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悪性脳腫瘍に対するナビゲーション下画像誘導手術

琉球大学医学部附属病院脳神経外科石内 勝吾

【要旨】

正常脳に浸潤性に発育する悪性神経膠腫の外科治療の目的は、最大限の摘出と神 経機能の温存です。摘出度が高まれば生命予後は改善しますが、脳機能障害の危険 度が高まるためナビゲーション下による画像誘導手術と術中CT、MRI 診断の併用 が行われています。これに加えてアミノレブリン酸を用いた蛍光診断法による浸潤 部位の判定、ICG(indocyanine green)による術中血管撮影、神経内視鏡の併用 により正確で適切な診断・治療の遂行が可能となります。

はじめに

悪性脳腫瘍の代表であるグリオーマ(神経膠 腫)は、極めて予後の不良な疾患で浸潤性増殖 を示すことが知られています(表1)。腫瘍塊 (腫瘍中心部)から4cm 以上離れた先まで浸潤 最先端細胞は脳実質に浸み込みながら発育して いるといわれています。したがって腫瘍を全摘 出することは、正常脳機能の損傷が避けられま せん。外科的摘出率が向上するほど、脳機能障 害の危険性が高くなるわけです。その一方で、 良性・悪性を問わず脳腫瘍は外科的摘出率が高 いほど生命予後が良好であることが判明しつつ あります。最新の報告では、悪性腫瘍において は摘出率が78 %以上で予後改善の利益が得られ、更に摘出度が100 %に近づくほど生命予後 は改善するという報告もあります1)〜 3)。したが って、腫瘍の摘出度を高めると同時に最大限の 脳機能温存に努めることが重要となります。こ れを実行するためには、1)浸潤している腫瘍 細胞の部位を正確に同定すること。2)腫瘍周 辺の重要な脳機能を評価することが必須となり ます。近年の脳神経外科領域における画像診断 システムの進歩は著しく、安全で的確な手術遂 行のための様々なモダリティーが開発されてい ます。本稿では、主に非侵襲的なpositron emission computerized tomography(PET) と磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging: MRI)を用いた画像解析と画像誘導手術 への応用について概説いたします。

表1 グリオーマ(World Health Organization)分類

表1

PET 診断装置を用いた生物学的活性の評価

腫瘍の術前検査の際には、CT、MRI による 解剖学的な局在評価のみならず、生物学的活性 の評価をpositron emission computerized tomography(PET)診断装置により行います4)。 アミノ酸代謝や糖代謝を評価する検査法が現在実用化されています。アミノ酸代謝を測定でき るメチオニン(Met) - またはタイロシン (FMT)-PET では通常のMRI 検査では判明 できない腫瘍の局在を正確に浸潤部位まで同定 できます(図1)。これは、正常脳ではアミノ酸 代謝が低く、一方、腫瘍ではアミノ酸代謝が活 発なため、コントラストがつきやすく腫瘍の検 出に適しているためです。糖代謝を反映する fluorodeoxyglucose(FDG)-PET 画像では 腫瘍塊のうち特に悪性度の高い部位の指標にな ります。正常脳は高い糖代謝率を示しますが、 正常脳よりも高い取り込みを示す腫瘍は神経膠 芽腫(図2)、悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍な どの悪性度の高い腫瘍に限られます。グリオー マでは神経膠芽腫以外の分化型グリオーマや gradeII、III の腫瘍などは、正常脳の代謝活性 より低く描出されます。逆に、初回手術で grade II またはIII のグリオーマ症例が再発時 にFDG-PET で取り込みが亢進すれば悪性転 換の指標となりgrade IV のGlioblastoma と診断できるでしょう。Met-PET は現在保険適応 を申請中です。FDG-PET は原発不明癌の診 断で保険適応されています。

図1

図1 退形成性神経膠腫(WHO grade III)の画像診断

図2

図2 神経膠芽腫(WHO grade IV)の画像診断

磁気共鳴画像を用いた生物学的活性の評価と機能画像

proton(1H)をもちいたMR spectroscopy (MRS)を行いますと腫瘍の成分分解が可能と なります4)。CSI(chemical shift imaging)法 にてTE=20/135ms にて撮像し、myoinositol (3.56 parts per million(p.p.m.))、choline (Cho)(3.22 p.p.m.)、Creatinine(Cr)(3.03 p.p.m.)、N-acetyl-aspartate(NAA)(2.02 p.p.m.)、glutamine/glutamate(Glx)(2.11- 2.46 p.p.m.)、Lactate and /or lipid(Lac/lipid) (1.33 p.p.m.)に相当するmetabolic maps を作 成します。これ等を指標にしてそのパターンか ら脳腫瘍の組織鑑別の予想が可能になります (図3)。コリンは細胞膜代謝の活性を反映する ため、このピークの上昇は細胞数の増加を意味 し高ければ高いほど生物活性の高い腫瘍と判定 できます。NAA は神経細胞の軸策のマーカーで その低下は正常神経細胞の崩壊を意味しNAA ピークが低下している部位は腫瘍浸潤されてい ると判断できます。myoinositol の上昇はgliosis を反映しています。Cr は基盤のエネルギー 代謝を反映して居り比較的安定している物質な のでCho,NAA 増減の比較解析にはそれぞれの 代謝産物をCr で割った値Cho/Cr、NAA/Cr を指標とします。Lac/lipid は嫌気性代謝産物であり悪性度の指標と考えられています。

図3

図3 正常脳と神経膠芽腫のMR-spectroscopy像

術野近傍の神経回路網の構造や機能部位の同 定はdiffusion tensor imaging(DTI)、機能 的磁気共鳴画像functional magnetic resonance imaging(fMRI)などから得ることができます。 これらの脳機能情報をナビゲーションに搭載 し、解剖学的情報としてspoiled gradientrecalled( SPGR)法で取得されたMRI 画像に 融合させるとナビゲーション下の画像誘導手術 が可能となります。手術室のコンピュータに取 り込まれた画像情報はさらに、感覚誘発電位 somatosensory evoked potential(SEP)、運 動誘発電位motor evoked potential(MEP)、 視覚誘発電位visual evoked potential(VEP)、 聴性脳幹反応auditory brain stem evoked potential(ABR)、言語野近傍での覚醒下手術 による機能マッピング情報などのリアルタイム に捉えられた脳機能情報と照らし合わせの検証 作業を行いながら安全で適切な手術が遂行され ています。

術中MRI,CT 診断システム

大開頭手術では、脳が大気に開放されること による手術中の脳の変形・ブレインシフトが生 じるため、正確なナビゲーション下の画像融合 手術の妨げになります。これを解決するのが術 中MRI やCT の導入です5)。大気に開放され脳 が変形した状態で手術室内で画像撮影を行い、 その情報をナビゲーションにアップデートする ことでより正確な画像誘導手術が可能となりま す。摘出範囲が予定通りであるか、予期せぬ出 血が合併していないかなど、通常は閉頭後にし か得られない情報を手術中に確認することもで きます。これにより手術の安全性を高め、手術 進行中に手術の適切さが検証できるという大き な利点があります。今後、脳腫瘍の外科治療に おける術中MRI の導入がグリオーマ患者の長 期治療成績にどのようなインパクトを与えるか 検証されていくことでしょう。

病変部位の評価は、手術中に病理診断を提出 しさらに正確な情報が得られます。あわせて、言語機能の確認のために覚醒手術、脳電気刺激 による運動野、言語野の同定、光刺激による視 策路の同定などの術中神経モニタリングの所見 も確認することでより正確な手術の遂行が可能 となります6)

5-アミノレブリン酸を用いた術中蛍光診断法

境界がよく肉眼的に誰でもわかるような腫瘍 と違い、一般的に、グリオーマでは浸潤性増殖 形式であるため正常組織との鑑別は非常に難し く経験をつんだ術者は色調、硬さ、弾力性など から腫瘍本体から浸潤部位や周囲グリオーシス を判別していました。5-アミノレブリン酸は生 体で合成されているアミノ酸の1 種でミトコン ドリアでヘムの代謝に関与する物質です。5-ア ミノレブリン酸(5-ALA)を用いた蛍光診断 法では、患者さんは手術当日の朝1g の5-ALA を内服します。がん細胞では代謝活性が高いの で、内服された5-ALA はミトコンドリアで著 しく集積されプロトポリフェリンIX(PpIX) に代謝されます。手術中にviolet blue(ピー ク値: 407nm)で励起しますと術野で腫瘍は代 謝産物のP p I X が赤色の蛍光(ピーク値: 635nm と700nm の2 峰性)を発し、腫瘍が鮮 明に描出されることになります。悪性のグリオ ーマではPpIX 蛍光の腫瘍特異性はほぼ100 % です。つまり赤色に発する部位にはほぼ100 % 腫瘍が組織学的に確認されています。その一方 で組織感受性については報告によると60 〜 80 %、つまり蛍光がない部位に腫瘍がある可 能性(腫瘍であるが蛍光で赤色光を発しない疑 陽性率)は20 〜 40 %ということになります。 観察される蛍光強度は6 時間でピークに達し、 9 時間で著明に減衰します7)。蛍光診断ではこ のように組織特異性は高いのですが、組織感受 性に問題があります。それを補う手段として肉 眼的蛍光観察に摘出腫瘍のスペクトルム解析や 共焦点レーザー顕微鏡による観察を併用する と、肉眼的に蛍光が見えない組織にもPpIX が 多量に存在していることが観察できます8)

蛍光強度は病理組織により違いがあります。同じグリオーマでも分化型では組織感受性が 20 %と非常に低くなります。また転移性脳腫 瘍では蛍光を発しない傾向があり、一方良性の 髄膜腫では腫瘍組織は強い蛍光を発します9)。 腫瘍発生部位の硬膜をどこまで摘出すればよい か、また頭蓋底腫瘍では浸潤している範囲の指 標に蛍光診断が有用です。

神経内視鏡

神経内視鏡は水頭症の治療技術として発展し てきたもので、水頭症を合併しやすい松果体近 傍の腫瘍たとえば胚細胞腫(ジャーミノーマ) が疑われるときには内視鏡的な生検の良い適応 でしょう。生検診断で胚細胞腫ではなく松果体 実質由来腫瘍やグリオーマであれば開頭摘出術 を改めて行うことになります。脳脊髄液の中で の操作となりますので髄液播種を予防する配慮 が必要です。下垂体手術で海面静脈洞部の観 察、また開頭術で血管や神経の裏に隠れている 残存腫瘍の評価などにも有効です。

ICG(indocyanine green)による術中血管撮影

手術中に静脈投与にて、リアルタイムに動脈 相から静脈相までを確認できるので、栄養動 脈、導出静脈、静脈洞、表在静脈の走行及び血 管のpatency が確認できます。

おわりに

脳神経外科領域における画像診断技術の発展 は目覚しく画像誘導手術の導入によりより的確 で安全性の高い手術が可能となります。手術前 に得られた画像所見は常に手術中に得られるリ アルタイムの生理学的所見や病理所見、術者の肉眼による観察所見との照らし合わせの検証を 行う事がより正確な画像誘導手術の遂行に重要 です。

参考文献
1)Sanai N, Polley MY, McDermott MW et al: An extent of resection threshold for newly diagnosed glioblastomas. J Neurosurg 115: 3-8, 2011
2)Lacroix M, Abi-Said D, Fourney DR et al: A multivariate analysis of 416 patients with glioblastoma multiforme: prognosis, extent of resection, and survival. J Neurosurg 95: 190-8, 2001
3)Sanai N, Berger MS: Glioma extent of resection and its impact on patient outcome. Neurosurgery 62: 753- 64, 2008
4)石内勝吾, 菅原健一, 渡邉孝他: MRS とPET を用いた 術前診断と手術戦略-脳腫瘍診断の新たな展開-, 甲村 英二編, 脳腫瘍の外科-基礎と挑戦-, MC メディカ出版, 大阪, 2008;70-78.
5)石内勝吾: 臓器別外科治療最前線 脳腫瘍, 桑野博 行編集, がん治療レクチャー 新しい手術のモダリティー 総合医学社, 東京, 2011:vol2 No4 821-826.
6)Sanai N, Berger MS: Intraoperative stimulation techniques for functional pathway preservation and glioma resection. Neurosurg Focus 28: E1, 2010
7)金子貞男: 脳腫瘍に対する光モニタリング― ALA induced Pp IX による術中脳腫瘍蛍光診断―. 脳外29: 1019-1031, 2001
8)Sugawara K, Ishiuchi S, Kurihara H et al: Intraoperative Fluorescence Detection of Malignant Gliomas Using 5-Aminolevulinic Acid. Kitakanto Med J 53: 109-113, 2003
9)Bekelis K, Valdes PA, Erkmen K et al: Quantitative and qualitative 5-aminolevulinic acid-induced protoporphyrin IX fluorescence in skull base meningiomas. Neurosurg Focus 30: E8, 2011




Q U E S T I O N !

次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(84.その他)を付与いたします。

問題

次の問いに対し、○か×印でお答えください。

  • 1)浸潤性増殖を示す神経膠腫では機能温存した上での摘出度の拡大は生命予後を改善する。
  • 2)糖代謝を反映するfluorodeoxyglucose(FDG)-PET 画像では腫瘍の中の悪性度の高い部位の指標になる。
  • 3)大開頭手術では、脳が大気に開放されると脳の変形・ブレインシフトが生じる。
  • 4)5-アミノレブリン酸を用いた術中蛍光診断において、グリオーマでは悪性度を問わず腫瘍を鋭敏に検出できる。
  • 5)脳神経外科領域における画像誘導手術では術中にリアルタイムの神経機能評価を行い検証する必要はない。


CORRECT ANSWER! 1月号(Vol.48)の正解

小児脳性麻痺に対するA 型ボツリヌス毒素療法

問題
ボツリヌス毒素療法に関する次の1)から5)の設問に対して、○か×でお答え下さい。

  • 1)脳性麻痺の医学的定義としては、1968 年の厚生省脳性麻痺研究班によるものが日本ではよく用いられている。
  • 2)アテトーゼ型四肢麻痺は、ボツリヌス毒素療法の効果が最もよくみられる脳性麻痺タイプである。
  • 3)痙縮の評価の一つに、Modified Ashworthscale がある。
  • 4)毒素に対する中和抗体産生を防ぐためには、治療間隔を短くする。
  • 5)痙縮に対する外科的治療として、バクロフェン持続髄注療法が最近注目されつつある。

正解 1.○ 2.× 3.○ 4.× 5.○