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平成24 年度沖縄県医師会勤務医部会講演会
   〜病院勤務医のストレスとその対策〜

城 間  寛

沖縄県医師会勤務医部会 部会長 城 間  寛



保坂 隆

聖路加国際病院 精神腫瘍科 医長 保坂 隆 先生

去る6 月16 日(土)沖縄県医師会館(3F ホ ール)に於いて、聖路加国際病院 精神腫瘍科 医長 保坂隆先生をお招きし、『病院勤務医のス トレスとその対策』と題する講演会を行った。

保坂先生は病院勤務医の過重労働をめぐる現 状やメンタルヘルス対策等の健康管理体制につ いて、次のように述べた。

医者の不養生

2008 年、日経メディカルの調査によると「運 動不足」の医師が70%、「食習慣に問題」があ るが41%など、図1 に示す結果が出ている。 また、3 人に1 人は高脂血症があるとされ、4 人に1 人は腹囲が基準値を超えている。6 人に 1 人はγ -GDP が高く、アルコールによる肝機 能障害だろうと考えられている。くわえて、医 師の診察を受けないものが38%いることが分 かった。


図1


医師は他人に相談はしない職種のようだ

ちょうどその時、アメリカで発行された  The PHYSICIAN as PATIENT という本を翻 訳する機会を得た。アメリカの医師も他人に相 談しない職種であることが紹介されていた。私 の考えと一致した。

医師は他人に相談はしない職種であること を前提に、当時の医政局長と共に厚労省に行 き、医師の健康問題について取り組みをしなけ ればならないことを訴えた。その後、日本医師 会と連動してこの問題について活動すること になった。


勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するア ンケート調査

日本医師会では、2008 年6 月勤務医の心身 の健康を幅広くサポートする対策を検討するこ とを目的として、会内に勤務医の健康支援に関 するプロジェクト委員会を設置し、「勤務医の 健康支援のための具体的方策」について検討を 行った。

日本医師会会員の中から、無作為に抽出した 勤務医10,000 人(男性勤務医8,000 人、女性 勤務医2,000 人)を対象とした。この割合は会 員の割合と同様になるようにした。

質問票は1)属性、2)自分自身の健康管理と業務量、3)メンタルに関する質問票、4)今後取り上げるべき勤務医の健康支援策で構成された。


アンケート調査の結果

医師10,000 人に配布して、計4,055 人(有 効回答率40.6%)から回答があり、以下のよ うな結果が得られた。


勤務状況・一般項目について

・ 休日は月に4 日以下が46%を占めた。また、 20 歳代では76%が4 日以下で年代が上がる につれ、休日4 日以下は減っていた。

・ 2 人に1 人が、半年以内に1 回以上のクレー ムを受けている。とりわけ、病床数が多くな るほど不当なクレームやトラブルにあった ことのある医師の割合が多くなる傾向がみ られた。

・ 平均睡眠時間は6 時間未満が41%を占めた。

・ 2 人に1 人は自身の体調不良について他人に 相談しないと答えた。その傾向は男性の方に 強くみられた。相談しない理由として「同僚 に知られなくない」「自分が弱いと思われた くない」「勤務評定につながる恐れ」のいず れかをあげた。


メンタルに関する質問票(QIDS)について

1)個々の項目

・ 21%が不健康であると回答した。

・ 7%が中途覚醒の症状がみられ、4%が早朝覚醒の症状がみられた。

・ 6%がエネルギーレベルの低下を自覚し、9%が興味の減退がみられた。

・ 5%が悲しいと思うことが半分以上の時間あると回答した。

・ 2%が集中力や決断が低下すると回答した。

・ 6%が1週間に数回以上、死や自殺について考えていることが分かった。

2)QIDS の総得点

結果的には、8.7%の勤務医(約12人に1人)が「うつ状態」メンタルヘルス面でのサポートが必要と考えられ、重度以上のうつ病と思われる者は1.9%であった。約50人に1人の計算である。

うつ病は、悲しさや憂鬱の気分のみならず、メンタルファンクションが低下する。つまり、(1)集中力が無い、(2)持続力がない、(3)決断力が低下する。仮に、50人に1人が病院の最前線で働いているとすれば、彼らは正常な判断が出来ない可能性が出てくる。ひいては、医療過誤や医療事故の基になることを意味する。


自殺について

自殺者は14 年連続で3 万人を越えている。 過去20 年間の自殺者数は急速に増加している。 男性と女性の割合は7:3 である。9 割の方が 精神疾患によって自殺している事実がある。そ の中で最も多いのがうつ病である。医師の自殺 死についても平成18 年のデータではあるが90 人の医師が自殺で無くなっている。人口比で見 ると1.29 倍となっている。



アンケート調査結果を踏まえての取り組み

アンケートの結果を踏まえ、2009 年度に「医 師が元気に働くための7 カ条」と「勤務医の健 康を守る病院7 カ条」のパンフレットを作成し、 日本医師会員や関係団体へ配布した。 (別紙パンフレット参照)

それと同時に、日本医師会として医師や家族、 同僚等から、勤務医の健康支援のための相談を 受け付けてみた。しかし、メール相談は3 ヶ月 間で10 件、電話相談は1 日間であったが0 件 であった。やはり、医師は他人には相談しない 職種であることを再確認した。


医師の職場環境改善のワークショップ研修会の開催

続いて、病院には産業医がいることに着目し た。医療機関の産業医を対象に、医療機関にお ける産業保健の役割や医師のメンタルヘルス支 援について、都道府県医師会との共催により事 例検討のグループワークを含むワークショップ を開催した。これまで、全国各地で開催し、計 461 名が受講した。その甲斐もあり個々の施設 において「メンタルヘルスケア対策」「医師の 就業環境改善ガイドライン作成」「勤務医の交 代勤務制度導入」等に取り組む事例が出てきた。


勤務医の労働時間ガイドラインのあり方について

医師の労働環境を改善するにあたっては、医 師の健康を守りつつ、医療の質を低下させない ことが重要である。そのために労働時間に関す る方針を策定し、業務の標準化、業務分担、診 療体制、診療科別の働き方のルールづくりなど が重要である。

1)労働時間・勤務体制の改善が勤務医の健康確 保、安全な医療につながる点を管理者が確認 し、宣言する。

2)労働時間・勤務体制を見直すにあたっては、 複合的なチームを作り取り組む。特に、安全 衛生委員会やすでに設定されている委員会や 会議を活用する。

3)見直し・改善のすすめ方は、段階的改善を重 視し、勤務医の勤務条件の底上げを目指した 取り組みとする。現状把握、対策立案、実施、 見直しの段階的ステップを設定する。

4)管理者の責任において労務監査としての労 働時間の見直しを行う。特に労基法32 条、 37 条を中心に、見直す視点は以下の5 項目 である。

1. 労働時間管理に関する勤務医への周知の有無

2. 労働時間の適正把握

3. 労働時間・休憩・休日の取り扱い(外勤・アルバイト)

4. 36 協定(残業に関するとりきめ)

5. 割増賃金(時間外手当、宿直・日直の取り扱い等含む)

5)勤務医の労働時間に関するわかりやすい自主的 な働き方のルール定め、その運用を確認する。

6)労働時間等の見直しと併せて勤務医の診療体 制・業務配分、環境改善、業務負荷軽減策、 勤務医の過重労働・メンタルヘルス対策等の 健康管理体制を見直す。

7)見直すにあたっては社会保険労務士等の専門 家助言を得る。


医師のストレス対策について

個人でできることとしては、1)睡眠時間の確 保(6 時間以上)。2)スポーツの導入(抗うつ 作用がある)。3)飲食でのストレス対策は避け る。4)趣味を持つ。5)太らないように注意する。

取り組みを進めるために必要な条件としては 「組織(理事長や院長など)の方針が明らかで あること」「熱心な担当者がいること」「担当者 の取り組みへの時間を確保されていること」「小 さな改善から始めること」「こまめに褒めて、 時にすごく褒める(表彰など)」「組織の文化と なるまでのあくなき挑戦と熱意」「様々な部署 を巻き込む」「行動変容は難しいがあきらめな い(特に医師の)」「時に外部専門家を活用する」 等が挙げられる。

また、病院・組織でできることは、1)同僚・ 部下がチェックし合う。2)遠慮なく声を掛け合 う。3)オンコールの取り扱いを再考する。4)当 直明けの対応改善。5)クレーマーには組織で対 応する方が、遥かにクオリティーが高い。6)医 師以外できることは出来るだけ事務系の方へ任 せるシステム作りが必要である。


まとめ

医師のストレスは、喫緊の国民的な課題であ る「医療崩壊」の原因のひとつであることは間 違いない。その意味では、医師を増やしたり、 診療報酬上の優遇をしたり、労働条件を緩和し たりする方法に加えて、医師の精神的重圧感を 軽減し、身体的問題やメンタルヘルス的な問題 を早期発見し、自尊心も傷つかない方法で、専 門家の治療やアドバイスを受けられるようなシ ステムの構築が必要であると思っている。

メールや電話での匿名の相談は期待できず、 病院産業医にメンタル支援のスキルを身につけ ていただくことも大切だが、実際に相談するか という点については期待薄である。

結論的には、今は「外付けにしたメンタル産 業医」こそが、医師のストレスを早期発見・早 期治療につなげるのには最も効果的ではないか と思っている。しかし、この点については今後 の研究で実証していきたい。


その後、行われた質疑では、本講演会に参加 した地域連携室の職員から「医師の労働時間の 軽減を図るためにはどの様な一歩を踏み出せば 良いか」と具体的な質問があり、保坂先生から 自身の病院の経験をもとに「昨年から地域連携 室に従事する事務方に、入院中の患者の紹介状 を記載させ、主治医が最終修正を行う方法を取 っている。この方式は主治医から評判が良く随 分助かると思うので、是非持帰り検討していた だきたい」と返答した。