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平成23年度 医療政策シンポジウム参加報告

宮里善次

常任理事 宮里 善次

平成24 年3 月11 日、日本医師会館におい て『災害医療と医師会』をテーマに講演会とシ ンポジウムが開催された。

9 人の講師による発表はそれぞれの立場から捉えた内容となっており、興味深いものであった。

9 講演の主旨を報告する。

講演T:「東日本大震災とJMAT の活動」と題 して石井正三日本医師会常任理事から報告があ った。

JMAT の概要は1)避難所、救護所における医 療の実施 2)被災地病院、診療所の日常診療へ の支援 3)その他、避難所の状況把握と改善、 在宅患者の医療、健康管理、の三点である。

JMAT 創設に至る経緯は、平成22 年3 月、 東日本大震災の一年前に、日本医師会の「救急 医療対策委員会」で創設の提言があった。

正式な結成は大震災の4 日後、平成23 年3 月15 日であり、各都道府県医師会にJMAT の 派遣を要請している。

派遣は7 月15 日までの四か月間に1395 チ ームにおよび、ピークは4 月6 日の100 チー ムであった。7 月16 日以降はJMAT Uが継続 派遣されている。

JMAT Uの使命は1)災害関連死などを未然に 防ぐことが最大の目標 2)医師、及び医師を含 むチーム構成 3)JMAT 後の健康支援が必要 な場合に派遣 4)活動内容は診療支援、心のケ ア、訪問診療、健康診断活動、予防接種支援、 巡回など、5)特に仮設住宅孤独死、心のケアの 必要性に特に十分な配慮となっている。

シンポジウムではJMAT およびJMAT Uに 対して、外国人講師から世界に類をみないパイ オニア的なシステムであると高く評価する声があった。

講演U:「東日本大震災 日医総研の研究・対応」 と題して、畑中卓司日医総研主任研究員から報 告がなされた。

三陸地方では1896 年には明治三陸津波(死 者21,959 人)、1933 年には昭和三陸津波(死者 3,046 人)、2011 年に東日本大震災(死者15,843 人)、と頻繁に発生している。津波最大高は23 〜 40.5m である。阪神淡路大震災と最も異なる のは主な被害で、阪神が建物倒壊と火災で、死 因は圧迫窒息死であったのに対し、東北のそれ は大津波、福島第一・第二原子力発電所事故で、 死因は水死がほとんどを占めた点である。

日医総研が行ってきた復旧・復興等に関して、 終了した調査研究は1)JMAT 活動を中心とし た医師会の役割と今後の課題についての研究  2)福島県原子力被害からの復旧に関するプロジ ェクト委員会報告書 3)計画停電、電力需給対 策による病院、診療所への影響と対応に関する 研究の3 点であり、他に8 項目が研究継続中で あり、被災地の医療のあり方を多岐に渡って分 析していることが報告された。

講演V:「災害医療と医師会」と題してホセ・ ルイス・ゴメス・ド・アマラール世界医師会会 長の講演があった。過去一年間に発生した自然 災害のスライドが多数供覧された。結論として 『世界のどこにも安全な場所はない』と述べら れた。最後のシンポジウムでは医療支援が世界 のネットワークとして機能するためには、国際 基準に沿った教育と、言語教育が大切であると 云う発言が印象的であった。

講演W:「人道支援活動のための国際基準」を テーマにステファニー・ケイデン ハーバード 大学医学部国際救急医学フェローシップ部長の 講演があった。

地震による大量の住民の避難移動や公衆衛 生上の大規模な緊急事態は人道主義の危機 (humanitarian disaster)である。

humanitarian disaster の定義でもある「大量 の住民の避難や公衆衛生の緊急事態」は長時間 かつ広範な対応が必要とされる。すなわち人道 支援活動は、被災者たちの人間的な尊厳を守り つつも、基本的な健康ニーズ(避難所、水、衛 生、食糧、医療)を満たす必要がある。

そうして作り出された国際基準がSphere Standards である。しかしながらその訓練はほ とんどが後進国で行われており、2005 年のハ リケーン・カトリーナの際には、humanitarian disaster に対する米国のお粗末な対応が浮き彫 りとなったため、人道活動のための訓練が先進 国の被害対策計画に含まれるようになった。今 後人道支援の国際基準はますます重要になる。

講演X:「東日本大震災後の復旧はどうあるべ きか 公衆衛生の立場から」と題して、マイケ ル・ライシュ ハーバード大学公衆衛生大学院 教授の発表があった。

災害に対する公衆衛生の考え方は1)災害発生 前の防災、2)発生後の災害対策の二点である。 今回の発生後の災害対策で重要なものは1)ケア、2)補償、3)クリーン・アップの三点である。 東日本大震災は地震、津波、原発の複合型災害 で非常に複雑な結果を生み出しており、かなり長期化することが予想される。

教授の結論は1)政府に対する信頼が重要 2)評価するために一年はまだ短期間 3)ケア、補 償、クリーン・アップの三問題は長く続く、単なる科学的問題ではなく、社会政治的問題、心 理的問題でもある。と述べられた。

シンポジウムでは政治家のリーダーシップが 発揮されていないことが、各シンポジストから 強く指摘されたことが印象的であった。

講演Y:「災害支援における医師会の役割」の タイトルでジェームス・J ジェームス 米国医師 会救急医療担当役員の講演が行われた。

1075 年〜 2005 年のデータを提示し、地震は 自然災害が増えており、人身被害や経済的な損 失も増加傾向にあることが示された。

米国では大学ごと、あるいは州ごとに災害時 のプログラムがあるが、近年National Disaster Life Support Program が統一基準として採用 されている。米国の様々な州で教育を受けられ るようになっており、東京でも開催されている 旨の報告があった。シンポジウムでは、これか らの医学部教育では医師になるための教育に加 えて、災害時に活躍できるような医師つまり二 つの資格をもつような教育が望まれる旨の発言 があった。

講演Z:「平時の戦争」としての医療と題して 小川和久軍事アナリスト・国際変動研究所理事 長の講演があった。

肩書きとタイトルから異様な感じを持ったが、講演が始まると引き込まれるものがあった。

「平時の戦争」とは命を救うために奮闘してい る医師、例えば救急現場、ヘリ添事業などは平時 における戦争状態と云うのが講師の解釈である。

戦争における戦略を医療に応用すれば、医療 提供システムを変えられるのではないか?そう した発想から講師が厚労省に提案し実現したの が、ヘリコプターによる搬送システムらしい。

仮に敵国からミサイルが発射された場合、そ の弾道経路や距離はレーダーで瞬時の内に判断 され、適切な対応がとられるとの事である。

その応用として患者発生の通報で、救急車出 動か、ドクターカーで行くべきか、ヘリコプタ ーなのか、ヘリコプターなら民間かあるいは航 空自衛隊かの判断を端的に下せば、システムさ え作っておけば救命率は確実にあがる。

奈良県における一連の妊婦たらい回し事件を 突破口に捉えると、病床が空いている他県の病 院に、患者と対応可能な医師を別々にヘリコプ ターで搬送すれば対応できる。この事は救急医療、少子化、医療過疎に対する国民の危機感に 回答できると言うのが講師の見解であった。

危機管理の要諦は孫子の「巧遅拙速」につき る。今回東日本大震災が発生した時、すぐに現 場に駆け付けたのは自衛隊と医療関係者であっ た。そうした行動する医師会の姿は政府の見本 ともなっているし、国民にも理解されやすい。

戦争における方法論をもっと活用すれば、医療は広範囲で合理的になる。

そのやり方とリーダーシップを政治家に見せ て欲しい。残念ながら政治家は政治家ごっこに 夢中であり、復興のリーダーとなり得てないと の発言があった。

講演[:「福島第一原発事故と放射線被爆につ いて」と題し、明石真言・放射線医学総合研究 所理事の講演があった。

災害対策基本法の対象となる災害は14 ある が、今回は地震、津波、放射性物質の大量の放 出と云う3 つが含まれている。

被爆の特殊性として1)低頻度の事象 2)被爆 したかどうか分からない 3)症状が出るまでに 時間がかかる 4)放射線に対する専門知識が必 要 5)放射線物質や放射線に対する不安 6)放射線による被爆や汚染の測定が可能  7)滅菌・殺菌、中和ができない 8)社会的な影響が大きい、が言える。

一般住民に対する放射線教育は原発を有する 地域にしか行われてないが、今後全国民にやる べきとの発言があった。

今回は福島原発での被爆症例が4 例紹介され たが、最終的には放射線の専門的知識をもっと普遍的にせざるを得ないとの結論であった。幸 いにも、医学教育モデル・コア・カリキュラム が平成22 年度に改定されている。

講演\:「災害医療における救急医の使命」の タイトルで、坂本哲也・帝京大学医学部救急医 学講座主任教授の講演が行われた。

救急医は“持てる資源を投入して一人1 人 の患者にベストを尽くす” のが使命だが、災害 医療は“限られた資源で最大多数の患者を救 う” ことであり、基本的には同じではない。た だ医療現場のあり方が似ており、またそうした 状況に対応できるため、救急医が災害医療にか り出される現状がある。災害発生から数日は DMAT としての役割が大きいが、それ以後は JMAT やJMAT Uの役割が大きい。

現在、我が国の救急科専門医は3,374 人で全 医師の1.2%に過ぎない。しかしながら、災害 医療における救急医の使命は1)被災医療機関に おけるリーダーシップ 2)被災地への超急性期 の医療支援 3)被災地からの広域患者搬送と受 け入れなどがある。

今回救急医学会は福島原発に申し入れを行 い、24 時間体制で作業員の健康管理と適切な 医療を行ったとの報告があった。シンポジウム では医学生に対して通常の医学教育に加えて、 災害時医療を義務化させるべきではないか、更 には災害時の被災地では、全ての医師、医療従 事者が災害医療に関わる必要があるので、開業 した医師に対しても再教育すべきとの意見があ った。

印象記

新垣宣貞

南部徳洲会病院 新垣 宣貞

東日本大震災から1 年後の平成24 年3 月11 日に日本医師会の平成23 年度医療政策シンポジ ウムが開催され、参加させていただき、その印象を述べる。テーマは「災害医療と医師会」で、 世界医師会長をはじめ、各分野の専門家の講演を拝聴した。その中で、今回の大震災における日 本医師会の果たした役割について印象深く、今回の大震災に対して行ってきたJMAT について述 べたいと思う。

日本医師会は我が国おける最大のNGO 組織であり、世界的にみても類を見ない組織とのこと であった。今回の未曾有の大震災に対して自衛隊・全国の消防組織や警察組織、災害ボランティ アなど、まさにオール・ジャパンによる災害支援活動がなされた感を持っている。医療に関して は外国からの医療班を含め、多数の医療組織が医療活動を行ってきたが、その中でも日本医師会 派遣のJMAT チームの果たした役割は大きかったものと思われた。

日本医師会は平成22 年3 月に災害医療体制の必要性を感じ、JMAT(Japan Medical Association Team)構想を打ち出し、検討してきた。構想を打ち出している段階で今回の大震災 が発生したわけであるが、日本医師会として各都道府県医師会へJMAT チームの結成・派遣を要 請し、結果的に1,395 チーム(医師・看護師・薬剤師・栄養士・理学療法士・その他:計7,292 名) に及ぶ多数の医療チームを派遣し、災害医療に貢献してきた。その活動は7 月15 日をもって終 了しているが、震災後の災害関連死が1,300 件以上にも及び、日本医師会はその後も「心のケアー」 医療の必要性からJMAT Uとして医療チームを延べ422 チーム派遣し、現在でも医療活動は継続 中とのことである。一年前からの構想がなければ災害派遣できなかったかもしれないことを考え ると、日本医師会の「先見の明」が読み取れる次第である。

しかし、JMAT 構想の半ばでの派遣であったためか、実際の派遣にあたってはいろいろな問題 点も出てきている。災害派遣チームとして厚生省は平成7 年の阪神・淡路大震災を契機に災害医 療チームとして全国の医療機関にDMAT(Disaster Medical Assistance Team)構想を打ち出し、 これまで922 チーム(H23.10.31)に及ぶ災害専門の医療チームを養成してきた。DMAT は災害 超急性期(おおむね48 時間以内)の活動を行う様に訓練されているが、その後の亜急性期〜慢 性期の医療活動をJMAT が担う様な構想がなされているようである。今回活動したJMAT は災 害医療について訓練無しで結成・派遣されており、今後、災害医療に関する教育・訓練の必要性 を感じる次第である。そのことを踏まえ、日本医師会は今後のJMAT のあり方について平成23 年3 月7 日、2 年間にわたる検討結果を取りまとめ、また東日本大震災での活動を振り返り、医 師会の役割や、災害医療研修などについて考察を行い「救急災害医療対策委員会の報告書」とし て報告し、3 月10 日には「JMAT に関する災害医療研修会(H24.3.10)」を開いた。報告書には JMAT 要綱が述べられており、今後、JMAT が災害医療に対してますます貢献していくことを期 待する次第である。

(1:【救急災害医療対策委員会報告書】
  http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20120307_41.pdf)
(2:【JMAT 要綱(案)】
  http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20120307_42.pdf)