沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
クリニック おもろまち 脳神経外科 下地 武義
はじめに
健やかな脳の発育を阻害する病態として、頭 蓋骨縫合早期癒合症も脳の発達に重大な影響を 及ぼしていることを紹介したい。
1990 年代後半より個人的に取り組んできた 軽度三角頭蓋の症例を経験する中で、舟状頭な どのようなpopular な病態から多発性の頭蓋骨 縫合早期癒合症を経験するようになった。中に は診断の遅れから知的障害を併せ持つ症例にも しばしば遭遇した。この病態の簡単な診断法や 現時点での問題点などを挙げ新生児や乳児の初 期診療に役立て頂きたい。
概念
頭蓋骨は一義的には脳の発達に伴い成長して いくものであるが、その際、成長する方向を定 義するのが縫合線で、垂直方向に伸びて行くの が原則である。頭蓋骨縫合が早期に癒合した結 果生じる頭蓋の変形と、それに伴う様々な臨床 症状を合わせ頭蓋骨縫合早期癒合症あるいは狭 頭症と定義される。
分類
頭蓋縫合早期癒合症は、主として頭蓋骨縫 合のみが早期に癒合する非症候群性と、頭蓋 に加え手指の奇形、顔面骨の発育障害や心臓 などの他器官の奇形を合併する症候群性に分 類される。
診断
通常、新生児期や乳児期には頭部の変形以外 に症状は見られない場合が多い。そこで一番重 要なのは視診で、後述する頭部の変形が無いか を見ることである。次に触診ですが、新生児期 では正常な縫合部は、指先で抑えるとぺこぺこ と凹むのが感じられる。早期癒合をしている縫 合部は凹みを感じることがなく、更にその縫合 部の骨の盛り上がり(ridge)を触れたらほぼ 間違いなく早期癒合症と考えていいかと思う。 しかし、Ridge が触れない場合もあり、確定診 断は、頭部単純写真或いは3 dimensional-CT (3D-CT) を撮り、縫合部の癒合している所見 を得ることが重要である。
新生時期に常に仰臥位で寝かせていると一 側後頭部の扁平化が著明になりその反対方向 の額が飛び出す変形を起こす事が(Positional Plagiocephaly)1990 年以降米国で深刻化して いるが、幸いにして日本では臨床的に問題にな る症例は非常に稀なようである。
代表的な変形を示す病態 (図1)。
1、舟状頭:矢状縫合の早期癒合で起き、前後 に長い変形を示す。
2、短頭症:両側冠状縫合が閉じて起き、左右 に広がり前後径が短くなる。
3、斜頭:一側冠状縫合が閉じた場合に起き、 患側の額からこめかみに掛けて平坦になり後方 へ偏移し、健側の額は通常飛び出てくる。
4、三角頭蓋:前頭縫合の癒合で起き、額中心 部からこめかみの部分にかけて三角状の変形を 呈する。両側こめかみの凹みも特徴的である。
5、尖頭症:両側冠状縫合に更に複数の縫合線 の癒合で起き、頭頂部に向かって尖って見える 変形となる。このような複数の縫合線の癒合の 場合、早い段階から頭蓋内圧亢進を呈する。
6、三角・舟状頭:三角頭蓋と舟状頭の合併で、 この病態は、専門書に詳しい記載が無く命名も ないが、こども医療センターで30 例も手術し ているのでこのように命名して学会報告した。
図1
治療
この病態の手術適応は一義的には形成である が、複数の縫合線の癒合では将来頭蓋内圧亢進 を来すという予測で手術をし、脳機能障害の発 来を防ぐことにある。それ故に手術時期は乳児 期が最良とされている。
手術方法について、1970 年代頃、閉じた縫 合部の削除のみでは十分な形成はできず、再手 術例が多いということで、頭蓋冠のみでなく、 頭蓋底も形成する方法が次々と開発され欧米 では今でもその方法を用いて手術が為されてい る。日本において、1990 年代に骨延長法がこ の手術に取り入れられ盛んに行われている。こ の方法は、頭蓋底の形成は行わないので私は前 者の方法で行っている。
問題点
1. 脳神経外科に紹介されてくる時期がほとん ど1 歳を超えていること。その1 例を提示す る( 図2)。
1 歳10 ヶ月、男児で尖頭症(中顔面骨の 狭小化を合併する症候性)である。運動機 能は年齢相応の発達だが、発語が無しの状 態、歩行時にあちこちぶつかる、睡眠時に大 きないびきと無呼吸になることが確認されて いる。著明な眼球突出、視力低下と鬱血乳頭 などを呈し、頭蓋単純や3D − CT で、全縫 合早期癒合と指圧痕著明という所見を得た。 MRI で、小脳扁桃へルニアと頸髄に脊髄空 洞症の所見を得、これは著明な頭蓋内圧亢進 により発生したものと考えられた。
準緊急で手術をしたが、術中に測定した 頭蓋内圧は平均で20mmHG と亢進しており、 大量の出血を来し難渋した。術後に呼吸困難 やDIC へと発展し治療に困難を来しながら 何とか乗り切ったが、結果的に視力を失って いる。しかし、その後の発達は目覚ましいも のがあり、発語は年齢相応になり、保育園で は他児とほとんど対等に遊びまわっている。
2. 単発縫合線の癒合症でも脳障害は来たすと いう新提案(文献)。
従来、単一の縫合線の癒合では脳障害を来 さないというのが定説であったが、最近複数 の施設の心理学者が、小学校にあがる頃に、 約3 割以上の子達が認知障害を持つという研 究結果を発表している1)。私の症例で、乳児 期に手術したのに知的にやや遅れのある症例 が2 例あり、手術法の再検討をしているとこ ろである。
図2
軽度三角頭蓋の現状
言葉の問題、多動、自閉傾向や運動障害など 様々な臨床症状を合併する軽度三角頭蓋の手術 例は420 例を超えており、これまで報告して きたように術後の結果は良好2)であるが、国際 的評価法による分析がなされていないのもまた 事実である。過去2 年間は琉球大学の心理学教 室の協力を得て、数個の方法で術前後の患児ら の評価をしてもらっており、更に今年から厚生 労働省の科学研究費で共同研究が行えるように なった。
最後に
Craniosynostosis 研究会でも各大学でこの疾 患の認知度の無さに困っているということであ るが、頭蓋内圧がかなり亢進してからだと脳機 能障害は寛解しないほどになることが多いの で、そこまで亢進しない1 歳未満での治療が望 ましいと考える。6 歳頃までの認知障害が問題 となっているので、是非、小児科や産科の先生 方は視診および触診で頭の形が変形している子 の診断に留意して頂きたい。
文献