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むち打ち症と脳脊髄液減少症について
平成22年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業
神経筋疾患分野 脳脊髄液漏出症画像判定基準画像診断基準の紹介

中村清哉

琉球大学医学部附属病院 麻酔科
中村 清哉

はじめに

交通事故やスポーツ事故後のむち打ち症は、 よく遭遇する疾患です。現在、むち打ち症患者 は日本に20 〜 30 万人います。外来では、外 傷性頚部症候群(Traumic Cervical Syndrome) として、頚部痛や頭痛、めまいや吐き気などの 対症療法を行なうことがあります。

むち打ち症の発生機序は解明されていませ ん。画像検査上も器質的変化は少ないようです。 症状は、一般的な頸部肩〜腰痛、頭痛、吐き気、 めまい、顔面の違和感、倦怠感、微熱、耳鳴り、 肩こり、しびれなど多彩で、不定愁訴が多く、 精神的にも不安定になり、時に患者医師関係が 悪くなることもあります。

一方、むち打ち症の中に、脳脊髄液漏出や、 低髄液圧を示す患者が、相当数存在することが 指摘されており、外傷性の脳脊髄液減少症とい う範疇で、治療法が模索されています1)

図1 では、むち打ち症と脳脊髄液減少症の関 係を模式化しました。脳脊髄液の減少は定量的 に測定できません。また、髄液の漏れがあれば 必ず低髄圧を示すわけではありません。

歴史的にはドイツの神経内科医である Schaltenbrand が低髄液圧による起立性頭痛を 報告したのが最初で、MRI による診断が報告 されて以来、論文が増えています。国際頭痛学 会では国際頭痛分類第2 版を発表2)しましたが、 2 次性頭痛の中に低髄液圧による頭痛の項目が あります。これを踏まえて、脳脊髄液減少症研 究会では2007 年に脳脊髄液減少症ガイドライ ン3)を作成しています。

脳脊髄液は約300ml あり、脳に150ml、脊髄 に150ml 分布しています。脳脊髄液は脳室内 にある脈絡叢から一日約500ml 産生され、く も膜下腔を循環して、大部分は上矢状洞にあるくも膜下顆粒で吸収されます。脳脊髄液減少症 は、脳脊髄液の産生低下、吸収過多、漏出のい ずれかで起こると考えられています。

脳脊髄液が減少すると、座位、立位で頭蓋内 の浮力が低下するため脳が下垂し、架橋静脈や 脳神経が牽引され頭痛や脳神経症状が生じると 考えられます。また、モンロー・ケリーの法則(脳 実質+脳脊髄液+血液=一定)により脳脊髄液 が減少すると代償性に血液が増加し、静脈が拡 張します。このため、MRI で頭蓋内静脈拡張 や硬膜肥厚がみられます。症状の特徴は、起立 性頭痛(座位、立位で悪化し、臥位になると軽 快する)や耳鳴り、記憶力低下、倦怠感、嘔気、 背部痛、睡眠障害など多彩です。低気圧や脱水 で症状が悪化することがあります。

図1

図1

脳脊髄液減少症の診断

上記の診断ガイドラインにある特徴的な症状 (表1)に加えて、脳造影MRI やCT 脊髄造影、 RI 脳槽シンチグラムといった画像診断を用い ます。血液検査や神経学的検査、髄液検査では 通常異常所見を呈しません。髄液圧は慢性期では正常です。

表1 脳脊髄液減少症ガイドライン 2007 の概要

表1

画像診断

平成22 年、厚生労働科学研究費補助金障害 者対策総合研究事業 神経筋疾患分野の一環 として「脳脊髄液漏出症画像判定基準 画像 診断基準」が発表されました( http://www. id.yamagata-u.ac.jp/NeuroSurge/nosekizui/ pdf/kijun.pdf )。これは、日本脳神経外科学会 をはじめとする8 学会が了承、承認したもので す。脳脊髄液減少症に関係する「脳脊髄液漏出 症」と「低髄液圧症」の関係について以下のよ うに記しています。

研究班では、以下の基準を作成するにあたり、 疾患概念についての検討を行った。「脳脊髄液 減少症」という病名が普及しつつあるが、現 実に脳脊髄液の量を定量出来る方法はない。 脳脊髄液が減少するという病態が存在することは是認できるとしても、現時点ではあくま でも推論である。画像診断では、「低髄液圧」、 「脳脊髄液漏出」、「RI 循環不全」を診断でき るに過ぎない。以上のような理由で、今回は 「脳脊髄液減少症」ではなく「脳脊髄液漏出症」 の画像判定基準、画像診断基準とした。

以下に画像判定基準の概略を示します。

脳脊髄液漏出症の画像判定基準

MR ミエログラフィー:あまり行われておらず、直接陽性所見はまれ。(参考所見)

RI 脳槽シンチグラフィー

(判定基準)

陽性所見

  • 1.正、側面像で片側限局性のRI 異常集積を認める。(図2)
  • 2.正面像で非対称性のRI 異常集積を認める。
  • 3.頸〜胸部における正面像で対称性のRI 異常集積を認める。

付帯事項:腰部両側対称性の集積(クリスマ スツリー所見)は参考所見とする。(Technical Failure の可能性がある)

(読影の注意事項)

正確な体位、側湾症がない、腎や静脈叢へ の集積を除外、perineural cyst や正常範囲の nerve sleeve 拡大を除外、複数の画像表示条件で読影。

本法は脳脊髄液漏出症のスクリーニング検 査で、本法のみで確実に診断できる症例は少ない。

図2

図2 片側のRI 髄腔外漏出(矢印)

脳脊髄液循環不全

RI 脳槽シンチグラフィー

(判定基準)

24 時間像で脳槽より円蓋部でのRI 集積が少 なく、集積の遅延がある。

画像診断で脳脊髄液漏出症の陽性所見があ り、併せて脳脊髄液循環不全がある場合は、 脳脊髄液漏出症の確実所見とする。

早期膀胱内RI 集積(2.5 時間以内)は正常 でも高頻度に認められるため今回の診断基準 では採用しない。(図3)

図3

図3 早期膀胱描出(矢印)

CT ミエログラフィー

硬膜外腔への造影剤漏出(確実所見)
 解剖学的に硬膜外であることを証明する
 穿刺部位からの漏出と連続しない
 硬膜の欠損が特定できる
 くも膜下腔と硬膜外腔の造影剤が連続し、漏出部位を特定できる

以上の所見があれば、脳脊髄液漏出症の確実所見である。

低髄液圧症の画像判定基準と解釈

脳脊髄液漏出症と低髄液圧症は密接に関係し ており、低髄液圧症の診断は脳脊髄液漏出症の 補助診断として有用である。

脳MRI

・びまん性の硬膜造影所見(強疑所見)(図4)

(判定基準)

硬膜に両側対称性にびまん性かつ連続性に造影効果と硬膜の肥厚を認める。

  • 1.冠状断像で天幕および小脳テントが連続的に造影されること。
  • 2.少なくとも連続する3cm 以上の範囲で造影効果が確認できること。
  • 3.造影程度は少なくても大脳皮質より高信号を示すこと。
図4

図4 硬膜濃染と頭蓋内水腫

・硬膜下水腫(参考所見)

(判定基準)

硬膜とくも膜間に液体貯留を認める。

  • 1.T2 強調像では脳脊髄液とほぼ同等の均一な高信号を呈する。
  • 2.FLAIR 法では脳脊髄液よりも高信号を呈することがある。

・硬膜外静脈叢の拡張(参考所見)

(判定基準)

斜台あるいは上位頚椎背側の静脈叢が拡張する。

  • 1.脂肪抑制造影T1 強調像の正中矢状断像で判定する。
  • 2.ある程度の範囲と厚さで、拡張所見陽性とする。

・その他の脳MRI 所見(参考所見)

小脳扁桃の下垂、脳幹の扁平化、下垂体前葉の腫大(上に凸)など

脳脊髄液減少症の画像診断は、非常に複雑で す。髄液漏出は、RI 脳槽シンチグラムが信頼 性の高い検査法とされてきましたが、近年の研 究では擬陽性も多いため、CT 脊髄造影が重視 されつつあります4)

画像検査以外には、硬膜外生理食塩水注入法 が、RI 検査装置のない施設での診断に有用で す。注入後に一過性に症状が改善すれば、脳脊 髄液減少症である可能性が高いといえます。い ずれも現在の個々の患者の症候とあわせて評価 することが必要で、全ての所見が陽性になる患 者は非常に稀です。

脳脊髄液減少症に対する治療とブラッドパッチ

治療は髄液量を増加させることで得られま す。発症6 ヶ月以内では2 週間程度の臥床安 静、十分な水分摂取で症状が改善することが多 いとされています。慢性期になると安静や水分 摂取などによる症状改善は少なく、硬膜外自家 血注入(ブラッドパッチ)により漏出を止める ことが重要になります。むち打ち症後遺症例で は腰椎から漏出することが多く、髄液の漏出が 止まってから髄液量が増加するまで1 〜 2 ヶ月 のタイムラグがあることもあります5)

厚生労働省は、今年5 月17 日に「ブラッド パッチ」を、厚労省の基準を満たした医療機関 で治療を受ければ費用の一部が保険適用される 「先進医療」に認めました。早ければ7 月から 適用されます。これまでは保険適用外のため、 入院費用なども含め1 回あたり約30 万円を自 己負担していました。先進医療になると、ブラッ ドパッチ自体は保険適用外ですが、ほかの費用 が保険適用され、患者負担は10 万円前後にな る見込みです。

ブラッドパッチの治療成績

当院における最近のブラッドパッチ治療成績を提示します。最近20 ヶ月に当科に受診した 患者9 例で、いずれもRI 脳槽シンチグラフィー で髄液漏出所見か早期膀胱描出がありました が、脳脊髄液圧は正常でした。ブラッドパッチ を行った9 例中1 例で症状の明らかな軽減を認 めました。9 例中3 例ではやや症状が改善した が、残り5 例では改善しませんでした。著効例 ではMRI にて硬膜濃染と液体貯留が認められ ました。まとめると有効は9 例中4 例で、有効 率は44%です。当院ではCT 脊髄造影をまだ 導入していないため、実際はブラッドパッチ適 応外の患者が含まれている可能性があります。 今後も症例を重ねて検討する必要があると考えます6)

まとめ

むち打ち症の中には、脳脊髄液減少症が含まれ ている場合があります。姿勢変化で改善する頭 痛があり、専門医へ紹介して画像診断で陽性所 見があれば、脳脊髄液減少症が疑われます。先 進医療の適応となるブラッドパッチを検討して ください。勿論、むち打ち症すべてが脳脊髄液 減少症に起因するものではありませんので、ブ ラッドパッチの適応には慎重な症状の把握と画 像診断が重要です。

文献
1.篠永正道, 鈴木伸一:外傷性低髄液圧症候群(髄液減 少症)の診断と治療. 神経外傷 26:98 − 102,2003
2.日本頭痛学会新国際頭痛分類普及委員会:国際頭痛 分類第2 版日本版. 日本頭痛学会誌31:97 − 98,  2004
3.脳脊髄液減少症研究会ガイドライン作成委員会編著: 脳脊髄液減少症ガイドライン2007, メディカルレビュー社,2007
4.Hashizume K, Watanabe K : Comparison Between Computed Tomography-Myelographyand Radioisotope-Cisternography Findings in Whiplash- Associated Disorders Suspected to Be Caused by Traumatic Cerebrospinal Fluid Leak. Spine 37 : 721-726, 2012
5. 篠永正道: 脳脊髄液減少症.Medical Pract 25:180-183,2008
6.波照間友基, 比嘉達也 ほか:脳脊髄液漏出のある患者9 症例での脳槽シンチグラフィーとMRI 所見, 精神症状とブラッドパッチ効果の検討.麻酔 61:110,2012