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台風雑感―連想の旅―

宮城博子

みやぎMs.クリニック 宮城 博子

5 月28 日、土曜日。ソングダーがすぐそこま で来ているらしい。台風2 号である。診療を早 く切り上げスタッフを帰そうと思うが、その焦 りを見透かすかのように診察の問い合わせや予 約外の患者さんがひっきりなしだ。なにもきょ うでなくても・・・と思いながら窓を見るとソ ング・オブ・インディアが風に揺れている。そ の観葉植物は6 年前に台風の煽りで北西に大き く傾いたが、陽の光をたっぷりと浴び枝を自由 に伸ばし元気に育ってくれた。いまでは軽やか な動きで風を上手に往なし幾度もの台風を切り 抜けている。

台風の季節になると台風情報で「華南」と云 う言葉を耳にする。以前からであるが「華南」の 響きに未だ思い出せない記憶が刺激される。それ は藤原新也の写真集をめくるときに感じる少し 陰鬱な気分に似ており、イメージとしては湿った 蒸気のような雨に包まれた港か田園、場所は中 国よりも香港や台湾のほうがしっくりくる。陰鬱 ななかに微かな光を感じ決して絶望的ではない。

ところで台湾はいい。2005 年の台湾旅行は 本当に楽しかった。その時も台風の進路を気に しつつワクワクしながら出発の日を待っていた。 同行4 人、しばらく会わずとも会えばすぐに時 間を共有できる大切な人たち。台北、九、鳥来、そして台南。予定をたてずに直感で動く旅 は眠っていた何かを引き出してくれる。時を忘 れ方々歩き回った後の茶館でのひとときと香り 高い鉄観音茶の味をこの先も忘れないだろう。

旅は華南からインドシナへと続く。高校生の 頃から私は自分の前世はベトナムの農村の少女 だと信じていた時期があり、映画や写真で椰子 やバナナの木を背に早朝の靄がかかった緑の田 園風景を目にすると懐かしい気持ちになった。 以前ほど前世にこだわりはないが、診療所にく るベトナムの女性達にとても親近感を覚える。 彼女達の控え目ではにかむ表情はすてきだ。ベ トナムとカンボジアはまだ訪れたことはないが、 ラオスは忘れることのできない国でもう一度行 きたいと思う。ラオスで初めていただいたのは 青菜餡かけの焼きそば、一口でノックアウトさ れ、1 ヶ月の滞在で街の佇まいや穏やかな人たち に心を奪われた。その翌年の2000 年から1 年間 はビエンチャンで暮らした。ホテル住まいだっ たが週末はメコン川のほとりを歩いて市場に向 かい、途中寺院で涼をとりながら仏像をみて過 ごした。いたるところでゴールデンシャワーが たわわに咲きほこり、4 月のラオス正月にはゴー ルデンシャワーの花房でジャスミンが浮かんだ 聖水をすくい祝福の水かけをしてくれる。6 月の 炎天下、初めての市場を目指して独り黙々と歩 き迷子になった。いまここで倒れても誰も私の ことを知らない、そう思いながら歩くうちに気 持ちが解放され熱中症寸前でホテルに着いた。 帰国が迫ったある日、1 年間お世話になった運転 手のソーフォンさんが遠回りをして緑の田園が 続く長い道を黙って走ってくれた。ソーフォン さんも私も泣いた。出会った優しい人たち、お いしい食べもの、すべてがとても懐かしい。

心に残る大切な場所を再び訪れるとき、どの ような思いでその風景を見つめるのだろう。そ の場所に立ちかつての時を懐かしみ、いま見つ める景色や風の匂いを記憶の層に積み重ね、い つか生まれ変わるときそれは微かな記憶として 不意によみがえり新たな旅が始まるのだろうか。

また、どこかへ行きたい。