嶺井第一病院 川上 憲章
年男ということで今回寄稿の機会を与えて頂いた。
自分は福岡生まれの山口育ち、医局人事では あるがこの地で働いている昭和39 年生まれの 脳外科医である。昭和39 年といえば、東京オ リンピック開催、東海道新幹線開通など我が国 にとってビッグイベントが多々あった年であ り、この前後に生まれた世代は高度経済成長の 波にのりぬくぬくと育ち、“新人類”と呼ばれ たこともある。ただし、その一方でまだ“根 性”“我慢”“忍耐”などの泥臭い言葉も抵抗な く受け入れられる世代だと思っている。加えて 自分の父親、祖父ともに福岡の、紛うこと無き 九州男児であり子供の頃からその辺りは厳しく 躾けられた(まあ新人類なので“そんな根性要 りません”と心の中でささやかな反抗をした記 憶はあるが)。
そんな自分も今年で恐ろしいことに48 歳に なる。人生50 年としたらもう終わりが近いが、 これまでの自分を総合評価、自己採点すると 60 点というところか。世間様から後ろ指を指 されないようにやってきはしたが、物足りなさ を覚える事は二つ三つでは収まらない。
仕事や人生面での志はあるが気概が足りな い。“一心不乱”とか“命を賭して”までの気 概がなかったと感じる。人の命を預かる責任あ る立場にあり、プライドを持ってしっかりやっ てきたつもりだ。しかしそれとは違うもの、そ れでも足りないものが“気概”だ。まだまだ甘 っちょろいなとつくづく思う。
話はそれるが、自分が育った山口県=長州の 名産の一つに総理大臣がある。明治維新以降、 最近では安倍晋三氏や菅直人氏(高校までは山 口県で育ち僕の高校の先輩だ)と世間の評価 は?の方を入れ9 名である。県民性は“薩摩 の大提灯、長州の小提灯”と言われ、先頭の人 に従う薩摩人に対し、長州人は一人ずつ単独で 動き、自己顕示欲や上昇志向が強く、理屈家で 論争好きとされ、政治好きも多い。笑い話だ が、自分が5 歳の頃“何になりたいの?”と大 人に聞かれたことがある。当時なりたいものな どもなく答えに窮したが、とっさに無難な答え を思いつき、それからはいつもこう答えてい た。“総理大臣”と。別に政治とは無関係な家 の子だが(祖父が福岡の田舎の町長になろうと したくらいで、それも道半ば病に倒れた)、周 りの大人も笑って見守ってくれたことだろう。 それ程までに政治や、明治維新を身近に感じる 所なのである。
明治維新とくれば吉田松陰である。松下村塾 (表現は悪いが天井の低い小さな掘立小屋です) には興味が無くとも何回か行っている(今の政 界には似たような名前の松下○○塾の方が多い が、その不甲斐なさに幸○助さんも泣いている でしょう)。子供の頃はただ、年上のおじさんた ちが凄いことをしたのだ、としか思っていなか った。だが本当は彼らは皆若く、吉田松陰(享 年30)、久坂玄瑞(享年25)、高杉晋作(享年 29)など夢半ばに亡くなっている。しばし自分 を彼らに重ね合わせると、時代があまりにも違 いすぎるとはいえ、彼らよりも馬齢を重ねてし まった今、自分の志の低さ、気概のなさに情け ない気持ちになる。こんなことじゃあいかん!
さて今年は年男ということもあり、なんとか 確固たる志とそれを成し遂げる気概を持てるよ うにならねばと覚悟する。新人類的には、今年 駄目なら次の年男の時にでも…、となりそうだ がその時は60 歳になってしまい、それどころ ではないかもしれない。うかうかはしていられ ないのである。