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人工聴覚器の進歩
〜耳の日(3/3)に因んで〜

楠見彰

沖縄県耳鼻咽喉科医会会長
楠見耳鼻咽喉科 楠見 彰

3 月3 日は「耳の日」です。

「耳の日」は、難聴と言語障害をもつ人々の 悩みを少しでも解決したいという、社会福祉へ の願いから始められたもので、日本耳鼻咽喉科 学会の提案により、1956 年に制定されました。 日本耳鼻咽喉科学会では毎年「耳の日」に、都 道府県ごとに、難聴で悩んでいる方々の相談 や、一般の人々にも耳の病気のことや、健康な 耳の大切さを知っていただくための活動を行っ ております。沖縄県では耳の日講演会や無料相 談会を毎年実施しております。

今年も3 月4 日(日曜日)県立博物館・美術館に於いて、講演と無料相談会が開催されます。

詳細は琉球大学医学部耳鼻咽喉科のホームページ(http://ent-ryukyu.jp/okinawa-part/)をご覧ください。

また、3 月3 日は、電話の発明者であり、聴 覚障害者の教育者でもあったグラハム・ベルの 誕生日であります。そして、三重苦のヘレン・ ケラーにアン・サリバンが指導を始めた日でも あります。

映画「奇跡の人」アン・サリバン(アン・バ ンクロフト)、ヘレン・ケラー(パティ・デュ ーク)の名演技は迫真迫るものがありました。 動物的な生活をしていたヘレンにサリバン先生 が井戸に引っ張っていき、水を触れさせながら WATER と手話で教えているシーンは今でも思 い出すたびに胸が熱くなります。

さて、ここでは「耳の日」にちなんで人工聴覚器の発展について話をしたいと思います。

人工聴覚器とは、補聴器、人工内耳を総称し た言い方です。補聴器は一般にマイクロフォン でアナログ音声を電気信号に変え、アンプで音 声を増幅などの加工したのち、アナログ音声に 再び戻し内耳に音を伝えます。人工内耳は音声 を電気信号として蝸牛神経を刺激していきます。

聴覚に関しては、科学の進歩、特に電気機器 〜電子工学やコンピューターの発達に伴い着実 に進歩している分野です。1960 年代の補聴器 は、弁当箱ほどの大きさでした。1970 年代頃 になると小型化され、タバコ箱ぐらいの大きさ になりました。補聴器の大きさの変化は真空管 からトランジスタ化によるものです。1980 年 代には耳にかけるタイプや、耳あな形補聴器が 登場してきます。I C チップの登場により、 1990 年代にはそれまでのアナログ方式からデ ジタル方式の補聴器が登場してきました。大き さはさらに小さく外耳道内にすっぽり収まるタ イプが商品化されています。最近の補聴器は色 もカラフルになり、最新のMP プレーヤーの如 くの補聴器もあります。

この音声のデジタル化はコンピューターの進 歩でもあります。デジタル化により、音声周波 数を自由に加工する事ができるようになりまし た。必要な周波数域を必要な音量に増幅した り、雑音を効率よく小さくしたりすることが可 能となりました。

Bluetooth 機能を持った補聴器もあり、今後デジタル家電とのネットワークを感じさせます。

補聴器はある程度聴力が残っている患者さん に適応があります。高度難聴や完全に聴力を失 った症例では役に立ちません。

1985 年代には電極を直接蝸牛内に挿入する、 人工内耳手術が日本で始められました。当初手術できる施設は琉球大学を含め5 施設に限られ ておりました。現在では50 施設以上で行われ ております。これによりまったく聴力を失った 患者さんでも日常会話ができるようになりまし た。音楽を楽しむことができるまでに驚異的回 復をした人もおります。

人工内耳は手術侵襲の問題で当初は中途失聴 者に限定されていました。現在では、幼児や高 齢者にまで適応が広げられております。最新の 人工内耳は蝸牛に挿入する電極の改良で、低侵 襲な手術が図られるようになりました。これに より、残存聴力を温存することが可能になり、 残存聴力のある症例では補聴器(音刺激)と人 工内耳(電気刺激)を併せ持つハイブリッドタ イプの人工内耳が開発されております(ハイブ リッド人工内耳もしくは、残存聴力活用型人工内耳)。

この人工内耳の延長技術に聴性脳幹インプラ ントがあります。これはこれまでの、人工内耳 が蝸牛神経を刺激したのに対して、その上位中 枢である脳幹(蝸牛神経核)を直接電気刺激す るものです。

失われた音を取り戻すために弁当箱サイズの 補聴器から始まった人工聴覚器はわずか半世紀 で驚くべき発展を遂げてきました。コンピュー ターの急速な進歩とともに人工聴覚器は進化し ており、人工内耳においては、最も成功した人 工臓器といわれるまでに広く普及してきており ます。今後も、さらにより良い人工臓器をめざ し進化していくことが期待されます。

ヘレン・ケラーがいま生きていれば、医療の 力で聴力を回復させることができただろうと思 わずにはいられません。

参考文献
土井勝美:人工内耳医療の過去・現在・未来. 耳鼻臨牀103 : 973-982,2010
岩崎聡他:「第112 回日本耳鼻咽喉科総会シン ポジウム」人工聴覚器の将来.日耳鼻114 : 801-806,2011
中富浩文:「第112 回日本耳鼻咽喉科総会シン ポジウム」Auditory brainstem implant の手 術.日耳鼻114 : 851-854,2011