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耳鼻咽喉分科会のご紹介:QOL の向上を目指して

鈴木幹男

沖縄県医師会医学会耳鼻咽喉科分科会会長 鈴木 幹男
(琉球大学大学院医学研究科耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座)

耳鼻咽喉科は頭頸部領域の内科・外科と言わ れていますが、眼球を除く頸部食道から外頭蓋 底までの疾患を広く取り扱っています。さらに 境界領域に存在する病変では、脳神経外科、外 科、眼科と連携して治療にあたることも稀では ありません。頭頸部領域には摂食・嚥下、聴 覚、平衡覚、音声・言語、呼吸、嗅覚、味覚な どを司る複雑な感覚器、運動器が含まれますの で、耳鼻咽喉科はQOL を維持・向上させるこ とを目的とした診療科といえます。現在人体で 用いられる最も発達した人工臓器は人工内耳で すが、沖縄県は九州地区で最も早く人工内耳手 術を開始し、全国に先駆けて小児人工内耳に取 り組んできた歴史を持っています。この結果、 手術を受けた両耳先天聾の患者さんの50 %が 普通学級へ進級するようになっています。ま た、頭頸部がんの3 大要因は、飲酒、喫煙、ヒ ト乳頭腫ウイルス感染ですが、全世界で頭頸部 がんの増加が報告されています。沖縄県では 舌・口腔がんを含めた口腔・咽頭がんの罹患率 は全国の1.7 倍と多く、病院では頭頸部がんの 治療が主体となっています。特に、舌がん・口 腔がんでは放射線治療が有効でないことが多 く、晩期障害に苦しむ患者さんが多いことから 標準治療として手術療法が推奨されています。 耳鼻咽喉科では形成外科とタイアップして QOL を維持した手術方法を行えるようにして います。これ以外にも、炎症性疾患である慢性 中耳炎・真珠腫性中耳炎、慢性副鼻腔炎、通年 性アレルギー性鼻炎なども他地域と比較して沖 縄で多い疾患といえます。

ここで、沖縄県の耳鼻咽喉科分科会の沿革に ついて触れたいと思います。当会は医師会分科 会として、1967 年10 月14 日に、渡嘉敷一郎 を初代会長として13 名の耳鼻咽喉科医が所属 し発足しました。祖国復帰を経て、日本耳鼻咽 喉科学会沖縄県地方部会が1975 年に発足した ことから、地方部会が分科会を兼ねるようにな りました。その後、1973 年に琉球大学保健学 部附属病院に耳鼻咽喉科が開設され、それ以後 は琉球大学で研修を受けた医師が多くなり、 2011 年には会員数が100 名に達しました。し かし、全国平均の人口10 万人当たり耳鼻咽喉 科医師数は8.29 人ですが、沖縄県では6.95 人 (2010 年)であり、まだ充足していない状態で す。2004 年にはじまった新臨床研修制度後、 新たに耳鼻咽喉科研修を開始する医師数は全国 で約30 %減少し、九州・沖縄地区でも著明な 減少傾向を示しています。幸い沖縄県では、研 修制度変更後も会員数に大きな変動はありませ んが今後の推移が気になるところです。

分科会には、総務部(庶務、広報)、経理部、 教育部、社会医療部(1.保健医療、2.産 業・環境保健、3.福祉医療(成人・老年医 療、乳幼児医療)、4.学校保健、5.医事問 題)があり、所属会員が随時活動をおこなって います。たとえば、「耳の日」(3 月3 日)、「鼻 の日」(8 月7 日)では専門医による病気の相談 会、補聴器相談会、市民公開講座を開催し、疾 患予防と啓蒙に努めています。学校保健では、 当地方部会への依頼に基づき、専門医による学 校検診、学童検診を全県下に拡大し実施してい ます。また、聴覚障害の治療は乳児期から開始 することが重要であるため、新生児聴覚スクリーニングの推進、再検査体制の整備、診療体系 の整備を図っています。新生児聴覚スクリーニ ング検査でみつかった要再検査児は産婦人科・ 小児科から紹介を受け、一次精査機関(豊見城 中央病院、県立南部医療センター・こども医療 センター、那覇市立病院、中頭病院、県立中部 病院、県立北部病院、県立宮古病院、県立八重 山病院)にて検査を受けていただきます。一次 精査機関の検査で難聴が疑われれば二次精査機 関(琉大附属病院)にて確定診断をおこない、 必要な治療を行うようになっています。学術で は講演会を年2 回(3 月、7 月: 3 月は総会を 兼ねる)開催し、一般演題のほか、特別講演を 企画し、会終了後懇親の場を設け、知識のアッ プデートと情報交換に利用してもらっていま す。このような地方部会活動は2006 年から立 ち上げたホームページ上に公開しています。さ らにホームページでは地方部会会員へ情報提供 や耳鼻咽喉科に関する情報を地域の方々に提供 しています(http://www.ent-ryukyu.jp/okinawa-part/index.html)。

かつて南海に隔絶された島々であった沖縄 も、本島では空路の発展により全国各地との距 離が随分縮まってきました。しかし、離島では 空路が発達したとはいえ数名の耳鼻咽喉科医師 しか在住しておらず、いまだに進行した状態で 見つかる悪性腫瘍患者、十分な療育を受けてい ない聴覚障害者も珍しくありません。復帰後 40 年近く経ち、医療環境が徐々に他府県並み に近づきつつあることを嬉しく思うと同時に今 後のさらなる充実の必要性を感じています。

(敬称略)