琉球大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座
喜友名 朝則、鈴木 幹男
【要旨】
声帯麻痺は、耳鼻咽喉科に限らず、外科、内科、麻酔科など多くの診療科でも経 験する疾患であり、その臨床像や検査法、原因疾患、予後、治療法について理解し ておくことは重要である。近年術後性麻痺が増加傾向にあり、声帯麻痺を発症する 危険のある手術に関しては術前に十分なインフォームドコンセントが必要である。 声帯麻痺の自然治癒率は約25%であり、発症後半年から1 年以上経過して自然治癒 のない症例では以後の自然治癒は難しく、音声障害が残存した場合、本人の希望が あれば音声改善手術の適応になる。当科では現在音声改善手術を積極的に行ってお り、良好な結果を得ている。声帯麻痺があり、高度な嗄声がありながらも主治医か らの情報がなく、生活に支障をきたしている患者は潜在的に多いと思われ、今後こ れらの患者が音声改善手術に関する情報を受けることができることを期待したい。
はじめに
声帯麻痺は、発声や呼吸の際に動くべき声帯 が動かなくなり一定の位置で固定することに より、一側性の場合は嗄声や誤嚥、両側性の場 合は呼吸困難を生じ、QOL を著しく低下させ る疾患である。原因によっては生命に危険を及 ぼすこともある。麻酔や手術にともなう術後合 併症として生じることも多く、外科、内科、麻 酔科など耳鼻咽喉科以外の診療科においても 経験する機会は多い。声帯麻痺は、我々耳鼻咽 喉科医が扱う喉頭疾患の中で喉頭炎を除くと 声帯ポリープや声帯結節と並んで頻度が高い 疾患である1)。以前は反回神経麻痺と称される ことも多かったが、声帯の麻痺の原因は反回神 経麻痺だけでなく、迷走神経麻痺や中枢性障害 も含まれるため現在では声帯麻痺と呼ばれる ことが多い。術前に、術後生じうる合併症とし て声帯麻痺に関して十分なインフォームドコ ンセントが行われておらず、手術によって原疾 患は治癒したもののうつ状態に陥るケースも みられる。2006 年より筆者らは音声外来を開 設し、各種の声帯麻痺症例に対して積極的に治 療を行い良好な成績を得ている。本稿では声帯 麻痺の臨床像、診断、原因疾患、予後、治療(特 に現在当科で行っている音声改善手術)につい て述べる。
臨床像
声帯麻痺では麻痺側声帯の内・外転運動障害、 すなわち披裂部運動の制限がおこり、完全麻痺 の状態では声帯が固定して不動となる2)。声帯 の固定位置としては図1 に示すように内側から 正中位、副正中位、中間位、開大位と分けられる。 両側性の場合、正中位で固定すると呼吸困難を 生じ、緊急の気道確保が必要となる。一側性の 場合では発声時に声門閉鎖不全を生じ、嗄声を 生じる。これは声門が閉じないため両側の声帯 の隙間から絶えず空気が漏れるため効果的に気 流を断続できなくなり、雑音を発生し嗄声をき たすためと考えられている3)。一側性声帯麻痺 が生じても正中位で固定した場合には閉鎖不全 が少なく強い嗄声を生じない。このため、軽度 の音声障害に気づいても治療を受けていない症 例も多い。しかし、声帯固定位置が外側になる に従い声門閉鎖不全が高度となり、嗄声の程度 も悪化する。開大位で固定した場合はほぼ失声 の状態になる。
声帯麻痺で当科を受診した症例の初診時の主 訴を表1 にまとめた。嗄声を主訴とする症例が 最も多かった。声帯麻痺の嗄声には声門閉鎖不 全による息漏れの多い気息性嗄声(ささやき声 のような声)と麻痺声帯の緊張低下による左右 声帯の性質の不均衡から生じる、にごった粗造 性嗄声(ガラガラ声)がある2)。2 番目に多い 主訴は嚥下障害であった。声門閉鎖不全がある と嚥下時に、特に液体が声門下に流入して誤嚥 を生じることがある。ただし誤嚥は発症初期に 生じても、早期に代償され、軽快していくこと が多い2)が、高齢者で元来嚥下機能が低下して いる症例ではリハビリを行っても症状が遷延す ることがある。
図1 声帯麻痺固定位置
文献(2)より引用
表1 主訴の内訳
診断
声帯麻痺の診断は直接声帯を観察し行うが、 麻痺原因の同定、麻痺の程度測定も重要である。 麻痺声帯の位置、声門閉鎖不全・声帯萎縮の程 度、完全麻痺か不全麻痺かあるいは誤嚥がある か否かなどを詳しく観察するためには電子スコ ープによる喉頭ファイバー検査が優れている。 挿管による披裂軟骨脱臼と鑑別が難しい際は、 声帯筋の筋電図を計測し診断する。
声帯麻痺の原因推定には問診や頸部の視診、 触診が重要であり、場合により頭部や頚胸部 のCT・MRI 検査が必要になる。声帯麻痺の評 価には、声帯の構造を評価する検査と音声の程 度を評価する検査を行う。声帯麻痺による嗄声 では左右方向の声門間隙大きさに加えて頭尾方 向の声帯レベル差の評価が重要であるが、喉頭 ファイバー検査による画像は二次元画像なため レベル差を正確に評価できない。この目的のた めには発声時と安静呼吸時の喉頭前額断CT 画 像撮影が有用である。通常麻痺側は健側より高 い位置になる。音声の程度を評価する検査とし ては、一般的に広く臨床で使われている聴覚印 象(GRBAS 評価)、最長発声持続時間(母音 を楽な大きさ、高さで発声させ持続する時間を 測定する:10 秒以下で低下)、発声機能検査、 音響分析などがある。GRBAS 評価は総合的嗄 声度(G, grade)、粗造性(R, rough:がらがら 声)、気息性(B, breathy: 息もれ, かすれ声)、 無力性(A, asthenic: 弱々しい声)、努力性(S, strained: 無理した声、途切れ声)について医 師や言語聴覚士が聞き、それぞれ0 〜 3 までの 4 段階で評価するもので、0 は正常、3 を極め て嗄声の強いものとして評価する。この中で客 観的な指標として最も用いられているものは、 最長発声持続時間と発声時平均呼気流率(発声 機能検査の一つ)である。重症例では最長発声 持続時間が2 〜 3 秒となり、話し続けるのが 困難となる。発声時平均呼気流率は性別や体型 などでも差があるが、楽な発声で平均100ml/ sec とされている。重症では1,000ml /sec 近く になり、気息性が強くなる。これらは術前後の 改善度の指標としても有用である。最近では GRBAS 評価に加えて、客観的な声質の評価と して音響分析も重要な検査として認識されつつ ある。
さらに、検査上ほぼ同等の音声であっても、 症例により自らが訴える嗄声の程度は同一で はないため、患者さんの自覚症状による音声評 価が行われる。当科ではVHI(voice handicap index)-10 とVRQOL(voice relative quality of life)を用いてそれぞれ40 点満点(40 点が 最も悪い)で自覚症状の評価を行っている。
原因疾患
自験例の声帯麻痺の原因を表2 に示す。 2000 年より2009 年までの10 年間で当科を受 診した声帯麻痺症例は130 例あり、術後に発症 した症例は68 例(52.3%)、手術に関連しない 例は62 例(47.7%)であり、ほぼ同数であった。 声帯麻痺のうちで他の脳神経麻痺を伴ったもの が混合性声帯麻痺であり、術後症例、手術無関 係症例のいずれの群でも頭部疾患を原因として 3 例(2.3%)ずつ認めた。術後症例では大動脈瘤、 甲状腺癌、心疾患、食道癌術後が多かった。さ らに、挿管による声帯麻痺は11 例(8.5%)に 認めた。手術と直接関連しない症例では食道癌、 大動脈瘤、肺癌で声帯麻痺が多くみられた。原 因が同定できなかった特発性は16 例(12.3%) であった。声帯麻痺の原因疾患では、近年術後 性麻痺患者の割合が増加している傾向にあり、 鮫島ら4) は1976 年から1985 年までの間は 27.4%を占めていたが、1998 年から2003 年の 間では46.6%へ増加していたと報告している。 この理由として原疾患の治療成績が向上すると ともに術後性麻痺をきたす患者数も増加するこ とによると考えられている。当科を受診した声 帯麻痺の紹介元の内訳(図2)では、当院外科 からの紹介が多く、特に反回神経周囲操作をと もなう手術に際しては術前に説明が必要である と考えられた。
表2 声帯麻痺の原因
図2 紹介元内訳
予後
声帯麻痺全体の自然治癒率は9 〜 40%と報 告されている1)、5)。しかし麻痺の原因により自 然治癒率は大きく異なっている。直接反回神経 を損傷したり、切除した症例、進行性の悪性腫 瘍による浸潤にともなう声帯麻痺では自然治癒 は望めないが、挿管性麻痺では81.0 〜 84.4% 1)、5) と予後良好であり、原因の特定できない特発性 麻痺でも29.9 〜 53.0%1)、5)の自然治癒が見込 まれる。
声帯麻痺の自然経過において治癒を認める場 合は6 か月以内に生じることが多く、麻痺の発 症後半年から1 年以上経過した症例では声帯麻 痺が自然に治癒することはまれである。声帯麻 痺が治癒すれば音声は改善するが、声帯麻痺が 治癒しない場合でも、健側声帯が正中線を越え て過内転することによる代償が働き、声門閉鎖 不全が改善し、声質の改善を認めることもある。 この代償作用は発症後6 か月以内に生じるた め、1 年を経過したものでは代償機転による音 声改善は難しい6)。佐藤7)によると、対象症例 171 例中経過中に音声の改善を認めたのは100 例(58%)で、そのうち声帯麻痺が治癒したも のが48 例(全体の28%)であり、声帯麻痺の 改善はないものの音声が改善したものは52 例 (全体の30%)であった。
当科で経験した声帯麻痺の自然経過に関して 時間経過を表3 に示した。不明例を除き、6 か 月以内に治癒した症例が92.5%を占め、6 か月 以降に治癒した症例でも1 年以内に治癒してい た。最終的な声帯麻痺の治癒率を表4 に示す。 全体での治癒率は25.4%であり、過去の報告 と同様であった。疾患内訳では挿管性麻痺は 81.8%と高い治癒率であった。特発性は43.3% で治癒していた。声帯麻痺が残存したが、音声 が改善した症例は当科においては5 例のみであ った。その内訳は、甲状腺癌の術後で摘出手術 時に神経吻合を行った症例(術後3 か月で音声 改善)、脳腫瘍術後の混合性麻痺の症例(術後 3 か月で音声改善)、特発性の2 例(発症後半 年で初診し音声治療1 か月後に音声改善、発症 後1 週間で初診し神経機能賦活剤、ビタミン剤 の内服で3 か月後に音声改善)、ワレンベルグ 症候群による混合性麻痺症例(音声治療にて2 か月で音声改善)であった。
声帯麻痺は4 分の1 しか自然治癒せず、音声 に関しては代償作用を含めても声帯麻痺の約半 数しか改善しない。改善しなかった症例の中に は嗄声が強く、コミュニケーション障害を生じ 社会復帰ができない症例も多い。さらにうつ状 態に陥り、原疾患が良好に経過しても原疾患治 療そのものへの不満を持つようになることもあ る。たとえ麻痺の程度や臨床症状が軽度であっ ても、一部の患者では生命と同じ程度に声に対 して執着する例もあり、手術に際しては十分な インフォームドコンセントが必要である。
表3 声帯麻痺の予後と時間経過
表4 声帯麻痺の原因と治癒率
治療
声帯麻痺に対する治療には保存的治療と外科 的治療がある。保存的治療には薬物療法、音声 治療がある。薬物療法は末梢神経炎に準じて行 い、ステロイド剤や代謝改善のための神経機能 賦活剤、ビタミン剤などを用いる。ステロイド 剤は副作用のため、長期間の投与は難しく、神 経機能賦活剤、ビタミン剤も声帯麻痺に対する 効果についてエビデンスが乏しいため長期にわ たる投与は望ましくないとされている6)。
音声治療は声帯麻痺そのものを改善させるも のではなく、発声に関する筋活動を促し声門の 閉鎖力を強めることと発声に必要な呼気力の増 大を目的とする訓練である。この代償作用が期 待できるのは前述のように1 年以内であるから この期間が音声治療の適応期間である6)。
麻痺発症後半年から1 年を経過し音声障害が 残る例では、左右方向の声門間隙、声帯の頭尾 方向のレベル差に加え、声帯萎縮が生じるため、 それ以降の音声の改善は難しい。声帯麻痺が改 善せず嗄声が残存した症例の中で、本人が声の 改善を希望する場合は音声改善手術の適応とな る。外科的治療は声帯麻痺そのものに対する手 術ではなく、麻痺により生じる声門閉鎖不全を 改善させることが目的であり、声帯内注入術と 喉頭枠組み手術の2 つに大別される。声帯内注 入術は全身麻酔下に経口的に生体内へ自家組織 や異物を注入し、声帯を内方へ移動させるもの である。喉頭枠組み手術は甲状軟骨を中心に音 声に関わる軟骨や筋の位置を移動させて音声を 改善させるもので、局所麻酔下に音声を聞きな がら一番音声が良い状態に調節する。声帯内注 入術と喉頭枠組み手術はそれぞれの施設にとっ て得意な方を行うことが多いが、一般的には声 帯内注入術は声帯のレベル差がない軽症例、頸 部外切開を希望しない症例、局所麻酔での喉頭 枠組み手術が困難な症例が適応になる。声帯内 注入術は低侵襲な手術であるため、悪性疾患で 予後が期待できない場合では声帯麻痺の改善を 長期間待つことなく、QOL 改善のため麻痺発 症早期に行うこともある。通常全身麻酔下に行 うが、全身状態が不良な場合は局所麻酔下でも 可能である。
喉頭枠組み手術は軽症から重症まですべての 症例において、局所麻酔可能な症例で適応にな る。いずれも声帯を内方移動させることで声門 閉鎖不全を改善し麻痺は残存しながらも音声を 改善する手術である。喉頭枠組み手術は一色3) により開発された方法で、現在多くの変法が考 案され全世界で広く行われている手術である。 頸部に小切開が必要であるが、局所麻酔下に音 声をモニタリングしながら手術を行えるため優 れた術式といえる。声帯麻痺に対する手術は甲 状軟骨形成術T型、披裂軟骨内転術が主に行わ れている。甲状軟骨形成術T型(図3A)は、 声帯の高さの部分の甲状軟骨に5 × 10mm の穴 をあけ、人工物(以前はシリコンブロック、現 在はゴアテックスが主流)を挿入し声帯を内側 へ圧排する手術であり、発声時の声門間隙が小 さく、声帯の高さのレベル差が小さいもの、つ まり麻痺の程度が軽い症例が適応となる8)。声 帯に頭尾方向でレベル差があると、声帯が内方 へ移動し水平方向では声門は閉鎖しているよう に見えても、頭尾方向では閉鎖しておらず、結 果的に気流の断続がうまくできず、嗄声は改善 しない。このように声帯のレベル差がある例で は甲状軟骨形成術T型のみでは嗄声の改善は見 込めず披裂軟骨内転術の適応となる。披裂軟骨 内転術(図3B)は、披裂軟骨の筋突起を甲状 軟骨の前下方に糸で牽引固定することにより、 声帯を生理的に近い状態で正中に内転、固定で きる術式で、発声時の声門間隙が大きく、声帯 の高さのレベル差の大きい症例、つまり重症の 症例で適応があると考えられている9)。披裂軟 骨内転術を行う際には長期間の声帯麻痺による 声帯の萎縮も認めるため甲状軟骨形成術T型を 併用することが多い。披裂軟骨内転術には一色 原法、外側輪状披裂筋牽引術、Maragos 法など があるが、我々は音声改善の安定度合いから、 喉頭の枠組みを崩さず確実に披裂軟骨を同定で きるMaragos 法の変法にあたる甲状軟骨経由の fenestration approach10)を行っている(図3C)。
図3 音声改善手術
当科で披裂軟骨内転術と甲状軟骨形成術I 型 を行った症例の喉頭ファイバー所見を提示する (図4)。術後声帯は内方へ移動し発声時に声門 閉鎖不全が改善されていることがわかる。声質 もほぼ正常に近い状態となり、改善の目安と なる発声持続時間は7 秒から14 秒に改善され た。患者の満足度も高く、発声が良好になった ため、職場復帰が可能となった。当科での声帯 麻痺に対する音声改善手術の結果を図5、図6 に示す。全体的な嗄声の程度を評価した聴覚印 象(GRBAS 評価)では術前の平均値は2.6 で あったが、術後平均1.0 へ有意に改善した(図 5)。また、発声持続時間も術前平均5.5 秒から 10.8 秒へ有意に改善していた(図6)。
図4 音声改善手術を行った症例
A:術前吸気時 B:術前発声時(左声帯は外側で固定し声門閉鎖不全あり)
C:術後吸気時 D:術後発声時(左声帯は内方移動し声門が閉じている)
図5 手術症例の術前後の嗄声の聴覚印象
図6 手術症例の術前後の発声の持続時間
おわりに
声帯麻痺は耳鼻咽喉科に限らず、外科や内科、 麻酔科など様々な診療科において経験する疾患 であり、その臨床像や検査法、原因疾患、予後、 治療法について理解しておくことは重要であ る。また、声帯麻痺を発症する危険のある手術 に際しては患者さんへのインフォームドコンセ ントが必要であり、十分理解を得られた上で手 術をする必要がある。発症後半年から1 年以上 経過して改善のない症例では以後の改善は難し く、本人の希望がある場合、音声改善手術が適 応になる。現在声帯麻痺があり、高度な嗄声が ありながらも主治医からの情報がなく、困って いる患者は潜在的に多くいるものと思われ、今 後これらの患者が音声改善手術に関する情報を 受けることができることを期待したい。
参考文献
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(41.嗄声)を付与いたします。
問題
次の設問1〜5に対して、○か×でお答え下さい。