琉球大学医学部附属病院
周産母子センター 佐久本 薫
はじめに
プライマリ・ケアを行っている医師は妊婦を診 察する機会が多数あると思われる。妊婦へ薬剤 を処方する場合、胎児や妊娠・出産への影響を 考えて薬剤の選択に苦慮することも多い。薬剤 服用後に妊娠が判明し、その影響を尋ねられる ことも多いと思われる。甲状腺疾患や膠原病な どの女性に多い疾患や慢性高血圧症や慢性腎炎 などの患者が妊娠し、投与中の薬剤を継続する か中止すべきか迷うこともある。各種疾患で治療 ガイドラインが作成され、妊娠許可基準や妊娠 例に対する治療、管理が示されるようになってき た。プライマリ・ケアを行う医師は妊娠可能年 齢の女性患者の妊娠を絶えず意識して診療にあ たる必要がある。本稿では、妊婦へ薬剤を投与 するときの注意点、留意点について述べる。
薬剤の催奇形性・胎児毒性
ヒトの先天異常の推定される原因では、原因 不明が65 %、遺伝的な問題が20 〜 25 %あり、 母体のコンディションあるいは感染症が原因と 考えられるものがそれぞれ3 〜 4 %存在する1)。 薬物、化学薬品、放射線などの比率は1 %程度 であるが、妊婦の薬物使用が人為的な行為によ るもので回避することが可能であり、適切な危 険度評価が欠かせない事を示している1)。
薬剤が胎児へ及ぼす影響は、薬剤を服用した 時期によって危険度が変わってくる。産婦人科 診療ガイドライン産科編では催奇形に関する服 薬時期の危険度を四期に分類している2),3)。1) 受精前および受精から2 週間(妊娠3 週末)ま で:薬物服用は奇形を引き起こさない。胎芽に 与えられたダメージは流産を引き起こす可能性 はあるが、流産しなければダメージは修復され て奇形は起こらない。2)妊娠4 週以降7 週末 まで:器官形成期で、胎児は薬物に対して感受 性が高く、催奇形性が理論的には問題になる時 期だが、催奇形性が証明されている薬物は比較 的少ない。3)妊娠8 週以降12 週まで:胎児の 重要な器官の形成は終わっているが、口蓋や性 器などの形成は続いており、大奇形は起こさな いが小奇形を起こし得る薬物が少数ある。4) 妊娠12 週以降:この時期の薬物服用では奇形 は起こり得ない。ただし、薬物服用により胎児 機能障害や胎児毒性を考慮しなければならな い。胎児の機能的発育に及ぼす影響や発育の抑 制、子宮内胎児死亡、分娩直前では新生児の適 応障害、薬物の離脱症状などが起こる。妊婦が 薬剤を服用して心配している場合、服薬時期が 上述のどの時期に当たるか胎児への影響を評価 し、適切なアドバイスを行う必要がある2),3)。
医薬品添付文書とFDA カテゴリー分類
医師が薬剤を処方する際にまず参考にするの は医薬品添付文書である。しかし、わが国の医 薬品添付文書には様々な問題点が指摘されてい る。特に「妊婦への使用」の項目には「妊娠あ るいは妊娠している可能性のある婦人には、治 療上の有益性が危険性を上回ると判断される場 合にのみ投与する」と記載されていることがほ とんどで、妊婦へ投与して胎児への悪影響が有 るのかどうか明らかではない。妊婦への投与が 「禁忌」とされている薬剤もあるが、実際にヒトにおいて催奇形性 が証明されている薬剤は少ないことが知 られている。しかし、医薬品添付文書は 唯一薬事法に法的根拠を持つ、わが国 で最も重要な医薬品に関する情報資 料である。臨床医は常にこの医薬品添 付文書に縛られることになる。保険適応 や記載事項に反して使用し、有害事象が発現し訴訟になれば責任 を問われる事になる。臨床医は新しい医薬品添 付文書の内容を熟知している必要がある4)。
胎児への影響を検討する際、わが国の医薬品 添付文書は客観的なデータに乏しいことが多 く、日常診療においては、米国食品医薬品局: FDA(The Food and Drugs Administration) のカテゴリー分類を参考にすることが多い。 FDA カテゴリー分類を表1 に示した3),4)。ほと んどの薬剤がB とC の分類に入るが、D はある 状態ではリスクを超える有用性がある場合は使 用するもの、X は妊娠中絶対使用禁忌なもので ある。実際の診療ではFDA カテゴリー分類や アメリカ小児科学会の勧告、ヒトでの投与事例 の報告を参考に処方することが多い5)。
表1 米国食品医薬品局(FDA)のカテゴリー分類
催奇形性・胎児毒性が報告されている薬剤
ヒトで催奇形性・胎児毒性を示す証拠が報告 されている薬剤を表2 に示した2),3)。アミノグ リコシド系抗生剤は第8 脳神経障害、先天性聴 力障害が報告されている。アンギオテンシン変 換酵素阻害剤(ACE-I)およびアンギオテンシ ン受容体拮抗薬(ARB)は妊娠中期・後期に 投与すると胎児腎障害・羊水過少、肺低形成、 頭蓋変形などを来すので禁忌である。抗てんか ん薬には中枢神経系、心臓奇形、発育遅延など が報告されている。妊娠中は催奇形性の低い薬 剤や単剤への変更、減量を考慮する6)。抗てん かん薬を服用しても健常児を得る確率が高いこ とを十分説明する。抗凝固剤のワーファリンは 胎盤を通過し、胎芽病、点状軟骨異栄養症、中 枢神経異常などがあるため、妊婦には禁忌であ る。人工弁などで抗凝固療法を行う場合はヘパ リンを使用する。非ステロイド性消炎鎮痛剤 (インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム) は動脈管収縮が起こり、妊娠後期の使用で胎児 循環持続症、羊水過少、新生児壊死性腸炎を起 こす。欧米では妊娠34 週以降禁忌とされてい るが、本邦の薬剤添付文書では全妊娠期間中禁 忌としている。これにより子宮内胎児死亡の報 告が減ったとされる。うつ病に対し処方する機 会の多いセロトニン再取り込み阻害薬SSRI は 心奇形や新生児肺高血圧症が報告されカテゴリーD に変更された。最近の報告では新生児肺高 血圧症の頻度が1,000 人当たり3 例であるが対 照と比較して2.1 倍に増加した7)。新生児肺高 血圧症の約15 %は死亡する。SSRI は慎重に 投与する必要がある。
表2 ヒトで催奇形性・胎児毒性が報告されている薬剤
インフルエンザワクチン・抗インフルエンザウイルス薬
産婦人科ガイドライン産科編によるとインフ ルエンザワクチンの母体および胎児への危険性 は全妊娠期間を通じて極めて低い、ワクチン接 種を希望する妊婦には摂取することを推奨して いる8)。感染妊婦・授乳婦への抗インフルエン ザウイルス薬(リレンザ、タミフル)投与は利 益が不利益を上回ると認識する8)。通常、妊婦 には防腐剤のエチル水銀が含まれていない妊婦 用ワクチン製剤を用いるが、含んでいる製剤も エチル水銀含有量は極少量であり、妊婦にエチ ル水銀含有製剤を投与しても差し支えないとしている8)。
各種ガイドライン、参考書、インターネットの利用
様々な疾患の診療ガイドラインが発行されて いる。妊娠許可基準が示されたものや妊娠中の 管理、妊婦への薬剤投与についても言及されて いるものもある。臨床医はこれらガイドライン の推奨度を念頭において妊婦への薬剤投与を考 える必要がある。FDA カテゴリーや各薬物に関 する研究報告が記載されている文献、参考書を 参考にする。また、インターネットからも催奇 形性情報が提供されている。わが国では国立成 育医療センター内に「妊娠と薬情報センター」 ができ、独自のデータが集積されつつある9)。
まとめ
合併症のある女性は妊娠前から妊娠可能であ るかどうか、許可基準に照らして検討しておく 必要がある。妊娠中の薬剤投与が母体や胎児お よび妊娠経過にどのように影響するかを説明し ておく。薬剤を服用した妊婦に対しては、服用 した薬剤の種類や服薬時期を詳細に聴取する。 薬剤添付文書によって一律に判断するのではな く、エビデンスに基づいた胎児への影響を説明 する。安易に人工妊娠中絶を勧めない。妊婦、 授乳婦への薬剤投与は、薬剤添付文書、参考 書、文献などを参考にして慎重に投与すること が重要である。
文献
1)JL. Sckardein: Chemically Induced Birth Defects
3rd.MARCEL DEKKER, INC,p.2, 2000.
2)産婦人科診療ガイドライン産科編2011 :妊娠中投与
された薬物の胎児への影響について質問されたら?,
日本産科婦人科学会,48-50,2011.
3)林 昌洋:薬の催奇形性・毒性を考えるうえでの基礎
知識.産と婦,74,258-269,2007.
4)三橋直樹:わが国における妊娠とくすりの問題点.産
と婦,74,253-257,2007.
5)柳沼 サ:妊産婦と薬,周産期医学,33,増刊号,55-67,2003.
6)兼子 直,管 るみ子,田中正樹,他:てんかんをもつ妊
娠可能年齢の女性に対する治療ガイドライン,てんか
ん研究.25: 27-31,2007.
7)Kieler H. et al. Selective serotonin reuptake
inhibitors during pregnancy and risk of persistent
pulmonary hypertension in the newborn: population
based cohort study from the five Nordic countries.
BMJ 2011; 344: d8012.
8)産婦人科診療ガイドライン産科編2011 :妊婦・授乳
婦へのインフルエンザワクチン,抗インフルエンザ薬
投与は?,日本産科婦人科学会,41-43,2011.
9)http://www.ncchd.go.jp/kusuri/index.html [accessed 20091203]
参考書
1)Drugs in Japan 2012,じほう,2012.
2)Briggs GG, Freeman RK, Yaffe SJ. Drugs in
pregnancy and lactation, 9th ed.,Lippincott Williams & Wilkins,2010
3)林 昌弘,佐藤孝道,編:実践・妊娠と薬,第2 版,じほう,2010.
4)周産期の治療薬マニュアル、周産期医学Vol33、増刊号、2003
診療ガイドライン
1)産婦人科診療ガイドライン産科編2011,日本産科婦人科学会,2011.
2)高血圧治療ガイドライン2009 ダイジェスト,日本高血圧学会,2009.
3)妊娠高血圧症候群(PIH)管理ガイドライン2009,日本妊娠高血圧学会、2009.
4)バセドウ病薬物治療のガイドライン2006,日本甲状腺学会,2006.
5)喘息予防・管理ガイドライン2009,日本アレルギー学会,2009.