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口腔癌に対する歯科でのプライマリ・ケア

金城孝

沖縄赤十字病院歯科口腔外科 金城 孝

はじめに

口腔内は照明と鏡さえあれば容易に観察でき 同時に指で触れることもできる。そのため口腔 癌は初期段階で発見されることも多いのではな いかと考えられている。しかしながら、日常臨 床では早期癌症例や前癌病変などの症例にまじ り進行癌も多く認められる。進行癌症例は口腔 衛生に関心のない症例か、介護を受けている症 例で意志の疎通ができないかあるいは口腔ケア が十分なされていない症例であった。他方、患 者やその身近な人たちには口の中の病気は虫歯 や歯周病、せいぜい口内炎だけだと決めつけて いる人もおり、早期受診が遅れるケースもあ る。歯科医師過剰時代を迎えて、口腔衛生に関 して体制が整っている現在、口腔癌に対する歯 科でのプライマリ・ケアを検討してみたい。

口腔癌とは

口腔癌は顎顔面口腔領域に発生する悪性腫瘍 の総称である。口腔癌は日本における全癌中約 1 〜 2 %を占めると推定されている。口腔癌の 罹患患者数は1975 年の2,100 人に比べ、2005 年では約6,900 人であり約3 倍と増加してい る。口腔癌での男女比は3 : 2 と男性に多く、 年齢的には60 歳代に最も多い。近年は高齢化 に伴い口腔癌患者数もさらに増加するのではな いかと考えられている。

口腔内は扁平上皮からなる粘膜で被覆されて おり、病理組織学的には口腔癌の80 %以上は扁 平上皮癌である。解剖学的形態では舌、頬粘膜、 上下顎歯肉、口底、硬口蓋に分類され、口腔癌 のうち舌癌が最も多いことはよく知られている。

口腔癌の危険因子

口腔は消化器系の入口であり、喫煙や飲酒、 食物などによる化学的刺激に暴露され、また虫 歯、傾斜歯などの歯列不正、不適合義歯、不良 充填物による物理的刺激などもあり、ほかにヒ トパピローマウイルスの関与も報告されて、発 癌にかかわる特殊な環境と危険因子が複数指摘 されている。なかでも喫煙は口腔癌における最 大の危険因子と考えられている。噛みタバコの 習慣のある南アジアでは全癌の約30 %が口腔 癌であると報告されている。ついで連日の飲酒 や多量の飲酒が口腔癌の危険因子に挙げられ る。喫煙と飲酒の両方を嗜む人では当然さらに リスクが高くなる。今流行りのマウスウオッシ ュに含まれるアルコールでも口腔癌に対する危 険性があると言われている。

口腔癌の臨床所見

初発症状は発生した部位と大きさにより無痛 性あるいは有痛性の潰瘍、腫脹や出血などが見 られる。さらに歯の動揺や義歯の不適合、舌の 運動障害が発現し、歯科受診により病変を指摘 されることが多い。早期癌では自覚症状がな く、歯科治療で偶然発見されることもある。他 方、早期癌は口内炎と区別できず、患者も歯科 医師も口内炎と判断することもある。病悩期間 について通常は何らかの症状を自覚して1 〜 2 ヶ月ほどで歯科を受診している。介護を受けて いる症例ではかなり進行してから発見される場 合があり、しっかりした口腔ケアが望まれる。癌の進展により強い疼痛、構音(発音)障害、 知覚鈍麻、咀嚼・嚥下障害が認められる。肉眼 所見として舌癌では発育形態から外向性発育を みせる隆起性腫瘍、内向性発育をみせる浸潤性 腫瘍と表在性発育を主とするものの3 つに分類 し、治療や予後因子への有用性が検討されてい る。歯肉癌では進行により顎骨が破壊・吸収さ れる。歯科用X 線写真は吸収像の確認に有用で ある。一般歯科医院では前述の臨床経過、肉眼 所見と大きさなどより口腔癌の疑いとし、歯科 口腔外科へ紹介している。

重複癌の発生頻度と検査の必要性

口腔癌には同時あるいは異時性に複数の癌が 発生することがある。同一臓器に発生したもの を多発癌、異なった臓器にできたものを重複癌 という。口腔癌を含む頭頚部癌における重複癌 の60 〜 70 %は上部消化管または肺・気道の癌 であると言われている。喫煙や飲酒歴の長い症 例では上部消化管に重複して癌を有することが 少なくない。治療に先立ち関連他科の協力を得 て内視鏡などで重複癌の有無の検査・確認が必 要である。

前癌病変と前癌状態

口腔癌に関連して前癌病変や前癌状態の病変 が報告されている。前癌病変とは正常なものに 比べて明らかに癌が発生しやすい形態的な変化 を伴う組織とされ、組織学的には上皮性異形成 である。日本人における前癌病変の保有率は 2.5 %と報告されている。また粘膜の白色や紅 色病変は白板症や紅板症と呼ばれ、前癌病変と して処置や経過観察が必要である。白板症には 特定の原因がなく舌、頬粘膜、歯肉などで角化 が亢進し白く認められるもので、7 〜 14 %の確 率で癌化する病変である。紅板症は口腔粘膜の 赤色斑で境界は明瞭であり、癌化する確率は高 率なので初期癌に準じて対応が必要である。ま た口腔には局所病変や全身疾患の症状発現があ り、扁平苔癬、鉄欠乏性貧血での嚥下障害、梅 毒性舌炎などの口腔病変は前癌状態とみなされ ている。

プライマリ・ケアとしての定期歯科検診

癌において早期発見・早期治療がプライマ リ・ケアである。特に早期に発見するほど治癒 の可能性が高くなり、治療による身体の侵襲も 小さく済むのである。日本口腔外科学会では口 腔癌対策として、一般歯科医師向けに口腔癌検 診のガイドラインを策定しているが、十分活用 されていない。通常の歯科治療以外に、異常が なくとも定期的に歯科健診を受けることが推奨 されている。定期検診の意義は口腔癌のみなら ず白板症や紅板症などの前癌病変や扁平苔癬な どの前癌状態を早期発見することにある。

また、前述の口腔癌の誘因に不適合義歯、不 良充填物による物理的刺激があり、一般歯科医 師は自身の行った歯科治療が誘因にならないか 一抹の不安を抱えている。仮に異常があれば早 期に受診してもらいと望んでいる。実際には歯 の詰め物が破損しても、義歯が破損し適合不良 でもそれを放置し、舌、歯肉や頬粘膜などに褥 瘡が形成されて痛みが強くなってから、歯科を 受診する患者の多いことも事実である。この様 な症例の口腔内は一般的に不潔であり、それが きっかけとなって、褥瘡が癌化するのではない かと考えさせられる。

プライマリ・ケアとして定期的な歯科検診に より口腔癌を早期に発見し、必要な歯科治療を 行い、歯磨きにより良好な口腔衛生状態を保持 することで、口腔癌の発症を未然に防ぐことが できるのではないだろうか。

参考文献
1.日本口腔腫瘍学会、日本口腔外科学会編:口腔癌診療 ガイドライン.2009 年度版.金原出版.東京.2009.
2.天笠光雄、草間幹夫、川辺良一:開業医が診る口腔粘 膜疾患.診断から対応まで.デンタルダイヤモンド社. 東京.2010.
3.天笠光雄、岡田憲彦、他:口腔癌の早期診断アトラス.医歯薬出版.2008.
4.柴原孝彦:口腔がん検診の現状と展望.ザ・クインテッセンス.Vol.30 No.3 : 77.2011