山本クリニック院長 山本 和儀
敬愛する台湾ご出身の林宗義先生が昨年7 月 バンクーバーで他界された。これまでのご指導 に感謝し衷心より哀悼の意を表します。
私が初めて林先生にお会いしたのは、1985 年 の春、沖縄県立宮古病院へ赴任して地域精神医 療に取り組んで間もない頃でした。世界精神保 健連盟(WFMH)終身名誉総裁の林先生と当時 の精神科臨床のスター教授、神戸大学精神科中 井久夫先生が、宮古と八重山をご訪問されると の話を、朝の会議で上司の真喜屋浩医長から告 げられました。急遽、外来診療を大急ぎで終え て自宅に戻って着替えを準備して、午後の飛行 機に乗って沖縄本島へ渡り琉球大学医学部保健 学科で林先生のご講演を拝聴しました。その晩、 病院の事務長にかけあい、宮古病院精神科挙げ ての歓迎昼食会の開催と、院内講演会の開催の 許可を取り付けることができました。翌朝の第 一便で宮古島に戻って診療の傍ら、先生方のご 来院の準備を進めました。林先生はお隣の台湾 の出身ですが、東京大学医学部に学ばれ、日本 の敗戦により台湾に戻られて、若干20 代で国立 台湾大学の精神科主任教授に就任されました。 教室をリードされて多くの人材を育てながら、 精神疾患の疫学調査や地域精神医療システムを 築かれた後、WHO 勤務、米国での教授職を経 て、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の 教授に御就任され、バンクーバーに新しい地域 精神医療システム(GVMHS)を展開されてお られました。その頃の私は精神科医になって5 年 目で、林先生の「分裂病は治るか」と「精神医 学への道―東西文化に跨って」を愛読し、林先 生の輝かしいご活躍を羅針盤にして修業を積ん でいました。この憧れの先生が宮古島を訪れる 滅多にない機会に、病院挙げての歓迎会と中井 久夫教授の講演会を開きたいとの強い思いから、 一度は外された飛行機のタラップを再度装着し てもらって、ようやく沖縄本島に渡ったのでし た。空港スタッフに2 回も断られたのにもかかわ らず、3 回頼みこんでようやく実現することがで きました。このような行動は、一生の間に一回 限りですが、夢はあきらめなければ、実現すると いうのはこのことだと思います。この林先生に対 する思いと行動のおかげで、翌日には自身の自 家用車で林先生ご夫妻を宮古島中ご案内しなが ら、ご指導を直接受ける栄誉に浴したのでした。 車中でたくさんの質問をお受けし、応えられな いことも多々ありましたが、ソクラテス問答のよ うに、これからの仕事の進め方、生き方につい て示唆に富むお話の聞けた濃厚な時間でした。
翌年には琉球大学保健学科精神保健学石津宏 教授のお勧めもあり、名嘉幸一講師が留学され ているブリティッシュ・コロンビア大学を訪ね、 GVMHS の見学をさせていただきました。当時 の我が国の精神医療は精神分裂病に対する偏見 や悲観的な考えに覆われ、精神病院に長期間収 容するのが一般的でしたが、バンクーバーモデ ルは、長期収容ではなく、ずっと家庭だけで診るのでもなく、短期間、病院に入院させて治療 したら、後はしっかり地域で診て行くというシ ステムでした。国境や文化・さらには時間が変 われば、精神医療は変わるとの信念が生まれ、 精神科医療の未来に希望が見えてきました。先 生はご多忙にもかかわらず、自宅に招いて下さ り、また大学構内のファカルティクラブで夕食 会を開いて下さいました。その際にいただいた 先生のサイン入りの御著書は私の宝物です。そ のバンクーバーからの帰途、サンフランシスコ 空港のレストランで偶然にお会いした琉球大学 医学部精神神経科学講座の小椋力教授のお誘い で、私は1988 年から教育スタッフの一員にし てもらいました。
その後、1990 年には、琉球大学医学部精神神 経科学講座の開講5 周年記念会の特別講演のた め来沖して下さり、1993 年のメキシコでの WFMH 大会に参加する機会にあわせ、沖縄の精 神科医療関係者とバンクーバーやトロントの地 域精神医療システムを見学するチャンスを与え ていただきました。2000 年には第6 回全国精神 障害者団体連合会沖縄大会が開催されるにあた り、「国際精神保健シンポジウムin 沖縄」で特 別講演をいただき、ユーザーを大事にした精神 医療を学ばせていただきました。翌年の2001 年 に私は、先生の後押しもあってWFMH バンク ーバー大会の席で西太平洋地区担当の副会長に 就任させていただきました。4 年間の在任期間 中に、ブルネイと京都で開催されたWHO 西太 平洋地区会議でNGO 代表として39 カ国の保健 大臣や官僚を前にお話する機会を与えていただ き、また私が留学したことのあるオーストラリ ア・メルボルンで2003 年に開催されたWFMH 大会では、「Socially healthy global community」 のタイトルで講演する機会を頂戴しました。
林先生との出会いにより、世界的視点で我が 国の精神医療を見つめて行動し、多くの海外の 精神医療関係者と交流する機会を持つことがで きました。若くして師と仰げる方に会えること は本当に幸せなことだと思います。林先生の人 を暖かく包み込む優しいお人柄と厳父の様なご指導をこれからも忘れず、一歩でも先生に近づ けるよう精進して参りたいと思います。
ファカルティクラブでの林先生御夫妻との夕食会