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沖縄県「新生児蘇生法講習会普及事業」実施委託について
〜沖縄県地域医療再生計画に基づく周産期医療体制の整備の一環として〜

金城 忠雄

常任理事 金城 忠雄

新生児蘇生法講習会 Dr.真喜屋の講義風景

沖縄県は、平成23 年厚生労働省の地域医療 再生計画に基づく周産期保健医療体制整備計画 の一環として「新生児蘇生法講習会普及事業」 を立ち上げ、沖縄県医師会にその人材育成事業 を委託してきた。県医師会は、本事業の重要性 とこれまでの経過を考慮して委託事業を引き受 けることを決定した。

新生児蘇生法講習会は、これまで沖縄周産期 ネットワーク協議会の主催で産科医・助産師・ 看護師を対象に、那覇市医師会と中部地区医師 会のボランティア的な協力で運営されてきた。 沖縄県医師会は、沖縄周産期ネットワーク協議 会と産婦人科医会からの当講習会普及事業実 施の要望を受けて、沖縄県福祉保健部との連絡 協議会に「新生児蘇生法講習会普及事業」実施 の提案をした。沖縄県医師会の提案に対して、 県は周産期人材育成を目的に新生児蘇生法講 習会を集中的に行う事業を実施することにな った。

ところで、県内の「新生児蘇生法講習会」は 平成20(2008)年から県立中部病院新生児科 真喜屋智子先生が中心になり実施されてきた。 今回、地域医療再生事業として実施されるのを 機会に真喜屋智子先生に新生児蘇生法講習会の 現状を紹介してもらうことにした。先生は、国 際蘇生連絡委員会(ILCOR)提唱の国際イン ストラクターであり積極的に新生児蘇生法講習 会普及事業を運営指導され、分娩直後の新生児 蘇生に習熟すべき産科医がもっと参加して欲し いと希望している。分娩を担当する産科医は、 エビデンスに基づく新生児蘇生法をくりかえし 訓練する必要があり、助産師・分娩介助者と共 に新生児蘇生法に習熟することはかかせない。 古い話ではあるが、先輩産婦人科医はハワイま で研修に出かけ、猫( 人間の喉頭に似ているら しい) への挿管実習経験談を語っている。半日 を要する「新生児蘇生法講習会」ではあるが、 貴重な講習なので是非とも多数の産婦人科医と 助産師・看護師の実習参加を期待する。新しい 「おきなわクリニカルシミュレーションセンタ ー」もできたことだし、産婦人科医会を通して 新生児蘇生法講習会への参加を案内したい。

沖縄県からの委託事業を沖縄県医師会が受託 する機会に「新生児蘇生法講習会普及事業」に ついてその概要を報告する。

平成24 年6 月1 日( 金) 沖縄県医師会館に て準備委員会を開催した。(表1:委員名簿参照)

(表1) 新生児蘇生法講習会準備委員会委員名簿

そもそも、地域医療再生計画は、「経済危機 対策」として、都道府県が地域医療計画を策 定し、厚労省がその内容を審査、認定し、必 要な費用を交付する事業で、事業期間は、平 成21 〜 25 年度の5 年間である。今回の新生 児蘇生法講習会実施事業は、平成23 年厚生労 働省の地域医療再生計画に基づく周産期保健 医療体制整備計画の一環として沖縄県の事業 である。

沖縄県が実施主体とするこの事業の目的は、 沖縄県内の周産期医療従事者を対象に新生児 蘇生法講習会を開催し、新生児に対する医療 水準を向上させるとともに、周産期医療体制 の強化を図る人材育成事業である。実施方法 として沖縄県医師会に委託し、広く受講でき るよう宮古・八重山地区や中部や南部で講習 会を沖縄全域で開催する。(表2:仕様書参照)


新生児蘇生法講習会普及事業は、国際蘇生 連絡委員会(ILCOR)のもと日本版救急蘇 生ガイドライン(Neonatal Cardiopulmonary Resuscitation:NCPR)に基づく児の救命に関し て分娩にかかわる産科医、助産師・看護師等が 蘇生手技を理論と技術を習熟し人材の養成と確 保に寄与することにある。

ところで、沖縄県周産期ネットワーク協議会 は、産科・小児科医師を会員としてNICU の ある病院の小児科医を中心に母体搬送と未熟児 新生児搬送の空床情報と搬送体制の把握を目的 に設立された。当協議会は平成8(1996)年南 部地区にスタート、平成13(2001)年には沖 縄県周産期ネットワーク協議会に発展改称し、 会長は県立南部こども医療センターの宮城雅也 小児科部長が務め周産期医療の充実と緊急母児 の搬送体制がスムースに運営できるよう尽力し ている。

沖縄県としては、地域医療再生基金を任意団 体である沖縄県周産期ネットワーク協議会に事 業委託が困難なので沖縄県医師会に委託するこ とになった。県医師会は、本事業の重要性を考 慮してこの事業を受託する事にした。平成24 年度・25 年度の2年間に440 万円の委託事業 である。この新生児蘇生法講習会の講師には、 日本周産期・新生児医学会の認定インストラク ターを資格指名している。沖縄県からの事業推 進留意点としては、多くの周産期医療従事者が 受講できるように南部及び中部、並びに宮古・ 八重山地区で開催するよう求められている。  日本周産期・新生児学会は「すべての分娩に 新生児蘇生法を修得した医療スタッフが新生 児の担当者として立ち会うことが出来る体制 の確立」を目指し、平成19(2007)年から新 生児蘇生法(NCPR)講習会普及事業を開始し ている。

平成21(2009)年3 月に、沖縄県・県医師 会連絡協議会において、医師会が提案した「新 生児蘇生法講習会普及事業」が県からの委託事 業としてようやく実現した。

沖縄県の周産期保健医療体制整備計画には、 新生児蘇生法講習会事業のほか、産科医不足を 理由に沖縄県助産師会が運営する約2 億6,000 万円の予算規模の大きな「沖縄県助産師会母子 未来センター設置」補助事業がある。この施設 は、産科医の協力の下とはいえ分娩施設を有し、 昭和50 年代の過去に日本全国に同様な施設が あったが分娩関連の医療事故多発により閉鎖に 追い込まれた苦い経験がありこの事業運営も見 守っていきたい。

沖縄県への要望として、今回の沖縄県周産期 保健医療体制整備計画に基づく新生児蘇生法講 習会普及事業が、地域医療再生基金活用による 2年間に限るのでなく、沖縄県への一括交付金 活用等により今後も人材育成事業として継続す るよう望むものである。


(表2)

沖縄県における新生児蘇生法(NCPR)
   講習会普及事業について

真喜屋 智子

沖縄県立中部病院総合周産期母子医療センター 新生児科 真喜屋 智子

【日本版新生児蘇生法ができるまで】

これまで日本では新生児蘇生法の統一ガイド ラインがなく、各施設で、それぞれの経験に基 づいた処置が行われており、新生児死亡率の地 域差や施設間の差が大きいことが問題となって いました。一方アメリカでは、1980 年代から Neonatal Resuscitation Program(NRP) という 教育プログラムがあり、現在では臨床研修に必 修のものとなっています。

私は、2004 年にハワイでNRP プロバイダー コース、インストラクターコースを修了しまし た。NRP では講義だけでなくマスク換気や胸 骨圧迫などの実技試験、症例を想定したシナリ オ実習などがあり、体を動かしながら体得して いく講習会の方法に魅力を感じました。

同じころ、埼玉医科大学総合医療センター の田村正徳先生が中心となり、日本に新生児 蘇生法を普及しようという活動がはじまりまし た。その研究活動の一環としてNRP の教材で ある「The Textbook of Neonatal Resuscitation 4th Edition」の翻訳を行うことになり、私も研 究協力員として翻訳のお手伝いをさせていただ きました。2006 年に完成した翻訳本「AAP/ AHA 新生児蘇生法テキストブック 医学書院」 は日本に新生児蘇生法を広めるきっかけとなり ました。

NRP のテキストは非常に有用な教材でし たが、羊水混濁時の対応など、日本の実情に あわない点もありました。研究班では国際 蘇生連絡委員会(ILCOR)から提唱された Consensus をもとに、日本で使える新生児蘇 生法の策定をすすめ、2007 年7 月から日本 版新生児蘇生法(Neonatal Cardiopulmonary resuscitation:NCPR)講習会がはじまりました。 日本周産期・新生児医学会が講習会事業の支援 母体となりました。

NCPR 講習会開始当初は、NRP 修了者の中 から「コアインストラクター」が任命されたの ですが、私もコアインストラクターの一人とし てNCPR インストラクター養成のお手伝いを しました。その後NCPR インストラクターが 増えてくると、徐々に各地域で講習会が開催さ れるようになりました。

【沖縄県でのNCPR 講習会】

前述のような経緯でNCPR 普及事業に関わ ったことがきっかけで、2008 年から沖縄県で もNCPR 講習会を開始しました。しかし、当 時はインストラクターも1 人でしたし、学会 公認の講習会を開くには、蘇生人形をはじめ標 準的な蘇生道具一式をそろえる必要がありまし た。講習会開催に当たって中部地域の産科医の 先生に支援をいただき、必要物品をそろえるこ とができたこと、この場を借りてお礼を申し上 げます。

沖縄県での講習会も、回を重ねるごとにイン ストラクター仲間が増え、受講希望も多くなっ たため、2009 年からは中北部地区と南部地区 の2 か所で講習会を行いました。2012 年7 月 現在で22 回の講習会が終了しています。

そしてこのたび、沖縄県の「新生児蘇生法講 習会実施事業」として正式に承認され、沖縄県 医師会が事業を委託され講習会をサポートして くれることになりました。(表1)

表1 沖縄県のNCPR 講習会の位置づけ

【講習会の内容】

NCPR には、5 時間かけて挿管も含めた専門 的な新生児蘇生を学習するA コース(専門コ ース)と、3 時間でマスク換気までの蘇生を重 点的に学ぶB コース(一次コース)があります。 A コース修了認定者にはI コース(インストラ クター養成コース)の受講資格が与えられます。 I コースは学会が主催する地域トレーニングサ イトでの講習会(九州地域は鹿児島市立病院) で、成人学習論的立場から学習者の支援方法に ついて学習します。この修了認定者がA コース、 B コースを開催することができます。(表2)

講習会は講義、実技実習、シナリオ実習から なります。


講義(図1 ― 1)、2))では蘇生のアルゴリ ズム(表3)について学習します。その後、グ ループに分かれて実技の確認を行います。マス ク換気や胸骨圧迫心臓マッサージなどの重要な 手技を多く経験してもらうために、6 〜 7 人の 少人数グループ制としています。次のシナリオ 実習では、実際の症例を想定してアルゴリズム に沿って2 〜 3 人の蘇生チームで蘇生を行う実 習です。最後にマークシート式のポストテスト で蘇生に関する知識の確認を行います。このポ ストテストは東京にある日本周産期・新生児医 学会事務局で採点され、8 割以上が合格と判定 され、修了認定証が発行されます。

表2 新生児蘇生コースの種類

【今後の課題】

NCPR 講習会は蘇生人形を用いた実習であ り、講習会修了者がすぐに臨床の現場で蘇生を 完璧にこなせるわけではありません。この講習 会をきっかけに、それぞれの施設で仮死児に対 するイメージトレーニングや知識のアップデー トを行う「モチベーション」を養ってもらえた らと考えています。NCPR はconsensus が変更 となる5 年ごとに改変されるため、今後は講習 会修了者に対するアップデート講習会も計画し ていきます。

また、沖縄県が講習会の支援母体となったこ とから、今年度より宮古・八重山での定期開催 も計画しています。

もうひとつの問題点は医師の参加が少ないこ とです。これまでの講習会の受講者の多くは助 産師や看護師でした。講習会で得たNCPR の 知識を臨床の場で生かそうと思っても、蘇生の チームリーダーである医師が「これまでのや り方でいい」とストップをかけることが多いと 聞いています。今後は是非、チームリーダーで ある医師の皆さんにも講習会に参加していただ き、エビデンスに基づいた蘇生法を習得しても らうことで、沖縄県の新生児医療をさらに向上 させていきたいと考えています。ご協力、よろ しくお願いいたします。

図1 ― @ NCPR 講習会の様子(講義)
 図1 ― A NCPR 講習会の様子(実技実習)

表3