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心身症としての身体疾患の発症機序・病態の心療内科的理解の進め方

原信一郎

海邦病院内科・心療内科
原 信一郎

はじめに

心療内科という診療科の本来の意味は、「心 理的診断と心理療法も行う内科」と言うことで あり、その診療の対象は「心身症としての身体 疾患」である。うつ病や神経症などの精神疾患 ではない。ところで、内科的疾患や臨床各科に おける身体疾患を心身症であると診断していく には、心理社会的因子(ストレス)が密接に関 与し、心身相関の現象が見られることを明らか にしなければならない。そのためには、従来の 身体医学的な疾病モデルbio medical model に 基づくのではなく、心療内科的(心身医学的) な疾病モデルbio-psycho-eco-ethical なmedical model に基づくアプローチが必要である。 身体的アプローチだけでは十分な治療効果が得 られない症例の中には、心療内科的に検討して みると心身症として診断できる症例が少なくな く、適切な治療を行うと著明な改善が得られ、 寛解に導き得ることも多い。したがって発症の 早期から心療内科的なアプローチを行うこと は、地域社会の構成員の健康福祉問題の改善 を、身体のみならず心理社会的観点からアプローチするプライマリ・ケアとしての役割も果た しているものと思われる。

ここでは、(1)皮膚科学的・アレルギー学的 にも代表的な疾患であるアトピー性皮膚炎(以 下、AD と略す)の心療内科的診断と治療を紹 介し、(2)次に心身症の発症機序・病態の理解 の進め方ついて述べてみたい。

T. 症 例: Y.K 27 歳、女性

主 訴:頸と顔の痒みを伴う湿疹。

家族歴:兄に乳幼児期AD。

現病歴: 3 歳の頃に発症し、高校生の頃には 自然寛解した。卒業後、大学受験に失敗し、就 職した頃から痒みを伴う湿疹が出現するように なり再発した。仕事を辞めて、保母・小学校教 諭をめざし短大に入学した頃にはやや軽快して いたが、幼稚園に就職した22 歳のときから再 び増悪し、さまざまな治療も受けたが軽快しな いため、平成7 年に受診した。

臨床所見および検査成績:頸、顔を中心に浸 潤性紅斑、苔癬化局面、色素沈着が認められた。 WBC:5,280/μ l(Eo;6.0 %),IgE;280IU/ml; コナヒョウヒダニ(3)。

生育歴・心理社会的背景

1)二人きょうだいの妹として出生。母親は、2 歳年上の兄がAD を発症していたため、その 世話・養育におわれていて、患者は寂しい思 いを抱き続けていた。

2)3 歳の頃から、ときどき痒みを感じることが あった。幼稚園では先生や同年齢の子供たち になつけず、自分の感情を素直に表出するこ とが苦手であった。

3)小学校以来、先生や親(とくに母親)から、 学業をはじめ何でも優秀な兄とよく比較され、 劣等感や惨めな気持ちを抱き続けていた。

4)中学校・高校時代は、両親や周りの人たちに 認めてもらいたくて、運動部に所属し主将も 努めた。また、その頃から子供の気持ちが理 解できる教師になりたいと思っていた。学業 成績は良いほうではなかった。

5)大学進学について両親から猛反対されたが、自分の意思で受験にとりくんではみ たものの不合格となった。

6)その後、気の進まない事務員として 仕事に就きながら受験勉強に精を出 し、ゆとりやくつろぎのない生活を 送っていた頃に再発した。

7)20 歳のとき、短期大学に合格した。 昼間は、幼稚園の助手、夜間は通 学・勉強しながら一人暮らしも始 め、親の援助を一切求めず卒業し た。不規則な食事・睡眠不足・過労 などゆとりのない学生生活ではあっ たが、目標を達成できて、皮疹は軽快してい た。

8)22 歳のとき、保母として幼稚園に就職。周 りの期待に応えようと一生懸命働いたが、上 司や保護者との人間関係に伴って生じてきた 悩みや動揺を他人に知られないようにした り、不安や怒りなどの感情を抑えて我慢した りしていた。皮疹はこれまでにないほど増悪 してきた。

9)平成7 年受診し、皮膚科専門医と協力しなが ら心身両面からの治療を進めた(図1)。その 後、幼稚園は退職しパートタイマーの仕事に 就きながら教師の採用を待っていた。皮疹は ほぼ寛解したため治療を終結した。平成11 年、念願の小学校教諭に採用された。その 後、寛解状態が持続している(図2)。

ところで、本症例の発症と経過に関与してい た身体的および心理社会的因子は次のようにま とめることができる。

図1

図1 症例Y.K.の治療経過

図2

図2 皮膚炎の改善 上:治療開始時 下:治療終結後時

1)先天的・遺伝的素質としてのアトピー素因は 少なからずみられるが、19 歳のときに再発 し、その症状の出現を誘発した因子としては、 気の進まない仕事に就き、無理をして受験勉 強に取り組み、ゆとりや寛ぎない生活を送っ ていた中で、進学に理解のない両親に対する 怒りや合格に達する成績が得られるかどうか などの不安な感情を持続させていたこと。

2)また、症状の出現を容易にした準備因子とし ては、親とくに母親の愛情をめぐるきょうだい葛藤があり、劣等感や惨めな気持ちを持続 させていたことなどの情動(不安、恐怖、怒 りなど)や欲求(依存、愛情、承認など)を 意識的・無意識的に抑圧し、またそのような 感情や欲求を適切な言葉で表現できなかった こと(アレキシサイミア; alexithymia ;感 情表現困難症)。さらに、両親や周りの人た ちに認められたくて頑張り過ぎたり、無理をし過ぎたりするような必要以上の適応努力を 払い続けていたことがあげられる。

3)さらに、症状を持続・増悪させた因子とし て、親の援助を求めなかったこと、さまざま な悩みや動揺を他人に知られないように一人 だけで悩んでいたり、また病気の予後につい て悲観的になり、うつ状態がみられたことな どがあげられる。

重症化・難治化していたアトピー性皮膚炎の 症例を通して、心身症としての身体疾患の心身 相関の理解の進め方について略述した。なお、 本症例の治療の詳細などについては文献を参照 されたい。

次に、ここではより一般的に、心身症として の身体疾患の発症機序・病態の理解の進め方に ついて述べてみたい。

V. 治療的信頼関係の確立

内科や臨床各科における身体疾患を心身症と して理解していくためには、bio-psycho-eco-ethical な心療内科的(心身医学的)医療モデ ル基づいたアプローチが欠かせないが、そのた めには、患者と治療者との治療的信頼関係の確 立が必須である。治療的信頼関係とは、治療者 自身が精神的にも安定しており、患者に受容的 に接して安心感を与えることで、患者も安心し て何でも話すことができるような関係のことで ある。治療者は、患者の話した内容について社 会的な価値判断をすることなく、どのような話 にも共感し、患者をありのまま受け入れ、患者 が有している治癒力を信ずること、また病気を 克服することで人間的に成長していける可能性 に信頼をおくことも大切である。

W. Bio-psycho-eco-ethical なmedical model に基づくアプローチ

1)生物学的(身体的)因子について 

近年、生体に身体的なストレッサーが加わる と、脳内にどのような変化が起こり、それが末 梢臓器にどのように影響を及ぼすかの研究の進歩はめざましいものがある(図3)。それに踏ま えて、次のようなことがみられる場合は、心身 症の可能性があると言える。

図3

図3 ストレスの主要経路(永田,1999 年)

1)家族歴に同一疾患がみられ、遺伝的因子の 関与が大きいと考えられるが、その疾患が心 身症ないしはストレス関連疾患としても診断 されることがある場合。

2)臨床検査により、その疾患の診断に役立つ 異常所見(図3 に挙げられているホルモンや 神経伝達物質の増減がみられる)を認める が、その身体症状がストレス状況の改善・増 悪に対応して軽快・悪化している場合。

3)その疾患に有効とされる薬物を用いるとあ る程度は効果を認めるが、期待されただけの 効果が認められない場合。

2)心理社会的因子について

1)幼小児期よりさまざまな事情により親また は親代わり(養育者)との間で基本的な信頼 関係を体験することができなかったために、 成人後も人との間に信頼関係を築くことに難 渋し、基本的な安定感に欠けている。

2)幼小児期から年齢相応の生活体験をしてお らず、成就体験に欠け、ストレス対処能力も 低く、さまざまなことを否定的に受けとめ、 それにより引き起こされた陰性感情を抑えて 絶えず緊張している。この時期からの認知の 歪みにより引き起こされた陰性感情を抑える ことによって生じた内的緊張を持続させて、 発症を容易にしていることが多い(図4)

図4

図4 心身症の発症機序(仮説)

3)その発症が、入園・入学・進学・就職・転 職、結婚・離婚・再婚、昇進・降格、定年退 職など生活環境、人間関係の役割の変化と関 連し、次のような状態が持続している。

  • a)自分の欲求の実現や感情、特に陰性感情の 表現ができない。
  • b)それまで身につけてきた価値観や対処行動 で適切に対処することができない。
  • c)それにより自分のプライドが保てなくなっ ているか、良心が傷つけられている。
  • d)気分転換や息抜きができず、リラックスで きない生活を余儀なくされている。

4)発症後、決まった時間や同じような状況に なると、その疾患の臨床症状が出現したり増 悪したりして暗示・条件付けがみられる。

5)諸種の心理学的検査により感情抑制的、ア レキシサイミア傾向、過剰適応的な傾向など がみられる、など。

3)環境的因子について

1)個体のリズムを崩すような人工的な環境。

2)個体に有害となる物質を発生させ、身体的変化を引き起こすような環境。

3)個体に不安や恐怖などを引き起こすような環境、など。

4)倫理的因子(特に患者―医師関係について)

1)医師(医療スタッフ)が、患者の人権に無 頓着で治療的に効果のある信頼関係を作ろう としない。

2)医師(医療スタッフ)が、患者とその家族に対して医療不信を引き起こすよう な言動をとることが多い。なお、 医師の言動による、いわゆる医原 性疾患を引き起こさない配慮も必 要である。

3)医師(医療スタッフ)が、患者 の疑問を解き、不安を和らげるよ うな説明責任を果たしていない。

X. 心身症の閾値論的発症過程

これまで述べてきたような心身症 としての身体疾患の発症機序・病態 を閾値論的な立場から検討すると、医療スタ ッフにとってもより理解しやすいし、患者に対 しても心療内科的な治療の必要性を説明し同 意も得られやすい。

すなわち、心身症としての身体疾患は、遺伝 的・先天的な素質や気質を基盤として、それ に準備因子としての後天的な諸因子が加わっ て、いわゆる発症準備状態が成立し、それが成 立したところに誘発因子としての後天的な諸因 子が加わって生じた身体的な変化と、そのとき の生体の防御機能との兼ね合いにより、過敏な 臓器に機能的ないし器質的な障害が引き起こ されて発症してくるものと考えるわけである (図5)。したがって、心身症の心療内科的治療 は、さまざまな誘発因子(ストレッサー)に対 して適切に対処できるように、それぞれの患者 の発症準備因子を解決して、その閾値を下げ ていけるように援助することにその核心がある と言える。言い換えれば、たんにストレスを解 消することではなく、ストレッサーがストレス にならないように、柔軟な認知、適切な感情・欲求の表現、そしてさまざまな角度から思考し 判断ができるようになり、適切な対処行動が上 手にとれるようになれることを目標とするので ある。

図5

図5 心身症の閾値論的発症過程

おわりに

現代のストレス社会において、人が身体疾患 に罹患するのには、それなりの社会的理由があ るはずであるが、それぞれの身体疾患の発症機 序・病態の理解だけでなく、患者がどのような 環境に生まれて、どのように育てられて、どの ような生活体験をして、日常のさまざまな刺激 をどのように受けとめて、どのように 対処し、どのような生き方をしようと しているのかという個人的な生活の要 素が与えている部分の関与を明らかに することが大切である。bio-psycho-eco-ethical な医療モデルは、心療内科の特 別な考え方ではなく、臨床各科におい てもそのような心身両面からのアプロ ーチが行われることを切に望みたい。

文献
1)原信一郎 他:アトピー性皮膚炎の発症と経過に関与 し得る家族関係,アレルギー・免疫,Vol.9,No.4,46-52, 医薬ジャーナル社,2002.
2)原信一郎 他:ストレスと喘息,治療の実際,心理療 法,Progress in Medicine,Vol.23,No.2,637-641,ライ フ・サイエンス,2003.
3)原信一郎:アレルギー疾患の心身医学的アプローチ X,対策;―専門的な心身医学的アプローチ,アレルギ ーの臨床,Vol.18,No.2,54-58,北隆館,1998.
4)心療内科実践ハンドブック:症例に学ぶ用語集,日本 心療内科学会監修,日本心療内科学会用語委員会編 集,2009.
5)久保千春 編:心身医学標準テキスト,医学書院,2002.
6)河野友信,吾郷晋浩,石川俊男,永田頌史:ストレス診療 ハンドブック第2 版,メディカル・サイエンス・イン ターナショナル,2003.