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「救急の日(9/9)・救急医療週間(9/9 〜 9/15)」に寄せて

久木田一朗

琉球大学大学院医学研究科救急医学講座教授・沖縄県MC協議会長
久木田 一朗

【はじめに】

昭和57 年に制定されたという「救急の日・ 救急医療週間」に寄せて考えるに、市民が行う 応急処置や救急業務、救急医療の大切さが当の 一般市民へ広まっているであろうか。救急の英 語表記はemergency(緊急事態、非常の場合) もしくはacute(急性の)などと記載されるが、 人はだれでも生死を分ける重大な事態に陥った り、他者や家族のそういった事態に遭遇する可 能性がある。すばやく気づき、すばやく対応し なければならないことを皆が自分のこととして 意識すればこの日だけ、この週だけの話ではな いはずである。現状は、29 年目にしてまだま だ「救急の日・救急医療週間」を続けなければ ならない状況であると言わざるを得ない。この キャンペーンが「受信者」である一般市民に自 発的な何らかの行動を引き起こすことができる か、今年の東日本大震災を経験した後では医療 や救急業務を担う「発信者」も、「受信者」も これまでに増して自分のこととして考え、共有 するなんらかの「気づき」が自然に広まるもの であってほしい。我々は今年、人としてやむに やまれず行動するボランタリーな活動が日本人 に備わっていることを知り、「絆」というすば らしい言葉を思い出すことができた。

【なぜ救急の日が必要か】

心停止に対する閉胸式心圧迫法実施の論文が 初めて掲載されたのが1960 年のJAMA であ り、昨年50 周年を迎えた。日本における院外 心停止約10 万人のうち約5 万人は心原性心停 止であるとされる。心肺蘇生法(以後CPR と 略す)の実施率は40 %台である。この膨大な数の方々の生死に係る研究の成果がまだ50 年 ほどのものであっても、携帯電話の普及の早さ からすれば、一般市民への定着がまだまだであ るという評価もできる。近年、蘇生法の環境が 大きく変わった。AED(自動体外式除細動器) の普及である。その効果は、目撃のある心停止 でAED が使用されなかった1 万9 千例の1 ヶ 月生存率が9.7 %に対して、AED が使用され た287 例では、42.5 %と4 倍以上である。一般 市民へこれらの情報が十分伝わり、「受信者」 である一般市民が自発的にCPR を行い、AED を使用すれば、明らかに効果が高いのである。 このような情報を広め、機器を設置し、いざと いう時に実施できる人を増やすことは「発信 者」の使命であろう。

【5 回目を迎えた県民救急・災害フォーラム】

平成17 年からはじめた県民救急・災害フォ ーラムは平成20 年の第4 回まで開催した。こ のフォーラムの目的は早期の除細動がいかに効 果的かを一般市民に知ってもらい、実施率を高 めること、災害時の「自助、共助、公助」の考 え方を啓発することであった。4 年間で県内 AED の設置は進んだ。今回平成23 年に沖縄県 医師会に後援頂き復活することになった理由 は、3 月11 日に起きた東日本大震災を経験し て一般市民への啓発の重要性を考えた上でのこ とである。今回は、第1 部で震災における医療 支援報告、第2 部では沖縄で災害が起きた時の 備えについてのパネルディスカッションを計画 した。

【東日本大震災での沖縄県医師会JMAT の活動】

東日本大震災は、地震、津波、原発事故と多 大な被害を東北関東の広汎な地域に及ぼした。 未だ災害対応も進行中で、復興には多くの時間 を要するものと思われるが、我が国の災害史上 に残るものである。沖縄県医師会JMAT の活 動は3 月15 日に出発するというJMAT として 極めて迅速であったばかりでなく、参加人数 79 名という規模で、5 月末までの79 日間とい う長期に被災地の医療を支え、医療復興にも貢 献した貴重な活動であった。今回が日本の JMAT の初出動といわれる中、沖縄県医師会の JMAT はたいへん意義のある活躍を成したが、 特筆すべきは医師会所属の開業の先生方が、自 身も地域で診療をしている中で8 日間に及ぶ派 遣をボランタリーに参加し、ほとんど参加枠の 空きを探すのがたいへんなくらいであったこ と、県医師会が主体的に組織を挙げて実施した ことである。参加者は専門分野も異なり、施設 も異なるのによく連帯し、多様な能力を発揮 し、さまざまな支援を成しえたことを敬意を持 って伝えたい。

【ガイドライン2010 の変更点】

「心肺蘇生と救急心血管治療のためのガイド ライン(以後G と記す)」が2005 年の改訂以 来5 年目となる2010 年に改訂された。その主 要な変更点について米国心臓協会(AHA)の G2010 を基にまとめてみたい。その根本にな る点は、蘇生のためにはバイスタンダー(その 場に居合わせた人)の積極的な対応が重要であ るということである。CPR の質の向上と実施 率を上げること(図1 参照)、さらに心停止後 ケアの重要性を新たに強調すること(図2 参 照)で心停止の転帰を改善させることを目的と した1)

図1
図2

1)質の高いCPR の重要性

G2010 ではCPR を以下のように改訂し、 質の高いCPR を引き続き強調している。

・胸骨圧迫のテンポを100 回/分以上とする(約100 回/分から改訂)

・成人への胸骨圧迫の深さを5cm 以上とする(4 〜 5cm から改訂)

その他胸骨圧迫解除を完全に行うこと、胸 骨圧迫の中断を最小に、過剰な換気をさける ことは質の高いCPR の要件としてそのまま 残った。

2)A − B − C からC − A − B への変更

心停止と判断すれば従来はA − B すなわち 人工呼吸からはじめていたものを、C すなわ ち胸骨圧迫から開始するという手順に変更さ れた。その理由は、胸骨圧迫であれば多くの 人が抵抗なくできるであろうこと(図1 参 照)、圧迫が早期にはじまるためである。

3)「息をしているか見て、聞いて、感じる」 の削除

一般市民は反応の有無を確認し、呼吸なし か正常の呼吸なし(死戦期呼吸のみ)であれ ば心停止の徴候として胸骨圧迫から開始す る。従って、呼吸の確認は心停止の確認の一 部として手短に行われる。医療従事者は脈拍 の有無の確認が含まれるが心停止と判断すれば胸骨圧迫から開始するので、やはりC − A − B である。

4)乳児でもAED の使用を認める

乳児へのAED の使用で有害事象みられず、 AED 使用のメリットがあることがわかった ため変更された。

5)チーム蘇生

1 つのチームとしてCPR を行うことの重要 性がますます強調されつつある。

6)心停止後ケアの体系化

心肺機能と神経系のサポートさらには低体 温療法とPCI 施行も含まれる。

ガイドライン2010 の詳細はガイドライン 2010 ハイライト1)をご参照頂きたい。県内で AHA のBLS, ACLS, PALS, ACLS-EP コー スの受講を希望される場合、日本ACLS 協会 のHP からコースのご案内を開き、沖縄開催コ ースを参照頂き、申し込みできます。HP の URL はhttp://www.acls.jp です。沖縄トレー ニングサイトはNPO 法人沖縄救急災害医療機 構、電話098-895-1198。

最後に「救急の日・救急医療週間」に寄せて 救急医療を取り巻く環境は厳しいが、医の原点 であり、大切な命を預かる仕事として若い医 師、看護師、救急隊員のモチベーションが高ま るよう努めたい。

文献
1)アメリカ心臓協会 心肺蘇生と救急心疾患治療のため のガイドライン2010 ハイライト Mary Fran Hazinski, RN, MSN 編、2010AHA(イン ターネットで取得可能)