友愛会豊見城中央病院放射線科統括部長
豊崎クリニック沖縄PET 画像診断センター 勝山 直文
【要旨】
福島原発事故から半年近くが経過しましたが、以前として収束の目処は立ってい ない状況です。福島県だけでなく、全国においても汚染は広がっています。また、 食物連鎖による内部被曝も住民の不安を増強させています。放射線は目に見えず、 臭いもなく、人体には感じません。低線量被曝の影響は直ぐには発現しませんし、 また、その影響の程度は不明な点があります。
今回のこのコーナーでは、放射線の正しい知識獲得と患者様や市民への説明ができ ることを目的とします。また、今後沖縄県としての対応についても多少言及します。
2011 年3 月11 日に発生した東日本大地震で 亡くなられ方々のご冥福をお祈りするととも に、ご遺族の方々に心からお悔やみ申し上げま す。また、被災された皆様および福島原発事故 により種々の被害を受けた皆様に心よりお見舞 い申し上げます。福島原発事故から半年近くが 経過しましたが、依然として収束の目処は立っ ていない状況です。福島県だけでなく、福島の 近傍県や全国においても汚染は広がっていま す。また、食物連鎖による内部被曝も住民の不 安を増強させています。放射線は目に見えず、 臭いもなく、人体には感じません。低線量被曝 の影響は直ぐには発現しません。また、被曝の 影響についての情報が氾濫しており、どれを信 用して良いか解らない状態です。更に、成人よ り小児への放射線の影響は強いと聞けば、小さ いお子さんが居られるご家族では、パニック状 態になるのは当たり前と思われます。
我々医師は、このような現状で被曝を受け た、あるいは受けた可能性がある人たちにどの ような説明ができるでしょうか。また、日常医 療での放射線被曝についてもきちんと説明する 必要があります。今回のこのコーナーでは、放 射線の正しい知識獲得と市民・患者への説明が できることを目的とします。また、今後沖縄県 としての対応についても多少言及します。
放射線には幾つかの種類があり、人体への影 響がそれぞれで異なります。ガンマ(γ)線、 エックス(X)線、ベータ(β)線、中性子線 などは大差ありませんが、アルファ線(プルト ニウムなど)の内部被ばくは影響が非常に大き いです。
半減期:放射性核種が壊変し、放射能が半分に 減少するまでの時間を物理学的半減期といいま す。例えば、ヨウ素131 は8 日、セシウム137 は30 年、ストロンチウム90 は28.7 年です。元 素が体内に取り込まれてから、その元素の量が 半分に減少するまでの時間は生物学的半減期で す。実際の内部被曝量の計算には上記二つの半 減期より計算される有効半減期が用いられます (1/有効半減期= 1/物理学的半減期+ 1/生物学的半減期)。この式で解るように、物理学的 半減期が30 年と非常に長い場合にはその項は ゼロに近くなり、生物学的半減期≒有効半減期 となります。従って、内部被曝を問題にすると きは、物理学半減期はそれほど問題となりませ ん。ヨウ素131 の有効半減期は6 〜 7 日です。 セシウム137 は体内では、カリウムと類似した 挙動がとられ、筋肉などに多く分布します。生 物的半減期は数十日ですので、有効半減期もほ ぼそれと同等です。ストロンチウムは骨に特異 的に集積します。年齢により骨代謝速度は異な り、若い人ほど骨への集積は高いですが、生物 学的半減期は高齢者や成人と比較し、短いで す。高齢者では、骨への集積率はそれほど高く はありません。
放射線の単位
・ベクレル(Bq): 1 秒間に壊変する放射性 原子核数で、放射性物質が持つ放射線を出す能 力(放射能)です。
・グレイ(Gy):熱量の単位で、物質が吸収 した放射線のエネルギー量です。
・シーベルト(Sv):放射線防護の観点から 考えられた単位です。放射線の種類、被曝した 臓器により異なります。ちなみにガンマ線やX 線では1Gy ≒ 1Sv です。
・ベクレルとシーベルトの換算式:内部被曝に おける線量計算は換算係数を用いて行われま す。各放射性同位元素の換算係数はICRP Pubul.72 に載っています。
・受ける放射線量(mSv)=換算係数×放射能 の強さ(Bq/Kg)×飲食量(Kg)です。
例題1 :都内の水道水から検出されたヨウ素 131(8.59Bq/Kg)、セシウム137(0.45Bq/Kg) を含む水を、成人が1 日あたり1.65 リットル (キログラム)、29 日間飲んだ場合
ヨウ素131 : 0.000042(換算係数)× 8.59 (Bq/Kg)× 1.65(Kg/日)× 29(日)= 0.01726mSv
セシウム137 : 0.000013(換算係数×0.45(Bq/Kg)×1.65(Kg/日)× 29(日)= 0.00028mSv
合計が0.01754mSvとなり、1mSv以下とな ります。
例題2 :セシウム137 が1000 Bq/Kg 検出さ れた肉牛ステーキ200g を摂取した。
0.000013(換算係数)× 1000(Bq/K)× 0.2(Kg)= 0.0026mSv
例え、3 6 5 日間毎日食べたとしても、 0.949mSv です。ちなみにセシウム137 の国の 暫定基準値は500Bq/Kg です。
放射線影響の発現機構
放射線が我々の身体を構成している原子にエ ネルギーを与え、電離を起こすことで初めて放 射線影響を起こす最初のきっかけが生じます。 電離によって生じた自由電子と陽イオンは、細 胞の最も重要な生体高分子DNA を直接的ある いは間接的に攻撃します。人体影響への寄与が 大きい変化は、今日ではDNA の二本鎖切断と 考えられています。DNA には、細胞の生命体 としての活動に必要な全情報が存在しています ので、細胞にはDNA に起きた傷を修復する機 構が備わっています。切断箇所が少なければ完 全に修復されますが、切断箇所が多ければ修復 されても不完全な修復になります。切断箇所が 非常に多ければ、いずれの形の修復も不可能と なり、細胞は死にます(細胞死)。不完全な修 復の場合、DNA が誤った情報を持った、正常 な細胞とは違った細胞となります(突然変異細 胞)。細胞死または突然変異細胞の出現が基礎 となって種々の人体影響が起こります。
放射線による悪性腫瘍の誘発
原爆被爆者集団の疫学調査から、放射線被ば くによって発がんリスクが高くなることが示さ れました。しかし、必ずしもすべての臓器でリ スクが高くなったわけではありません。リスク が高くなった主な臓器は、甲状腺、乳房、胃、 肺、骨髄等です。白血病でも慢性リンパ性白血 病は増加していません。潜伏期は、白血病とそ の他のがんでまったく異なります。白血病では、被ばく後2 〜 3 年から増加を始め、6 〜 7 年でピークとなり、その後次第に減少します。 その他のがんでは、被ばく者ががん好発年齢に なると発がんしますので、被ばく時年齢が若い 程潜伏期は長くなります。
現在、世界的に原発放射線作業従事者や医療 における放射線作業従事者などの低線量放射線 被曝についての疫学的研究が非常に多く発表さ れています。かなりの線量の被曝に関しては、 癌による死亡率と累積線量に相関が見られたと の報告もあります。殆どの報告では低線量被曝 と癌による死亡と間に有意な相関は見られてい ません。それ以外でも、細胞レベルや動物での 基礎的実験も多数行われています。今後、疫学 的研究と基礎的研究による総括的な結果がでる ことを期待します。
放射線障害とその防護の歴史
1895 年にレントゲンによってエックス線が 発見されたことをもって放射線の歴史の始まり とすれば、人類の放射線障害の経験はそれと殆 ど時を同じくして始まっています。これに対し、 少しずつではありますが初めは個々の場におい て、次いで国、学会など種々のレベルで放射線 防護が考えられ実施されるようになり、1928 年には国際X 線ラジウム防護委員会が発足、 1950 年には国際放射線防護委員会(ICRP)へ と改称しました。その後ICRP は、世界各国の 放射線防護の基本的考え方と実施法に対し指導 的役割を果たしてきています。1977 年勧告以 来、線量限度は放射線防護における線量制限体 系の三要件のうちの一つと位置づけられまし た。すなわち、放射線被ばくをもたらす行為の 正当化、放射線防護の最適化、被ばく線量の制 限の3 点からなる線量制限体系が放射線防護の 要点とされ、線量限度は線量制限体系の一要素 とされました。2007 年には、ICRP Publ.103 で、放射線作業者(職業人)については、主と して発がんなどの確率的影響を避けるものとして実効線量限度を定め、20mSv/年(5 年間の 平均線量)、最大50mSv/年を超えないこと、 妊婦の胎児について1mSv/妊娠期間、公衆に 対しては、実効線量限度として1mSv/年を定め ました。
低線量放射線被曝について
低線量の放射線被曝による人体への影響につ いては、不明であります。ICRP(国際放射線 防護委員会)では、広島・長崎での被曝者の長 期調査により、100mSv 以上の被曝量では、直 線的に白血病や癌の発生が見られていますが、 100mSv 以下の低線量での増加は、広島・長崎 の原爆被爆者の長期の追跡調査を持ってして も、影響を確認できない程度であります (ICRP Publ. 103, 105)。原爆被爆では、線 量を一度に受けたものですが、今回の被曝は、 線量を長期的・慢性的に受ける状況であり、リ スクはさらに低くなります(ICRP Publ.82, 103)
放射線影響量と防護量について
放射線影響量とは、放射線による人体への影 響を生物学的ないし疫学的な研究に基づいて科 学的に解析して得られた線量です。一方、放射 線防護量とは、防護のための考え方から、基本 的には社会的合意の上に定められたものです。 被ばくにより何らの利益も受けない人が放射線 を浴びる意味はないという観点から、公衆の被 ばく限度は、自然放射線と医療被ばくを除いた 被ばく線量が年間1mSv という、自然放射線被 ばくを下回るほどのきわめて小さな線量に規定 されています。
また、放射線作業者に対しては、5 年間で 100mSv 以下、単年度は50mSv を超えないよ うに管理することが義務づけられている。これ らの線量限度と総称する規制値は、各種の施策 を実行するための防護量であり、影響量とは区 別されなければならない。
最新のICRP の防護基準(2007 年)は、3 つの原則に基づいています。
第1 には、個人や社会の利益が被害を上回る ときにだけ被曝が正当化されること。第2 は、 被害と利益の両方を勘案し、リスクの総和が最 も小さくなるように防護活動を最適化すること。 そして第3 は、平時には個人の被曝線量に限度 を設定することです。緊急時には、単に線量を 低減することだけでなく、さまざまな要因を考 慮し、できる限り、被曝線量を低くする必要が あります。ICRP の2007 年勧告は、最適化の線 量基準を(1)年間1mSv 以下(2)同1 〜 20mSv(3)同20 〜 100mSv −の3 つの枠で示 し、今回のような事故時では年間20 〜 100mSv で対応するよう勧めています。これを受け、政 府は年間累積放射線量が20mSv を超える恐れの ある地域を計画的避難区域と定めました。
医療被ばく・職業被ばくと災害による被ばくとの違い
医療被ばくは患者の健康を守るという利益を 保証した上での被ばくであり、放射作業者の被 ばく(職業被ばく)は、放射線利用に伴う作業 という社会的利益のための被ばくであります。 これに対して、災害による被ばくは公衆に何ら の利益ももたらさない被ばくであり、これらの 3 種類の被ばく量を相互に比較する意味は少な いです。このため、災害による被ばくが発生し た場合は、市民の安全を考えた緊急避難や、緊 急時の特別な線量管理、緊急被ばく医療体制の 整備などの対応策がとられるべきであり、考え 得るリスクに対する総合的・合理的な判断に立 って、健康への悪影響が発生しないように、最 善の努力がなされるべきであります。
内部被ばくと外部被ばく
内部被ばくは吸入または経口、経皮摂取によ り体内に取り込まれた放射性物質からの被ばく を、外部被ばくは身体の外にある放射線源から の被ばくを指します。アルファ線のように極め て高い生物効果ではなく、通常のガンマ線やベ ータ線のように同等の線質係数を持つものにつ いては、内部被ばくであっても外部被ばくであっても、その影響は臓器の吸収線量で決まり、 内部被ばくを特別扱いする必要はありません。 そのため、人への放射線被ばくの影響を考慮す る場合には、内部被ばくと外部被ばくを合算し ます。今回の福島原発災害では、現時点におい ては、放射性ヨウ素による内部被ばくへの寄与 は小さいです。警戒区域や計画的避難区域に指 定された浪江町、飯舘村、川俣町の4 〜 69 歳 の男女計122 人に内部被曝線量測定が放射線医 学総合研究所で施行されました。122 名全員が 1mSv 未満の被曝線量でした。
小児への放射線影響
広島・長崎の原爆被爆者の調査結果などか ら、放射線影響による発がんの生涯リスクには 被ばく時の年齢が大きく影響することが明らか となっています。たとえば、白血病以外の全て のがんの相対リスクは被ばく時年齢が10 歳以 下の場合では、対照者の2.32 倍となっていま す。先の項で述べたごとく、100mSv 以下の低 線量における発がんリスクは、小児においても 確認されてはいませんが、小児の被ばくに対し ては、多くの場面で特別な配慮がなされなけれ ばなりません。
学校生活や住民生活の制限
ICRP(国際放射線防護委員会)は、災害時 の公衆の線量管理について、緊急時は20 〜 100mSv、緊急事故後の復旧時は1 〜 20mSv と しています(ICRP Publ. 103)。また、残留 した放射性残渣によって生じる長期被ばくに関 して、10mSv を下回る被ばく線量の場合に、 これをさらに低減するために実施する行為は、 正当化されにくいと勧告しています(ICRP Publ. 82)。いずれにしろ、長期的には1mSv 以下が目標であり(ICRP Publ. 111)、でき る限り早く平時の状態に戻す必要があります。 学校生活や市民生活の制限に際しては、市民の 感情、学校教育の実施、線量低減のための費 用、生活の制限に伴う苦痛などを総合的に考慮 した判断がなされることを望みます。
原子炉作業者の被ばく
今回のような原子炉災害に伴う緊急作業者に 対しては、事前に、通常よりも充実した内容 の、放射線影響に対する教育が実施されるべき であります。作業者が作業の重要性を理解し、 安全に安心して作業を継続できるように、また、 緊急時の線量限度(250mSv/年)に近い放射線 を被ばくした場合でも過剰な不安に陥ることが ないように、メンタルな面を含む十分なケアが 必要となります。なお、常に健康管理を充実さ せ、線量限度を超えた可能性のある緊急時には 直ちに健康診断を実施しなければなりません。
長期低線量放射線被ばくの人体への影響は確 率的影響である発癌が主であります。しかし、 多くの疫学的研究からは影響があるとの結果は 得られていません。そこで、ICRP ではしきい 値のない直線モデルを、放射線防護の観点から 提唱しています。今後、更なる基礎的研究ある いは疫学的調査により、このモデルに関しても 変更・改善がなされ、一般の人たちにも、理解 し易いものとなる必要があります。
原発を電力源としている国では、国策として 行っています。そのため、原子力の安全性ある いは放射線の影響に関して、影響を少なく見積 もる傾向が多少あります。それとは逆に原発反 対派では、放射線の影響を過大に見積もる傾向 があります。どちらの意見が正しいかはまだ結 論が得られていません。ネットやメディアから の情報には、出所を知った上での理解が必要と 考えます。
放射線量の日々のデータの信頼性も重要で す。広範囲に渡る空間線量、地表線量、水中線 量、海底線量、さらには種々の食物や飲み水の 放射能量の正確かつ迅速な発表とそれによる影 響についての発表は統一機関からなさらなけれ ばなりません。住民の安心感は正確な情報以外 にないからです。しかし、政府、電力会社、原 子力保安院などに対する信頼は地に落ちており ます。信頼の回復の努力は政府により速やかに行わなければなりません。
我々医師、放射線科医はそれらのデータを基 づいて、住民に対して説明するわけです。しか し、基本データに対し不安・不信があれば、両 者の信頼関係を築くことは不可能です。
沖縄県には原発はありませんが、米軍の原子 力空母あるいは潜水艦の寄港地(うるま市ホワ イトビーチ)になっています。また、与那国島 近くの台湾には原発があります。更に、沖縄駐 留米軍には未だに核兵器の存在疑惑があり、劣 化ウラン弾の存在もあります。他国からの核搭 載ミサイルによる実験あるいは攻撃も視野に入 れておくことも必要です。日本では緊急被ばく 医療体制が1999 年9 月に茨城県東海村で発生 したJOC 臨界事故後に立ち上げられ、日本各 地の原発が存在する県では、そのシステムが稼 働しています。しかし、沖縄には原発が無いた めに、その体制はありません。今後、沖縄県で も全国各地と同様の問題が発生する可能性があ ります。県や医師会などを中心としたシステム 作りが必要と思われます。
想定外と云われる自然災害や事故が多発して います。リスク評価の観点からはリスクをどのよ うに想定するかは、手間や費用、効果を考慮す ると低く見積もりがちです。しかし、想定以上の 被害が起きることも想定しなければなりません。
今回の事故は、国民の放射線への関心を高め たことは間違いありません。しかし、医療にお ける放射線の利用は必要不可欠です。無駄な放 射線検査が少なくないことも事実です。我々医 師は、今回のことを踏まえ、必要最小限の放射 線検査をすることを心がける必要があります。 また、患者様に対して、何故この検査が必要か をしっかりと説明する義務があります。
今後とも会員の皆様には放射線に対する正し い理解を更に深め、市民から信頼される医療が 行われることを祈願いたします。
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(9.医療情報)を付与いたします。
問題
次の文章を読んで、○×で答えよ。
縦隔腫瘍〜自験361 症例の臨床的検討〜
問題
縦隔腫瘍に関しての次の設問1 〜5 に対して、○か×でお答え下さい。
正解 1.○ 2.× 3.× 4.× 5.○