医療法人千鶴会名護皮ふ科 金城 浩邦
1.はじめに
ハンセン病を取り上げた映画に、チャールト ン・ヘストン主演の「ベンハー」、松本清張の 「砂の器」、宮崎駿監督の「もののけ姫」におい ても、社会の偏見や難病を表現しており、ハン セン病による身体的苦痛や偏見に苦しんでいる 人は、世界にまだ数多く存在している。
この一世紀の間に罹患率の劇的な減少を成し 遂げた国も多い。これらの国々において、ハン セン病流行の終止期に共通してみられた疫学的 特徴もいくつか報告されている。とりわけ、ノ ルウェー、ポルトガル、中国、米国において は、罹患率の低下に伴って、罹患時の平均年齢 の上昇、男女比の上昇(男性の割合の増加)、 多菌型の割合の増加がみられた。
我が国においても、ハンセン病新規患者は、 過去一世紀の間に大幅な減少をみており、20 世紀初期には、有病率が人口10 万対70 程度で あった。今世紀に入ってからは新規患者が年間 数人程度という状況である。
2.近年のハンセン病患者の疫学的特徴
1)新規日本人患者数
近年は、新規患者数に占める外国箱の患者の 割合が増加しており、2000 年〜 2009 年の10 年間において、97 名の新規患者のうち、69 名 (71.1 %)が外国箱である。
2)診断時の年齢
沖縄県、本土においても、患者の高齢化が認 められた。1981 〜 1994 年における診断時の平 均年齢は、本土61.3 歳、沖縄県50.8 歳であり、 1995 〜 2009 年においては、それぞれ71.5 歳 など58.5 歳であった。1964 年においては、沖 縄県の患者の中心は、10 代の若者であり、全 体の40 %を占め、沖縄県においては患者の高 齢化は急速に進行したといえる。沖縄を含め て、1980 年以降に生まれた日本人のうち、新 規患者は発生していない。
3)性差
いずれも検討学的に有意な差は無い。
4)病型
沖縄においては、5 8 % がW H O 分類の Multibacillary(MB 型)であった。
MB 型患者の診断時の平均年齢は、本土76.0 歳、沖縄県61.7 歳PB(少菌型)患者について は、それぞれ59.5 歳、51.9 歳であった。
5)家族歴
病歴については、家族間でも秘することがあ るので不明である。
6)地理的分布
我が国においても、沖縄における罹患率が最 も高く、一般に緯度の低い方から罹患率が高い 状況である。
3.沖縄におけるハンセン病の状況
沖縄は、20 世紀初頭から日本全国で最も罹 患率が高い地域であり、日本本土においては、 1900 年以前から罹患率の減少が始まった。罹 患率が減少に転じたのは、第二次世界大戦後で あった。戦後の混乱で新患者の把握が行えず、 罹患率は下降した。
沖縄の罹患率減少の本土との時間的差異があ り、ハンセン病対策の遅れ、地理的条件、ハン セン病の偏見、差別の大きさ、経済の遅れなど の要因が考えられる。
沖縄では、人の住む離島だけでも49 を数え、県土の45.7 %が離島であり、近年まで離島間 の交通は不便で、各離島が独自の文化を有し、 ハンセン病対策の大きな支障となった。
4 .ハンセン病の再燃再発予防に対する抗PGL − l 抗体の意義
約10 年前より沖縄愛楽園において、ハンセ ン病の再燃、再発予防目的に血中の抗PGL − l 抗体を用いて、抗体上昇を果たしたハンセン 病患者に治療薬を投与することにより、ハンセ ン病の再燃、再発に予防効果があった事の報告 (金城、長尾氏)があり、将来の再燃、再発の 患者の不安に明るい希望が見えてきた。
PGL とは、らい菌種特異抗原フェノール性 糖脂質(phenolic glycolipid-l,PGL)のこと で、その歴史は1980 年Brennan らによって発 見された。
その後Hunter 等によって化学構造が解明さ れ、糖鎖部分に強い抗原性があることが分か り、ELISA により微量の抗体の検出が可能と なった。
藤原らによって、抗原決定基である糖鎖が化 学的に合成され、Phengl propionate を介して 牛血清アルブミンと結合させた人工抗原NT-PBSA( Natural trisaccharide-phenyl propzonyl- bovine serum albumin):(半合成らい 菌特異フェノール性糖脂質抗原)が作られた。
NT-P-BSA は、特異性及び感度が高く、再現 性も良いため、らい血清診断には、ELISA が用 いられたが、最近ではゼラチン粒凝集反応 (Gelatin particle agglutoination)PA 法が ELISA に比べて操作の手技は簡単であり、肉眼 で判定できるので、プレート洗浄器や分光光度 計のような機器を必要とせず、短時間に多数の 症例の診断ができ、それに要する費用も少ないの で、国内のらい療養所や、らいの多発している発 展途上国のフィールドで用いるのに適している。
結語
癩は我が国においては、長期にわたる徹底し た隔離政策によって、その数は次第に減少し、 最近ではわれわれ臨床皮膚科医が癩に接するこ とは特に日本本土においては、極めて少なくな ってきた。そして、一方では、癩の皮疹に他の 皮膚疾患に類似した病型の比率が高くなってき た。特に本症は末梢神経系が強くおかされ知覚 障害、運動障害、骨破壊、筋肉の委縮、潰瘍形 成をもたす為、顔面、指趾の変形と機能障害の 重大な後遺症を残したとき、患者に与える苦痛 は極めて大きい。癩はもはや不治の病ではなく なった。癩の早期診断、早期治療は現在におい ても重要である。
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