琉球大学医学部診療教授 細川 篤
ハンセン病ほど嫌われた病気は希ではないだ ろうか。私たちには理解できない何かがあるが ハッキリ分からない。結核やガンは小説のテー マになり、その闘病記などしばしば出版された りするのだが。
患者さんが減少し、らい菌やハンセン病は医 学的に不明なことが多いまま消失するのかもし れない。また、高齢化するハンセン病に罹患し た方々はひっそりと去ろうとしている様に思わ れる。
若者にはほとんど偏見がなく、皮膚病変が軽 快すると受診しなくなり、フォローが大変なこ ともある。一方、患者さんが高齢であると、こ の病名が知られると地域での生活、人間関係に 支障を生じことがあり、伴侶も含め家族にも病 名を伝えないことが多い。
20 年間ほどハンセン病の治療に携わるなか で、同疾患が嫌われるようになった原因の一つ に「らい菌の性質」が関係すると考えられた。
【らい菌の性質】
1)棲息至適温度が低い(31 ℃ほど);一般の細菌は体温程度。
2)末梢神経を好む。
3)2分裂時間が約10 〜 20 日。
4)人工培地での培養が出来ない。
5)潜伏期間が明らかでない。
6)抗酸菌であり、至適環境では数週間ほど生存活性を有する。
7)細胞内寄生性菌。
上記の1)と2)に関係する部位は、耳介(特に 耳朶)、鼻、目(特に前眼部)、手足の末梢部位 などである。らい菌が、これらの部位の神経(特 にシュワン細胞)などで増殖する。知覚神経が障 害され→知覚障害→火傷や外傷を自覚できない →時には外傷・蜂窩織炎から骨髄炎を併発し、 指趾が切断される。鼻中隔が破壊されて変形、 消失する。眼では視力障害、失明し兎眼となる。運動神経の障害では鷲手と猿手が多く、垂足や claw toe も見られる。3)により病状の自然経過 は、一般の細菌感染の合併などが無ければ、き わめて緩慢である。らい菌が神経内で増殖する と、神経を内側から圧迫し徐々に神経障害を生 じる。さらに化学療法により、または自然に死滅 した菌は「異物」(抗原)となり、病型(病態) によっては強いアレルギ−反応を誘発し、特に神 経内の炎症は神経障害を急速に悪化させると考 えられる。血管作動性自律神経の障害は末梢循 環障害を生じ、末梢神経を含む皮膚諸組織の障 害を伴い、それらの修復を遷延させる。これらの 末梢神経障害と末梢循環障害との悪循環が組織 障害をさらに促進すると考えられる。
一方、内臓の温度は約36.5 ℃ほどであるた め、1)により、らい菌は棲息出来ないため、内 臓が障害されることはほとんど無い。
このため、内科的には健康であるが、鷲手や 猿手となり、手指や足趾が無くなり、鼻が無く なり、目が真っ白になり飛び出て来る。顔面神 経麻痺により、顔が変形し、目や口を閉じるこ とが困難となる。
このような事情から、ハンセン病に対する偏 見が生じたのではないかと思われる。
現在は、正確な病型診断による、適切な治療 を早期に行えば、後遺症は全く生じないか、知 覚障害など軽微な後遺症にとどめることができ る。治療薬がなかった時代のハンセン病に対す る印象が、まだ残っているのではないかと思わ れる。特定の医療施設に隔離されて治療をされ ていたことも「ハンセン病は特殊な、忌むべ き、感染しやすい危険な病気」という印象をさ らに強めた可能性があると思われる。
昨年、この時期に同誌でハンセン病について のアンケートを行ったが回答は少なく、医療従 事者の関心は薄いと思われた。大震災で大変な 困難にある人も、ハンセン病のため長期間(一 生涯)家族を含む社会との接触ができない困難 にある人も同じ人間なのだとおもうのだが。