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かみや母と子のクリニックにおける 育児支援プログラム

神谷仁

かみや母と子のクリニック 院長 神谷 仁

日本産婦人科医会では、“虐待死” が問題に なっている。児童虐待を防止するために「妊婦 にかかわる悩み相談窓口」を設置することによ り、行政や子どもを守る地域ネットワ−クなど と連携し、地域に即した効果的な活動を行うた めに各産科医療機関内に委員会などを設置し 院内ネットワ−クを作るよう啓発活動を行っ ている。

児童虐待の防止対策が多くの公的機関や私的 組織等で行われているが、児童相談所への虐待 相談件数は増加の一途であることから、現在の 防止対策は十分なものとは言えない。「子ども 虐待による死亡事例等の検証結果等について」 の第6 次および第7 次報告であきらかになった ように、虐待死の6 割は0 歳児であり、しかも その3 分の1 は、日齢0 日児、加害者は実母 である。生後0 日以内の虐待死の7 割が望まな い妊娠によって生まれた子供であり、8 割強で 母子手帳が発行されていない。虐待死の要因に は、1) 望まない出産、2) 望まれない子供への苛 立ち、3) 配偶者の出産や子育てへの不協力や無 理解に対する怒り、4) 育児に対するストレス、 5) 再婚者の連れ子に対する嫉妬・憎悪、6) 再婚 者や内縁の夫/ 妻との生活にとって邪魔などが あげられている。このように、現行の児童虐待 防止システムでは防ぎえない問題が多い。この ような出産後の養育について出産前の支援が必 要な妊婦を「特定妊婦」と定義しているが、こ の特定妊婦と家族に直接的に関わるのは、周産 期にかかわる我々である。

これまでの妊婦健診は、妊婦特有の疾患(妊 娠高血圧症候群、妊娠糖尿病など)と胎児評価 を中心とした健診であった。最近では、社会環 境が複雑になるなか妊婦の家族や家庭環境を 含めた、出産前後のケアが要求されるようにな ってきた。妊娠すれば産科を受診するが決して 妊婦全員が身体的、精神的、社会的に出産環境 が整っているわけではない。そして、その多く が妊婦自身あるいは家族の助けを得ることに より出産環境を整えることができるわけでは ない。このような中で、我々が、家族から妊婦 を守らなくてはならないこと(DV など)や母 親から胎児や子どもを守らなければならない こと(妊婦の喫煙、児童虐待など)に遭遇する ことがある。

当クリニックは、産婦人科と小児科が併設し ている施設のため、妊娠・出産・その後の乳幼 児健診と一貫して経過をおえる強みがある。ま た、兄弟で小児科を受診するケ−スも多く、家 族の健康状態も比較的に把握しやすい立場にあ るため、以前より産婦人科医、小児科医、心理士、 助産師、看護師で妊婦に対する我々独自の育児 支援プログラムを実施してきた。我々の目的は、 あくまで妊娠・出産・育児をできるだけ健全に 行えるように関わっていくことであり、その中 で児童虐待も予防できるのではないかと考えて いる。

育児支援プログラムを行っていくなかで、か なり高い確率(我々の施設1/2 〜 1/3 程度)で、 妊婦が何らかの問題を抱えていることが分かっ てきた。ある程度、道筋を立てて支援すれば自 力で解決できる症例から、家族や行政を巻き込 みながら支援しなければならない症例(DV な ど)、心療内科の助けが必要な症例(うつ病、 パニック発作、不安神経症など)と特定妊婦の 数だけ問題が多岐にわたっている。妊娠をすれ ば、胎児の発育は待った無しである。出産予定 日が来れば、本人の状況とは関係なく自然に陣 痛が発来し、出産・育児と進んでいく。ほんの 数カ月足らずの間に通常の妊婦健診に加え、特 定妊婦を把握し、出産・育児環境整備も行わな ければならない。そのことは、我々にとっては 大変な負担になることがしばしばある。

外来での細かい聞き取りは、助産師外来を中 心に行っている(※ 1 リスクチェックリスト)。 受け持ち助産師制をとっているため、同じ助産 師が、同じ特定妊婦に対応し、必要と判断した 場合は何度でも面会し、話を聞くようにしてい る。心理士は心理士の立場からカウンセリング を行い、分析を行っている。心理学の知識が乏 しい我々だけでは、何となく変わっている、お かしいとは分かるのだが理論的に説明できな いため、個々の感覚的説明になっていた。心理 士が関わることにより、理論的に特定妊婦の心 理状態を把握でき、理論的に理解することによ り、理論的な対策ができるようになった。対応 方法が明確になり、我々医療スッタフにとって も必要以上のストレスを回避できるようにな った(※ 2 当クリニックにおける育児支援プロ グラムの流れ)。ケースカンファレンスは、担 当助産師から、特定妊婦をピックアップしても らい月1 回全特定妊婦を対象に産科医、小児 科医、看護師長、心理士を交え今後の支援方法、 行政への報告を含め検討を行っているが、必要 があれば症例ごとのカンファレンスも追加し ている。

今後このような特定妊婦は、増えていくこと が予測される。医療関係者だけではなく、社会 全体で対応するシステムを構築しなければ対処 できないほど、根っこが深い問題である。社会 の構図が複雑化し、妊娠・出産に対する基本的 な考え方も変化することにより、新たな問題が 浮上してくる現代社会。どこまで対応していけ るか不安である。

※1 ハイリスク症例発見のためのチェックリスト

(妊娠等について悩まれている方のための相談援助事業連帯マニュアル 公益社団法人日本産婦人会 平成23年10月発行より引用)

※2かみや母と子のクリニック 育児支援プログラム

目的:妊娠・出産・育児をできるだけ健全に行えるように関わっていく

今後の問題と課題

1) 特定妊婦に関わるスタッフは、問題のない 妊婦に比べると精神的疲労が数倍にもなる。そ の理由として

  1. 個々の症例により、さまざまな対応が求め られる。
    医学的な妊婦管理、胎児評価に加え、妊娠・ 出産・育児環境整備も行わなければならない 状況になっている。
  2. 特定妊婦やその家族には非常識な人が少な くない。
  3. 本人や家族の協力を得られないことがある。

2) 特定妊婦に関わるスタッフのストレス軽減 をどのようにすればいいのか。

3) このような労働に対する報酬が全くない。

4) 心療内科と産科が協力し診なければならな い症例が少なくないにも関わらず、このよう な症例を受け入れてくれる施設が少ない(心 療内科、産科併設の病院が存在するにも関わ らず)。言い方を変えれば、心療内科も産科 も非協力的である。おそらく、1) 、2) 、3) の 問題があるからであろう。

5) 子どもや大人の発達障害に対する理解を深 める。

※大人の発達障害について知りたい方は、参考 書として祥伝社発行の星野仁彦著:「発達障害 に気づかない大人たち」をお薦めします。