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『真夏のオリオン』に想いを馳せて

久貝忠男

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
心臓血管外科部長 久貝 忠男

2011 年12 月に宮古地区医師会から「沖縄県 宮古島医療史」が上梓され、小生も宮古病院勤 務の経験があることや宮古に生を受けた一人と して、一冊贈呈していただいた。日頃から懇意 にしている先生方をはじめ、失礼ながら名前 しか知らない大先輩など宮古圏域の医療を支 えてきた先人たちの詳細な人物像が紹介されて いる。久貝恵治氏もその一人である。彼は小生 の祖父の兄弟の子ども、すなわち、父の従兄弟 にあたる。面識はないが、大学生の頃、よく話 を聞かされていたため多少の親近感をもってい た。「五十にして天命を知る」。天命・運命と大 袈裟なことは言わないが、齢50 歳を過ぎた頃から、自分史に興味をもつようになった。それ 故、門中で、同じ医師でもある久貝恵治氏に自 然に興味を持った。そして思いもよらぬ事実に 遭遇した。小生は「玉手箱」を開けたのか、そ れとも「パンドラの箱」だろうか。久貝恵治氏 は第二次大戦末期の日本海軍第6 艦隊の「伊号 第58 潜水艦」で軍医長を務めていた。「伊号第 58」は「回天」6 基を搭載する大型の潜水艦で あった。1945 年(昭和20 年)7 月29 日、敗 戦濃厚の日本海軍において、グアム島ーレイテ 島間の南西太平洋海域でアメリカの重巡洋艦 「インディアナポリス」を雷撃、撃沈し、戦史 に名を残すことになる。実はこの撃沈された「イ ンディアナポリス」は広島・長崎に投下された 原子爆弾をテニアン島に輸送した後に、レイテ 島に移動中であった。この太平洋戦争最後の大 型艦船撃沈事件は池上司氏により『雷撃深度 19.5』として斬新に再構築され、迫真の海洋戦 争小説として生まれ変わった。と言っても多く の方々には別段取り立てるものでもないと思わ れるが、『真夏のオリオン』(東宝)と言えば興 味をもっていただけるのではないだろうか。『真 夏のオリオン』は2009 年6 月13 日に公開さ れた玉木宏と北川景子の主演映画で、「U・ボ ート」や「レッド・オクトーバーを追え」など に匹敵する潜水艦サスペンスの傑作である。こ の映画の原作が『雷撃深度19.5』である。映 画では坪田誠軍医長として登場し、平岡祐太が 演じている。そう、久貝恵治その人である。医 師が主人公ではないので、出番は少ないが、恵 治氏を重ねながら小説を読み、映画を鑑賞した。 映画は原作と異なり、かなり脚色されて元潜水 艦々長に恋人があてた1 枚の楽譜から物語が始 まる。“オリオンよ、愛する人を導いて下さい。 帰り道を見失うことがないように”。男女の純 真な恋心と無事帰還を祈る揺れる気持ちが日米 の艦艇同士の最後の戦闘の中で展開されてい く。一方で、久貝恵治氏を含め、多くの乗員が 兵站を絶たれ、暗い潜水艦の中で孤軍奮闘する 姿はせつなく想像を絶するものである。久貝恵 治氏は1937 年に旧制宮古中学を卒業後、旧制七高(現 鹿児島大学)を経て、長崎医科大(現 長崎大学医学部)を卒業した。以来、宮古島に 帰ることはなく、戦後は外科医として佐世保市 内の複数の病院に勤務後、「久貝医院」を開業 した。昼夜を問わず診察し、裏表のない実直な 人柄で住民に親しまれたらしい。1992 年に72 歳で亡くなられたが、無類の読書好きであった らしく、コレクションされた蔵書は約1,400 冊 に余った。

氏の死後、佐世保市の柚木支所に寄贈され、 「久貝文庫」して現在も閲覧されている。小生 も外科医(心臓外科)を志し、読書好きな点は 同じDNA かもしれない。映画の題名となった 「オリオン」は海神ポセイドンの息子で、狩人 であった。「オリオン座」は冬の代表的な星座 で、知らない人はいないと思われる。特に沖縄 県には地元のビールがあるので馴染みが深い。 ギリシャ神話では「オリオン」はサソリに足を 刺されて死んだため、夏の夜空に現れる大サソ リを恐れて冬に姿を現すのだというが、実は夏 にもこっそりと姿を見せている。さそり座が西 に沈んでから、おずおずと東の空から昇ってく る。しかし、夏は太陽がちょうど「オリオン座」 と同じ方向にあるため、見つけることはかなり 困難である。少ないチャンスではあるが、8 月 中旬の夜明け前なら、東の地平線からオリオン 座が昇ってくるのを見つけることができるらし い。明け方のグラデーションの中に見える「オ リオン座」はとても感動的な美しさのようだ。 この真夏の空に輝く「オリオン座」を見つける ことは船乗りたちにとって、吉兆をもたらすと信じてられていた。「真夏のオリオン」は満身 創痍の「伊号第58 潜水艦」の乗員にとって、“帰 り道を見失うことがないよう愛する人のもとへ 導く” 幸運の“三ツ星” であったことだろう。 そして、もし「伊号第58」が「インディアナ ポリス」をテニアン島に着く前に撃沈していれ ば、広島・長崎への原子投下はなかったかもし れない。私はそんな「歴史のもし」と久貝恵治 氏に思いを馳せて、今年の夏は「真夏のオリオ ン」を捜してみたい。