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2011 年世界保健デー(4/7)によせて

比嘉太

琉球大学医学研究科感染症・呼吸器・消化器内科学講座(第一内科)
比嘉 太

世界保健機構(WHO)の発足した1948 年4 月7 日を記念して制定された「世界保健デー」 では、その年の活動目標が掲げられます。2011 年のテーマは「antimicrobial resistance and its global spread」です。今年のWHO デーの テーマは、次々と新たな耐性菌が出現し、世界 中に拡散している現状に対して警鐘を鳴らし、 耐性菌出現と拡散を抑制する対策の実施を全世 界規模で推進しようとするものです。

薬剤耐性菌はなぜ問題なのか

私達は抗生物質に依存する時代に生きていま す。魔法の弾丸ともよばれたペニシリンの発見 以来、抗微生物薬は感染症の治療だけではな く、現代の先進的な医療(臓器移植や抗がん化 学療法、大規模な手術、など)においても不可 欠の薬剤となっています。すなわち、抗菌薬が 効かない耐性菌の増加は医療現場を混乱させ崩 壊させる危険性を内包しており、全ての医療従 事者にとって本当は身近で大きな問題でもあり ます。さらに、医療コストの増大や貿易・経済 活動など社会全体に悪影響を及ぼす可能性も指 摘されています。

WHO デー2011 のテーマである「抗微生物薬 耐性とその地球規模の拡散」は、現在ある抗微 生物薬の有効性を脅かすものです。こうした抗微 生物薬を安全に次世代に手渡すことが出来るよ うにWHO は全ての国々に対して、高度耐性菌抑 制に必要な政策立案とその実施を求めています。

ニューデリー・メタロβ ラクタマーゼ1 (ndm1)産生多剤耐性菌

日本でも新たな耐性菌の出現とその院内感染 は報道でも広く取り上げられ、大きな社会問題 になりました。平成22 年8 月、大腸菌や肺炎 桿菌などの腸内細菌科の細菌に、ニューデリ ー・メタロ-β-ラクタマーゼ1(NDM-1)を産 生する、新たなタイプの多剤耐性菌が報告され ました。この耐性菌は、カルバペネムなどほぼ 全てのβ-ラクタム系抗菌薬や、フルオロキノ ロン系、アミノ配糖体系など広範囲の抗菌薬に 多剤耐性を示します。NDM-1 の遺伝子は、伝 達性プラスミドにより媒介されるので、別の株 の菌にも伝播する現象がみられることなどか ら、一旦国内に拡がると、根絶することは困難 です。

日本でも既にndm1 産生耐性菌が確認されて います。海外との交流が盛んになり、こうした 耐性菌が県内に持ち込まれる危険性も少なくあ りません。特に、海外渡航歴のある患者さんに は注意しておく必要があります。

多剤耐性グラム陰性桿菌

昨年、多剤耐性アシネトバクターが院内感染 として大きな社会問題にもなりました。緑膿菌 やアシネトバクターなどは水回りなどの生活環 境に生着する弱毒菌ですが、もともと抗菌薬が 効きにくく院内感染の原因となっていました。 近年、こうした菌の多剤耐性化がさらに進行し、 多剤耐性菌が国内外で確認されています。多剤 耐性アシネトバクターに効く抗菌薬が国内では 入手できない状況にあり、耐性菌拡散防止の徹 底と治療薬の早期承認が求められています。

世界における薬剤耐性

世界の三大感染症とされる結核、マラリア、エイズ、についても治療薬に対する耐性の増加 が大きな問題となっています。多剤耐性結核菌 (MDR-TB)による感染症は世界中で年間44 万人発生し、そのうち15 万人が死亡していま す。多剤耐性結核菌の分離頻度は各々の国によ って異なります。キノロンにも耐性を示す高度 耐性結核菌(XDR-TB)も64 カ国で確認され ています。こうした耐性結核は不十分な治療が 主な要因であると考えられています。

流行地域の多くでクロロキンやファンシダー ル耐性マラリアがみられています。東南アジア では、特効薬であるアルテミシン耐性の熱帯熱 マラリアが既に確認されており、耐性マラリア の増加が危惧されています。

エイズの病原ウイルスであるHIV の治療に用 いられる抗ウイルス薬は巨額の開発費を反映し て高価な薬剤であるため、発展途上国では限ら れた人々しか治療を受けることができませんで した。人道的見地から、こうした国々でのジェ ネリック医薬品などの使用が認められ、多くの 人々が新薬を使用することができるようになり ました。ただし、HIV は変異の起こりやすいウ イルスであり、耐性ウイルス出現を防止するた めには確実なコンプライアンスが必要とされる 薬剤です。十分な服薬管理が今後の課題です。

薬剤耐性菌に対する戦略

薬剤耐性の出現は様々な要因が背景にあると されています。抗微生物薬の不適切な使用は抗 微生物薬耐性化の主要因です。また、品質の悪 い薬剤、誤った処方、不十分な感染予防対策は 薬剤耐性菌の出現と拡散を助長させます。行政 の不作為、不十分な監視体制、検査試薬や治療 薬備蓄の不足、も耐性菌対策を妨げるものです。

WHO は耐性菌抑制の戦略として、1)政策 ガイダンス、耐性菌サーベイランスの支援、技 術支援、情報提供と国際協力体制の構築、2) 薬剤の品質管理と供給体制の整備と適正使用、 3)感染防止および感染制御、4)患者安全の 確保、5)検査の品質管理、を挙げています。 各々の国の実情に合わせた戦略をすすめていく 必要があります。

日本では、抗菌薬は医師の処方に基づいての み使用されます。抗菌薬は目の前の患者さんの ために使うだけではなく、将来の患者さんのこ とも考えて処方すべき薬剤といえそうです。先 達が生み出した優れた薬剤を次世代も使えるよ う護り育てていくことが私たちの務めでしょう。