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2011年5月31日 世界禁煙デーに因んで

伊礼壬紀夫

沖縄県八重山保健所 伊礼 壬紀夫

世界禁煙デーは、1988 年にWHO(世界保 健機関)が定め、毎年5 月31 日に世界中で行 なわれる行事です。この日にWHO は、たばこ 使用の危険性とたばこ産業の事業展開について 広く社会に情報を発信し、WHO がタバコ病の 世界的流行(Global Tobacco Epidemic)と 闘うために何を行い、世界中の人々が健康的に 生活する権利を主張し未来の世代を守るために 何をすることができるかを伝えています。

WHO では、毎年、禁煙デーにスローガンを 発表しており、2011 年のWHO 資料を参照し ながら今年の世界禁煙デーの意義を考えてみた いと思います。今年のテーマは「The WHO Framework Convention on Tobacco Control (世界保健機関タバコ規制枠組条約)」です。

Framework Convention on Tobacco Control(タバコ規制枠組条約、以下FCTC) は2005 年に発効した、国連の歴史上最も速く そして最も多くの国(170 カ国以上)が批准し た条約です。科学的根拠に基づいて作られたこ の条約は、全ての人々が有する最高度の健康を 享受する権利がタバコによって侵害されている 現状を改善するため、世界の国々が共同してタ バコ規制を進める活動を行なうに当たり、その 方向性と仕組みを提供するものです。

FCTC が生まれた背景にはタバコによる甚大 な健康障害の世界的流行があります。タバコは 予防可能な死亡の最大の原因であるにもかかわ らず、2011 年にタバコが原因となる心臓発作、 脳卒中、がん、呼吸器疾患等による死亡数は世 界中で500 万人以上と試算されています。さら に、受動喫煙による60 万人以上の死亡がこれ に加わり、このままでは2030 年には毎年800 万人がタバコによって死亡すると推計されま す。タバコは2 0 世紀に1 億人の命を奪い (WHO 資料には“killed 殺された” と表現さ れています)ましたが、21 世紀には10 億人に のぼる可能性があります。

死亡に至る疾病と危険因子に関するWHO の 研究において、世界の国を国民総所得で低、 中、高の三グループに分け、それぞれのグルー プ内の主要な疾病と危険因子が報告されていま す。スライド1 及び2 に示したように、日本等 の国民総所得の高い国で死亡につながる最大の 危険因子はタバコで、総死亡の1 7 . 9 % 、 DALYs(Disability - Adjusted Life Years、 障害調整生存年)の10.7 %を占めます。どの 単一疾患よりも、またどの危険因子よりもタバ コの影響が大きいことが分かります。

* DALYs : Disability - Adjusted Life Years、障害調整生存年。死亡による損失だけではなく、障害による生活の損失を一つの単位として測定した国際比較可能な指標で、年齢による重みづけと、非致死的傷病(障害)を含める。

日本の研究としては、代表的なコホート研究 のデータを併合し日本人における喫煙による死 亡数を推計した国立がんセンターのKatanoda らの研究があり、2008 年のJournal of Epidemiology に掲載されています。この研究 によれば、2005 年の時点で喫煙による死亡は 男性163,000 件(全死亡の27.8 %)、女性 33,000 件(同6.8 %)と推計されており、自殺の約6 倍に相当します。たばこ関連疾患の多く は、喫煙を開始してから20 〜 30 年かかって発 症し死に至るので、現在の死亡の状況は過去の 喫煙の状況を反映していることになります。

スライド1

スライド1

スライド2

スライド2

FCTC は条約を締結した国々とEU に法的義 務を課しており、主な義務は次の通りです。

(1)タバコ産業の利益及び既得権益が国民の健 康政策に悪影響を及ぼさないようにする

(2)タバコの需要を減らすためタバコの価格と タバコ税を上げる(第6 条) 特に若年層においてタバコ消費を減少させる ための効果的かつ重要な手段である。

(3)国民をタバコ煙への暴露から保護する(第8 条)

屋内の職場、公共の輸送機関、屋内の公共場 所および他の公共の場所におけるタバコ煙へ の曝露に対して、効果的な立法上、執行上、 行政上およびその他の措置を採用し実施する。

(4)タバコ製品の成分・添加物を規制する(第 9 条)

タバコ製品の製造業者および輸入業者が製品 含有物および排出物についての情報を政府当 局に対して開示する。また、情報公開の方法 を導入する。

(5)タバコ製品に関する情報開示を規定する (第10 条)

各国がタバコ製品の含有物および排出物につ いて試験、測定および規制を実施するのに利 用できるガイドラインの策定を行う。

(6)タバコ製品のパッケージやラベルを管理す る(第11 条)

タバコの包装はタバコの販売促進にとって強 力な手段となっており、その管理・規制によ り需要を抑制する。

(7)国民にタバコの危険性を警告する(第12条)

タバコの依存性、タバコ使用およびタバコ煙 への曝露による健康へのリスク、タバコ使用 の中止の効用、タバコ産業の行動について、 国民意識の啓発と情報へのアクセスを推進す るための効果的な立法上、執行上、行政上も しくはその他の措置を採用し実施する。

(8)タバコの広告・宣伝、販売促進活動、後援 を禁止する(第13 条)

各締約国は自国においてこの条約が発効した 後5 年以内に、自国の憲法もしくは憲法上の 諸原則に従って、すべてのタバコ広告、販売 促進および後援の包括的禁止を行う。これは エビデンスに基づく対策の中核を成す。

(9)タバコ依存から抜け出すための援助を行う (第14 条)

タバコを使用する者に対して禁煙を推奨する対 策は包括的アプローチの不可欠な部分であり、 教育と予防に焦点を当てる戦略を補完する。

(10)タバコ製品の密輸・不正取引を取り締まる(第15 条)

(11)未成年者にタバコ製品を売らない(第16 条)

未成年にとって求めやすい紙巻タバコのバラ売り、小包装での販売を禁止する。小売店に 未成年への販売を禁止する掲示をする。タバ コ産業の「青少年喫煙防止」プログラムが造 り出した掲示では、実際には青少年の喫煙を 勧めるような巧妙なメッセージを送っている ので注意が必要。タバコ製品の包装そのもの が販売促進の媒体となることを防ぐため、タ バコ製品の視覚的な陳列を禁止する。

(12)タバコ栽培に代わる経済的に実行可能な 転作・転業を支援する(第17 条)

タバコ規制プログラムによって生計が深刻な 影響を受けるタバコ栽培者および労働者を支 援するため、作物の多様化と経済的に実行可 能な支援を行う。

今年の世界禁煙デーのキャンペーンのキー・ メッセージは、「全て締約国は、タバコ消費と 受動喫煙による健康、社会、環境、および経済 的な壊滅的被害から、現在と将来の世代を保護 するため、この条約を完全に実施しなければな らない」というものです。FCTC がタバコとの 戦いに有効であることは既に証明されています が、日本は2004 年6 月に批准した締約国であ りながら、第14 条の禁煙治療以外には誠実に 履行しているとはとても言えない状況です。タ バコのない社会の形成に向け、医師個人とし て、また医師会として活動できることを実践 し、疾病・健康の専門家として地域社会や国に も積極的に働きかけていきましょう。