琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻精神病態医学講座 准教授
三原 一雄
【要旨】
非定型薬による悪性症候群の発生率は約0.02 %である。危険因子には脱水、リ チウム併用、パーキンソン症候群等があり、脱水やリチウム併用と関連が深い気分 障害やレビー小体型認知症でその発症が報告されている。児童思春期症例にも発症 が報告されており、男子では精神病圏、女子では感情障害圏に多い。児童思春期で は全例でCPK 上昇が認められており、CPK のモニタリングが推奨される。悪性症 候群が周知され抗精神病薬中止が早まり、ここ10 年で軽症化している。
非定型薬による遅発性ジスキネジアの発生率は約3 %である。危険因子(高齢、 長期の投与期間、高投与量の抗精神病薬、急性錐体外路性副作用、抗パーキンソン 薬の使用等)を考慮すると、高投与量のリスペリドンにリスクが高い。一方、遅発 性ジスキネジアが非定型薬への置換で軽減する可能性がある。
非定型薬による遅発性ジストニアは症例報告に留まるが、唯一クエチアピンでの 発症例がない。遅発性ジストニアが非定型薬への置換で軽減した報告があり、クエ チアピンが最も有用であるかもしれない。
以上より、非定型薬といえども悪性症候群や遅発性錐体外路性副作用に一定のリスクがあり、その適応症例や投与量を吟味して用いる必要がある。
【はじめに】
非定型抗精神病薬(非定型薬、リスペリド ン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラ ゾール、クロザピンなど)は治療効果が高く急 性期の錐体外路性副作用が少ないなどの薬理学 的特性を有し、現在の統合失調症の薬物療法で は第一選択薬にランクされている。また、この 薬物は抗うつ薬の強化療法としてうつ病に用い られたのを皮切りに、双極性障害の急性期治療 へとその適応が拡大し、発達障害を初めとする 児童思春期症例にも衝動統制のコントロール目 的などに積極的に使用されている。
急性期の錐体外路性副作用が軽症かつ低頻度 であることから、重篤な錐体外路性副作用であ る悪性症候群や長期投与後に生じる遅発性錐体 外路性副作用の頻度は低く、たとえ出現したと しても軽症であると想定される。
しかし、悪性症候群はその発症が稀であるた め、従来の定型抗精神病薬(定型薬、クロルプ ロマジン、ハロペリドールなど)との比較は困 難である。また、遅発性錐体外路性副作用は数 〜十年単位の長期投与後に出現するため、定型 薬との厳密な比較は今後の検討を待つ必要があ る。本稿では、非定型薬によるこれら副作用の 特徴及び現状を考察する。
【悪性症候群】
1993 年Caroff らは悪性症候群の発生率は 0.02 %〜 3.23 %と発表した。1993 年から最初 の非定型薬であるリスペリドンがUSA で市場 に導入され、順次、オランザピン、クエチアピ ンが発売された。Stübnerらは非定型薬が上市 された後の2004 年に12 万人以上を対象に悪性 症候群の発生率を検討し、0.01 〜 0.02 %の間 であろう報告した。1980 年後半から1990 前半 のCaroff らの値と比較して、明らかに頻度が 低下している。頻度の低下は、単に非定型薬が 導入されたからだろうか?
この低下には、他の要因も関与している可能 性がある。まず、悪性症候群の存在が周知され たことであり、医師が抗精神病薬の処方に慎重 となり、コメディカルもその兆候を早く察知す るようになった。臨床では、症候群が揃い診断 基準を満たす前に、早期診断・治療が推奨され ている。また、悪性症候群の診断基準の微妙な 違いも重要な因子である。稀な副作用の頻度を 検討する時には、大きな母集団を対象として、 後方視的研究を行う必要がある。悪性症候群の 症候は37.5 ℃以上の発熱、重篤な錐体外路症 状、顕著な発汗、血圧上昇、頻脈、頻呼吸など の自律神経症状、緊張病症状(カタトニア)の 4 徴であると考えられており、厳密な診断基準 ではこのうちの3 徴以上が存在し、初めて診断 が可能である。しかし、上記4 徴のうち2 徴の みを中核症状とし、本来補助的な所見である白 血球増加やCPK 上昇が中核症状に含まれる診 断基準が使用された研究もある。結果、感染症 に筋肉内注射や打撲が加わりCPK が上昇した のみの症例が、悪性症候群と過剰診断にされる 可能性がある。
定型薬では、悪性症候群の危険因子として、 1)男性、2)脱水、3)身体的疲弊、4)リチウムの 併用、5)低ドーパミン状態を示す神経学的疾患 の存在などが知られている。非定型薬が使用さ れる疾患あるいは病態で、実は危険因子が存在 する場合がある。例えば、うつ病に対して非定 型薬を強化療法として使用するケースである。 うつ病は症例によっては、2)脱水、3)身体的疲 弊などの危険因子があり、クエチアピン100mg を抗うつ薬に強化療法として用いたところ、悪 性症候群が出現した症例が報告されている。ま た、双極性障害で非定型薬と4)リチウムとの併 用で悪性症候群が出現した報告が、少なくとも 7 報ある。パーキンソン病やレビー小体型認知 症は低ドーパミン状態が示唆される疾患であ り、抗精神病薬の適応となる状態像を示す場合 には、クエチアピンが第一選択である。しか し、5)レビー小体型認知症でクエチアピン 75mg により悪性症候群を発症したケースが報 告されている。Neuhut ら(2009)は非定型薬 で悪性症候群を呈した児童思春期症例が20 例 に上ることを明らかにしている。
次に非定型薬による悪性症候群の特徴を検討 する。Troller ら(2009)1)は非定型薬での悪 性症候群を検討した結果、クロザピンでは錐体 外路症状が軽度であるが、アリピプラゾールで はほぼ100 %で見られたとしている。非定型薬 による悪性症候群は非定型像を呈しやすく、非 定型薬による悪性症候群の診断基準の必要性を 示唆している。上記20 例の児童思春期例の計 23 エピソードでは、男子では精神病圏、女子 では感情障害圏が多く、23 エピソード中14 は 2 徴を満たすのみで、やはり非定型的な状態像 を示すとした。一方、本来は診断基準に含まれ ないCPK 上昇が児童思春期例の全エピソード で認められており、疑わしい症例ではCPK 測 定が診断的価値を持つ可能性が示唆された。
最後に悪性症候群の予後であるが、定型薬で は死亡率が成人では10 〜 30 %、児童思春期で は11 %で、重篤な後遺症を残したケースは 23 %に上った(Silva ら、1999)。抗精神病薬 を中止するまで、平均4.4 日かかっていたのも 原因と考えられる(Silva ら、1999)。非定型 薬による予後は、死亡率が成人は4 %、児童思 春期症例では0 %で後遺症とも0 %と報告され ている(Neuhut ら、2008)。抗精神病薬を中 止するまでは平均0.4 日であり、悪性症候群も 早期発見・治療も相まって、軽症化に向かっているのは間違いないと考えられる。
したがって、悪性症候群の予測、モニタリン グ、対策は、抗精神病薬を投与する前に危険因 子の有無を評価し、ベネフィットがリスクを上 回るかを慎重に検討すること、そしてその発生 を早期に疑い児童思春期症例ではCPK をチェ ックすることと考えられる。
【遅発性ジスキネジア】
Correl とSchenk(2008)は1 年以上抗精神 病薬が投与され、定型薬と非定型薬との発生率 の差を検討した研究をレビューし、その発生率 はそれぞれ7.7 %と2.98 %であり、非定型薬で 有意に低率であるとした。しかし、遅発性ジス キネジアの発生率を検討するには、下記のよう な困難がある。1)非定型薬で発生した症例は、 かつて定型薬を服用していた症例が含まれる、 2)非定型薬のみを服用していた症例に限定する と、投与期間は1 年ほどになり症例数も限られ る、3)抗精神病薬中断で生じる退薬性ジスキネ ジアは、遅発性ジスキネジアと鑑別が困難であ る、4)65 歳以上では抗精神病薬に暴露されな くとも自然発生的ジスキネジアが生じる、5)時 間帯や姿勢でジスキネジアの症状が変動する、 6)遅発性ジスキネジアの自然寛解率が2.5 %あること、などである。
定型薬による遅発性ジスキネジアには、次の ような危険因子や予測因子がある。1)高齢、2) 女性、3)器質性的病変の存在、4)気分障害、5) 電気けいれん療法の既往、6)長期投与、7)クロ ルプロマジン換算で300mg/日以上、8)急性期 の錐体外路性副作用、9)抗コリン薬の使用。も し、非定型薬にもこれが当てはまるとすると、 4)の気分障害、8)の急性期の錐体外路性副作 用、9)の抗コリン薬の使用が非定型薬でのリス クと関連が深いと考えられる。
Tarsy とBaldessarini(2006)2)は遅発性 ジスキネジアの症例報告を元に、各非定型薬の 遅発性ジスキネジアのリスクを検討した。確実 に非定型薬で生じた13 例中10 例がリスペリド ン、確実性がやや下がる39 例中22 例がリスペ リドンによるものであった。急性期の錐体外路 性副作用と抗パーキンソン薬の使用が予測因子 であることを考えると、高投与量のリスペリド ンはリスクが高いかもしれない。注意すべき は、児童思春期症例でも0.38 %と発症率は低 いとはいえ遅発性ジスキネジアは出現すること である。
韓国の研究では、第一選択薬としてクロザピ ンが使用されかつそれを約12 年継続している 101 症例を対象として、遅発性ジスキネジアの 罹患率を検討した。定型薬では20 〜 30 %にも 上る罹患率が、クロザピンでは3.96 %(4/101) という低率であり、しかもその4 例とも軽症で あった。他の非定型薬で類似した研究はないも のの、おそらくクロザピンが最も低リスクと考 えられる。残念ながら、クロザピンには致死的 な副作用である無顆粒球症が約1 %の頻度で出 現し、心筋炎、心筋症、糖尿病などのリスクが 高いため、本邦でのクロザピンの使用はそれら の副作用に迅速に対処できる病院のみに限定さ れている。その適応も難治性統合失調症に限ら れ、厳密な診断基準が設定されている。
遅発性ジスキネジアは難治性で、予防が最大 の治療であると言われている。ここ数年、定型 薬で生じた遅発性ジスキネジアの治療薬とし て、非定型薬が注目されている。Emsley ら (2004)はクエチアピンにより遅発性ジスキネ ジアが減少したことを報告した。またKinon ら (2004)はオランザピンを継続的に投与するほ ど、ジスキネジアが軽減するとしている。ま た、Chen ら(2010)は、リスペリドンとオラ ンザピンが遅発性ジスキネジアの軽減に等しく 有効であるとした。以上より、非定型薬は優劣 なく遅発性ジスキネジアの治療に有効である可 能性が示唆されている。
したがって、遅発性ジスキネジアの予測、モ ニタリング、対策は、投与前に危険因子有無を 評価し、出来うる限り高投与量のリスペリドン を避け、抗コリン薬の投与は必要最小限とする こと、遅発性ジスキネジアの症状は変動するこ とを考慮し、診断・評価に時間をかけること、非定型薬への切り替えを考慮する、である。
【遅発性ジストニア】
Kiriakakis ら(1998)3)は定型薬による遅 発性ジストニアの臨床的特徴として、1)罹病率 は2.4 %、2)発症年齢は男性33.5 歳、女性 43.7 歳と若年男性に多い、3)平均5 年という短 期間の投与期間で出現する、4)眼瞼けいれんが 先行する、5)寛解率は14 %と非常に低い、6)10年以下の投与期間では寛解しやすい(10 年 以下23 % vs10年以上6 %)をあげている。
筆者も、4)眼瞼けいれんが先行し、その後遅 発性ジストニアが生じた症例の経験がある。20 歳代の統合失調症の男性で幻覚妄想状態のため 入院加療を要し、リスペリドン・オランザピン に反応せず、最終的にハロペリドールで異常体 験がコントロールできた症例であった。病識が 十分にあり疾病について自ら勉強し、再燃再発 を来たさない生活を心がけ就職も果たした。外 来では「瞬きが多くなった」という訴えがあっ たが、筆者は眼瞼けいれんと気付かず、次第に 「車の運転が危険」で「通勤がままならない」 ほど悪化した。明らかな頸部のジストニアの出 現後に抗精神病薬の変更を行ったが、ジストニ アの軽減が見られないばかりか異常体験が再発 し、再入院に至ってしまった。非常に後悔が残 る症例であった。
このように一旦出現すると難治性であり、特 に統合失調症ではジストニアの軽減と抗精神病 作用のバランスを取ることが非常に困難であ る。また、自覚的にも他覚的にも目立ち日常生 活に支障を来たすため、遅発性ジスキネジア以 上にQOL に与える影響が大きい副作用と考え られる。
これまでに非定型薬リスペリドン、オランザ ピン、アリピプラゾールで遅発性ジストニアが 生じた報告がある。しかし、クエチアピンによ る報告はない。
海外ではクロザピンが最も有効であるとされ ている。しかし、上述したように本邦ではクロ ザピンの使用には制限があり、日常臨床に用い ることは出来ない。
一方、定型薬で生じた遅発性ジストニアがリ スペリドン、オランザピン、クエチアピン、ア リピプラゾールへの置換で軽減あるいは寛解し た数例の症例報告がある。興味深いことに、リ スペリドンおよびオランザピンによる遅発性ジ ストニア2 例が、クエチアピンへの置換で治癒 した報告がある。よって、本邦ではクエチアピ ンが遅発性ジストニアの治療に最も有用である かもしれない。
前述した症例では、眼瞼けいれんが出現した時点で遅発性ジストニアへの進展の可能性を疑い、早期にクエチアピンに置換すべきだったかもしれない。
他の治療法には電気けいれん療法があるが、 入院が必要であり有用性やその継続性に疑問が 残る。ボツリヌス治療は神経内科領域であるた め、ここでの言及は避ける。
遅発性ジストニアが口、下顎、頸部に限局 し、眼瞼けいれんを併発するものは、Meige 症 候群と呼ばれる。文章での説明ではイメージが 困難であるが、YouTube で公開されている映 像により、その症状群を容易に把握できるだろ う。Meige 症候群に限るとオランザピンの有効 例が3 例報告されており、クエチアピンと共に 試みる価値は十分にある。
遅発性ジストニアについて予測、モニタリン グ、対策は、若年男性に出現しやすく、眼瞼け いれんが先行することもある、そして出来れば 早期に最も安全なクエチアピンに置換すること と言える。
【終わりに】
以上より、非定型薬にも悪性症候群や遅発 性錐体外路性副作用の一定のリスクはあり、 その適応症例や投与量を吟味して用いる必要 があると考えられる。一方、非定型薬が遅発性 錐体外路性副作用の発症に予防的に作用する だけではなく、治療効果を有する可能性が示唆 されている。
【引用文献】
特に参考となるreview を記す。
1)Troller JN, et al: Neuroleptic malignant syndrome
associated with atypical antipsychotic drugs. CNS
Drug 23:477-492, 2009.
2)Tarsy D and Baldessarini RJ: Epidemiology of tardive
dyskinesia: is risk declining with modern
antipsychotics ? Mov Disord 21:586-598, 2006.
3)Kiriakakis V, et al: The natural history of tardive
dystonia: a long-term follow-up study of 107 cases.
Brain 121:2053-2066, 1998.
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(68.精神科領域の救急)を付与いたします。
問題
次の設問に対して○か×でお答えください。
HIV 早期診断のポイント
−沖縄県の現況を踏まえて−
問題
次の設問1 〜 5 に対して、○か×でお答え下さい。
正解 1.○ 2.○ 3.× 4.○ 5.×