沖縄県医師会勤務医部会部会長
城間 寛
去る3 月9 日(水)沖縄県医師会館(3F ホ ール)に於いて、愛媛大学大学院医学系研究 科医学専攻生命環境情報解析部門医療環境情 報解析学講座医療情報学分野教授石原謙先 生を講師にお招きし、『すぐに役立つ勤務医の ための医療と経済の基礎知識−家計と国家に 役立つ産業論的経済戦略− 』と題する講演会 を行ったので、概要について報告する。参加者 は71 名であった。
講 演
日本が世界に最も誇りうるのは、国民皆保険 とその結果であるにもかかわらず「公的医療保 険はもう危ない」という危機感を煽り商売をす る企業がある。民間企業による保険業界である。
日本の公的医療費が年間33 兆円程度である ことは、医療関係者の間でよく知られている。 この医療費については一般市民もマスコミも、 そして医療関係者までもが「医療費亡国論」に 踊らされてきた。そのうち約三分の一の10 兆 円程度が国民の支払う年間の公的医療保険料 (=健康保険料)である。この保険料も高すぎ ると言われ続けてきた。
年間に約10 兆円の医療保険料が高すぎると か、国を亡ぼすと言われるこの日本で、私企業 である民間保険会社が集める保険料は、毎年 50 兆円にも及ぶ。保険金契約総額の間違いで はない。生命保険や医療保険そして物損保険な どの年間保険料が日本では50 兆円にもおよび、 生命保険や医療保険など人保険と分類される保 険がその9 割を占めている。
年間50 兆円という民間保険料は、保険金契 約高3,000 兆円への日本国民の毎年の支払いであるが、世界中のGDP 総額が3,000 兆円〜 5,000 兆円程度であることを考えると、この金 額がいかに異常な状態であるか、日本人が将来 の不安に対してどれほど盲目的に民間保険をか けているかを理解出来るはずだ。
日本の医療費は非常に安くクオリティも良 い。そして、何よりも日本の産業そのもの、輸 出競争力と内需を底支えしている事実をしっか りと知っていただきたい。
アメリカのGM やフォード等の自動車会社 は、1 台の製造原価における医療費コストは 1,500 ドル(約15 万円)である。従業員雇用 のための福利厚生費の一部として原価計算され る。しかし、トヨタ等の国内自動車生産におい ては僅かに8 千円程度である。製造原価におけ る日米での十数万円ほどの差は、定価ベース では約50 万円もの価格差になるので、圧倒的 な価格競争力をもたらす。日本の医療は、輸出 産業の価格競争にも大いに貢献しており、内需 の源泉にもなっていることをもっと認識される べきである。
また、日本医療は安く高品質であることも国 際的に高く評価されている。World Health Report の2000 で、世界191 カ国を5 つのパラ メーターで比較したところ、日本はフランスな どと並び世界最高と評価されている。また、 OECD health data 2009 に基づくConference Board of Canada の資料等で一目瞭然である。
日本の医療は呼吸器疾患の治療にやや劣る以 外は全て最高ランクの治療成績で、総合治療成 績はトップであるにも関わらず、健康満足度は 最低ランクである。日本人は世界最高の医療サ ービスを受けているにも関わらず不安に苛まれ 保険に入りまくっている。
DPC は萎縮医療の張本人である。諸外国で のDRG/PPS はいずれも高騰しすぎた医療費 抑制のために導入された。しかし、本当は日本 にDPC 導入の必然性は無い。DPC のもとでは 「いかに医療行為を減らすか?」と経営姿勢を 換えざるをえず、手間のかかるDPC 対応のた めに病院は増員しかない。医事職員や診療情報 管理士そして主治医など医療現場の手間ばかり が増える。また、DPC ならデータが集まるの で経営分析ができると言うのは、大量のデータ を病院から強制的に提出させているからに過ぎ ず、本当は経済バイアスの無い出来高制度で行 う方がデータの精度・信頼性ともに高いのが真 実である。
OECD health data 2009 に基づくカンファレンスボードオブ カナダの資料より
http://www.conferenceboard.ca/HCP/Details/Health.aspx#Indicators
1982 年の医療費亡国論から医師と医療費は 少なければ少ないほど良いという愚かしい感覚 に陥り、DPC 導入機関は萎縮医療にならざる を得ず、これを見て喜んでいるのは民間医療保 険会社である。医療保険が萎縮する先には、混 合診療導入による民間医療保険会社の拡販戦略 に繋がる。混合診療と民間保険会社が力を持て ば、アメリカ同様に医療費の抑制に働く恐ろし いシナリオが待っている。
混合診療なら高度な診療が可能となり患者 も満足で病院収益も改善するというのは間違い である。真に良い治療法ならば公的医療保険 に含むべきであり、真っ当な高度先進医療はす べてを含めても年間100 億円以下である。こ の金額を全国の病院で分配したら経営改善す るだろうか?
これ以上、診療報酬をDPC の萎縮医療で抑 制し続け、混合診療しかないというプロパガン ダを放置すれば、今後は、高度医療は私的医療 保険での混合診療しかないと洗脳される。
今、多くの保険会社が「公的医療保険が崩 壊するので我が社の医療保険に!」あるいは 「医療費の3 割負担時代には私的保険が必須」 と宣伝するが、これは正しい情報を与えずに国 民を不安で騙すものである。断じてこの宣伝を 放置してはならない。残念ながらマスコミは広 告宣伝費というスポンサーバイアスのために民 間医療保険の邪悪さを国民に知らせることがで きない。
医療関係者は自らの家庭の私的医療保険の見 直し・契約解除をするとともに、患者や国民に 私的医療保険は無駄であることを広く周知をす べきである。高額医療費制度を知っておれば私 的医療保険はまず不要なのは分かる。100 万円 を確保できるならば、医療保険は無駄である。 医療保険の見直しで、生涯500 万円程度、家族 なら1,500 万円以上もの節約が出来る。保険会 社があまり儲かるので、元来保険には関係の無 かった銀行やGE、ソニー、オリックス等、あ りとあらゆる業界が保険に参入しているのは経 済的分析から儲かることの裏づけとだと言って も過言ではない。
結局、混合診療、或いは民間医療保険が進め ば、毎年数兆円の保険料を医療保険だけで集め ることになる。そうなると次ぎに保険会社は診 療抑制を始める。「那覇市で交通事故の骨折が あった場合には、先生の病院だけ連れてきま す。だから1 点10 円のところを9 円にしてくれ ませんか」と誘い、安い医療を選別していく。 つまり金を持つところは、いろんな形で権力を 持ってくる。混合診療と民間医療保険会社に絶 対に金を持たしてはいけない。
我々は公的医療保険を守り、公的医療保険の 技術料を中心に1.5 倍から2 倍にしていくために 保険医を返上してでもデモをやらなければならな い。もし、このまま混合診療と民間医療保険会 社が力を持つと、日本の医療費総額は確実に増 え、医療機関に支払われる診療報酬はぐっと減 っていく。その残りの差額は保険会社が取ることになる。アメリカを見れば確実にそうである。
国民全員が安心できる唯一の方法は、公的医 療保険を充実させることである。
1. DPC は抑制医療を強制し、公的医療保険を 破壊・縮小、私的保険移行を誘導する。
2. 私的医療保険は、国民全員が騙されているに 等しく、見直すと、生涯数千万円もの節約可。
3. 日本人は世界最高の医療環境におりながら、 世界で最も医療不安を感じている。この異常 を知らせなければならない。
4. 年50 兆円もの私的保険が日本を圧迫。医療 費財源は税のみでなく、国民の消費行動も考 えるべき。
5. ご自宅では保険の解約を、世間では、医療 費総額1.5 倍増とDPC 撤廃の協調行動を。
是非とも、DPC が抑制医療を強制し、公的 医療保険を破壊・縮小するものであること、年 に50 兆円もの私的保険が日本の内需を圧迫し ているものであること、消費行動のためにも先 生方を訪れる患者さんへこれを是非教えていた だきたい。
印象記
沖縄県医師会勤務医部会部会長 城間 寛
実は、昨年11 月に行われた全国医師会勤務医部会連絡協議会での石原先生の講演を聞き、これ は是非、沖縄の先生方にも聞いて頂いた方が良い内容だと思い、玉城副会長とも相談して、今回 の沖縄での講演となりました。
最近、テレビコマーシャルで、生命保険会社の宣伝が多いことに気にはなりながら、先進医療 特約などがある保険を見ると、高度先進医療は、この様な形で普及していくのかな?と漠然と考 えていましたが、石原先生の講演を聞いて、これが、李啓充先生の著書で語られている、「アメリ カ医療の光と影」の、影の部分への序曲の様に思えてきました。これまで医師会が混合診療に対 して反対している姿勢の論拠がはっきり理解できませんでしたが、今回の講演を聞いて、その理 由が明確になった気がします。マクロで見た場合、民間保険から医療財源として拠出するとした 場合、国民が支払ったお金のすべてが医療費に回るのではなく会社の利益として吸い取られる部 分があり非効率であることは明確であります。何よりも、アメリカですでに見られるように公的 保険を駆逐していく現象が起こっていくことが何よりも怖いことだと思います。
日本の医療を取り巻く状況について、医師達、とりわけ勤務医の先生方はあまり関心を払って きていないのではないかという印象があります。私自身勤務医ですが、勤務医も学会活動や研修 医教育など診療以外の部分の負担も多く、医療情勢まで精通している先生はあまり見かけません。 しかし保険診療については医療の根幹に関わる問題です。見過ごすわけにはいきません。
アメリカの医療体制は決して日本のお手本になるものではないと言うことをしっかり理解し、 そうならないための対策を医師会は国民と一緒に考え、啓発し普及させていく必要があると強く 思いました。