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アナログな還暦

宮城裕二

みさと耳鼻科 宮城 裕二

還暦を迎えて今年までの60 年間を振り返り 見た。戦後復興、バブル経済、不況、災害被害 など多彩なことがあった。

その中でも特記すべき事項は、アナログから デジタルへの移行であろう。昭和はアナログ終 焉時代、平成はデジタル躍進時代と位置づけら れる。アナログ時代を支えたのは、第一次ベビ ーブーム後の世代。今年還暦を迎える昭和27 年生の年齢層も「沖縄の団塊の世代」と呼ば れ、高度成長期の活気あるアナログ時代の一翼 を担っていた。

投げ入れられた小石で水面に波紋が広がるよ うに、東京を中心に文化、政治、経済情報が数 年の遅れで沖縄に伝わった。このゆっくりとし た時間の流れが、アナログのリズムだったので しょう。昭和アナログ世代の私が今も楽しんで いるのが、家族で粗大ごみと評価の低い、ポリ 塩化ビニール製レコード盤である。レコードに 帯電防止スプレーをかけ、丁寧にクリーナーで 拭き、針をレコード盤の上にゆっくりと置く。 この面倒な儀式を執り行うことで、プチプチノ イズの中から始まる音楽に気持ちを高揚させて いったのである。理論的にレコードの音は、 CD より高音質ではあるが、最近のCD やデジ タルの音は急速に進化しており、私の所有する 高級アナログステレオ装置で奏でる音を、息子 の安価なデジタル装置で再生できる。デジタル 音楽の優位性は著明で、新譜はすべてデジタル でしか配給されていない。これまで大切に買い 集めたレコードが、粗大ごみ化するのも納得さ せられる。

もうひとつ楽しんでいるのにカメラがある。 印画紙に浮かび上がる影に興奮した日光写真 が、写真を始めるきっかけであった。

フィルムカメラはフィルムの残り枚数を気に して、1 枚1 枚大切に露出、速度、構図に気を 配りシャッターを押す。現像に出した写真が手 に戻るまでの数日間、傑作を期待しわくわくし ながら待つ事も楽しみだった。満足する写真を 得るため、時間、資金を費やし鍛えあげた写真 技術だが、被写体にレンズを向けシャッターを 押すだけのデジタルカメラでは不要。初心者に もそれなりの写真が簡単に撮れる。当然ベテラ ンカメラマンにも恩恵はあり、フィルムカメラ では表現できない高度な特殊写真も写せるのは 嬉しいが、素人との差が短縮するのは悔しい。 近年、デジタルカメラしか売れないため、フィ ルムメーカー、カメラメーカーがアナログ製品 から撤退してしまった。写真の世界もまさにデ ジタル全盛期。私の本棚にある高級フィルムカ メラ5 台も粗大ごみになりつつある。

平成デジタル世代は、アナログ世代の二世ら が主役となる。私の若い勤務医時代は、病院か ら持たされたボケットベルに時代の最先端を感 じていたが、いまや携帯電話が1 人1 台所有の 時代。SF 小説で夢であった超小型パソコンが それである。デジタル時代の若者はその機能満 載の携帯を自在に扱って、存分に楽しんでいる。まったく驚きである。デジタルの効用で、 現代人は物資が豊富に溢れ便利で快適な生活を 謳歌しているように見える。しかし、その豊か さに比例して、はたして私たちは幸福を感じて いるだろうか、いささか疑問である。社会の速 い流れに巻き込まれ、疲労気味の現代人が田舎 の風景や古い町並みなど、アンティークな古美 術などに癒しを求めているのが現状である。こ れこそアナログへの回帰である。デジタル全盛 の中で、消えつつあるアナログに郷愁を感じる 還暦は、私だけで無いと思う。

今年は、災害のない平穏な年でありますよ う、祈念。