沖縄県立南部医療センター・こども医療センター麻酔科
比嘉 久栄
麻酔科医として、善意の献血には連日非常に 助けられている。心臓血管外科手術においては 多くの症例で輸血を施行しており、超未熟児の 周術期管理においても輸血が必要となることが 多い。輸血により救命しえたという経験は数え 切れないほどある。一方で、いわゆる、エホバの 証人の信者のように輸血を絶対にうけいれない という方々も存在する。以下にエホバの証人サ イトにおける輸血に関する概念をまとめてみる。
エホバの証人公式ウェブサイトより抜粋(主に輸血に関してのまとめ)
・輸血を施す際の基準がそれほど一貫していない
・輸血は厳密に定義されていない医療行為・普遍的なガイドラインを導入するのは難しい
・輸血は生体組織の移植である
・輸血により肺炎・感染症・心臓発作・脳卒中の危険が増大する
・心臓手術の際に血液の主要成分を輸血することによって良くなることを裏付ける医学文献はなきに等しい
・医師たちは、輸血するか否かの決定を、自分が過去に受けた教育・文化的価値観・臨床判断に基づいて決定している
・外科医の技術の問題で輸血の可能性が高ま
る。すなわち、無輸血治療をうける患者は現
時点でもっとも質の高い外科処置を受けるこ
とになる
確かに、なるほどと思われる記述もある。以 前は慣習的に行われてきた10/30 ルール(ヘモ グロビン10g/dL ヘマトクリット30 %)は現 在では根拠のないものとなっている。平成21 年 に改定された「血液製剤の使用指針」において、 血小板・FFP の適応基準は数字としてはっき り明記されているが、ヘモグロビン値に関して は6g/dL 及び7g/dL を一応の目安としている が、一律に決めるのは困難であるとしている。 周術期に関しては肺機能障害・心疾患・脳循環 傷害が存在する場合はヘモグロビン値を 10g/dL 程度に維持することが推奨されている が、その値もまた、8g/dL でもよいのではない かとの報告も出始めている。逆に慢性的にヘモ グロビン値が低い場合に急激にヘモグロビン値 を上昇させてしまうと心不全を起こしかねない。
しかしながら、輸血による治療というのも、 当然、確かに存在する。急性・慢性の貧血に対 する濃厚赤血球輸血は、目標となるヘモグロビ ン値は現在一定していないが、施行しなければ 致命的になりうるし、DIC 状態における血小 板・新鮮凍結血漿輸血は治療となりうる。
一方、臨床的には、確かに輸血そのものが 「早すぎることがある」とは感じている。心拍 数・血圧・尿量等を主に確認しながら、その上 でヘモグロビン値を参考にして輸血開始するよ うにはしているが、もう少し待ってもよかった のではないかと考えてしまうこともある。しか しながら前述の厚生労働省の指針にもあるよう に、貧血は特に心機能・高次脳機能に傷害を引 き起こす可能性が高く、その上、現在では輸血 の安全性も高まっており、むしろ、貧血を放置 しておくほうが害を生じてしまうと判断してい るので早まってしまっている、ということであ る。輸血は現在、ただ救命のために行われてい るのではなく、特に術後においては、QOL : quality of life や臓器傷害の発生率減少なども 目的として施行される側面も強くなってきてい るだろう。
一方で、特に外傷性の心肺機能停止(主に大 量出血によることが多い)の生存率は1.5 〜 2 %と、非常に厳しい数値が報告されており、 その場合には大量の輸血も無効なことが多い。 その場合に、少しでも救命の可能性があるとし て輸血を施行するか、もしくは(主に宗教的な 理由による場合がほとんどだが)患者の意思を 尊重するかは難しい判断であろう。医療者とし ては、最大限、救命の可能性にかけたいという 思いはある。
麻酔科医として、輸血拒否をしている患者の 麻酔管理ははっきりいって敬遠したい。手術の 麻酔というのは、やはり治療という側面がどう しても弱いため、万が一ということがあっては ならない科だと思っている。そのため、少しで もリスクの高い症例には万全を期して望みたい という側面がある。手術の場合輸血する可能性 がゼロではなく、通常ならば可能である輸血が できないとなるとどうしても二の足を踏んでし まうのである。
しかしながら、輸血は万能ではなく、また逆 に害悪になってしまう可能性もはらんでいる。 エホバの証人や輸血拒否を示す患者だけではな く、一般的な患者に関しても、安易に輸血を施 行するのではなく、更なる考察・経験の積み重 ねが必要となるだろう。
参照
WATCHTOWER エホバの証人公式ウェブサイト
http://www.watchtower.org/j/index.html
血液製剤の使用指針 厚生労働省医薬食品局 血液対策課
INTENSIVIST 2010Vol.2.No3 外傷
メディカルサイエンスインターナショナル