目指したプログラムにより、生活の中で生じ る問題の克服を図ることが重要である。労作時 の息切れを緩和するための動作パターンの習得 や、快適な生活環境の整備なども行われる。6) 教育
正しい情報提供が患者のQOL を改善し、医 療費を含む医療資源の投入を減らす効果があ る。教育プログラムに含まれるべき内容は次の とおりである。COPD に関する基礎知識、禁煙、 一般的治療法および個別の内科的治療法、自己 管理スキル、呼吸困難感をできるだけ軽減する ための戦略、支援を求めるべきタイミングにつ いての指導、増悪期の意思決定、ならびに事前 指示や終末期の問題。これらはCOPD 重症度 に応じて選択される必要がある。しかし、教育 が呼吸リハビリテーション後に認められる改善 にどの程度寄与しているかは不明であると言わ れている。患者教育だけでは運動能力や肺機能 の改善につながらないとの研究報告がある。し かし、教育はスキルの向上、疾患への対処能力 の向上、および健康状態改善には有用だと考え られている7)。
【おわりに】
呼吸リハビリテーションについてCOPD を 中心に概説した。地域において標準化された呼 吸リハビリテーションの普及率の向上が望まれる。
【文献】
1) Nici L, et al : American Thoracic Society/European Respiratory Society statement on pulmonary rehabilitation.
2) 日本呼吸管理学会/ 日本呼吸器学会:呼吸リハビリ テーションに関するステートメント、日呼管誌、11: 321-330,2001.
3) Berry MJ, et al : Exercise rehabilitation and chronic obstructive pulmonary disease stage. Am J Respir Crit Care Med 1999,160:1248-53.
4) Fogio K,et al : Long-term effectiveness of pulmonary rehabilitation in patients with chronic airway obstruction. Eur Respir J 1999;13:125-32
5) Maltais F, et al : Effects of homebased pulmonary rehabilitation in patients with chronic obstructive pulmonary disease: a randomized trial. Ann Intern Med2008;149:869-78.
6) 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会呼吸リハビリ テーション委員会 呼吸リハビリテーションマニュアル―運動療法―
7) GOLD 日本委員会 : 慢性閉塞性肺疾患の診断、治療、 予防に関するグローバルストラテジー 2011 改訂版
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(73.慢性疾患・複合疾患の管理)を付与いたします。
問題
次の設問1〜5に対して、○か×でお答え下さい。