「この病院でもっとも大切なひとは治療を受ける人である」と言える医療を提供したい。
Q1.琉球病院長として日々ご多忙のことと存 じますが、これまでを振り返ってご感想を お聞かせください。
昭和50 年に8 ヶ月間、県立八重山病院で派 遣医として勤務しました。当時は沖縄で精神科 病床が急速に増える時期に相当します。世界で は精神科病床を大幅に縮小し、内地では多くな った病床問題が論争になっていました。八重山 では地域で共に生き、支え、受け入れるのが当 たり前という自然な人々の営みがあり、それに 近代的な精神科医療を組み込むか否かなど、若 い精神科医師として大切な学習や経験をさせて いただきました。その想い出を胸に再び着任し て5 年が経過します。専門のアルコール・薬物 依存や司法精神医学など自分のフィールドはあ りますが、あの八重山で経験した共に生きる精 神科医療が忘れられません。現在の沖縄精神科 医療は我が国の中にあって近代化、システム化 という意味では先端のグループです。ただあの 懐かしい八重山で経験した温もりを実感できま せん。昔の沖縄の香りがする精神科医療を今一 度体験したいものです。
Q2.琉球病院は昭和24 年に県内で初めての精 神科病院として設立され、これまで本県に おける精神科医療を担ってきておられます。 貴院では、アルコール・薬物依存治療、司 法精神医学、治療抵抗性精神疾患、発達障 害の療育等、多種多様な医療ニーズに、多 専門職が一丸となって、チーム医療を提供 されておりますが、現状や今後の展望、課 題等について、お聞かせください。
私が生まれた年に設立された病院です。精神 科はハンセン病と並んでスティグマの対象の疾 患ですし、古い病院はそのシンボルになりやす いと思います。医療関係者にも問題があったで しょう。琉球病院では「この病院で最も大切な ひとは治療を受ける人である」を標語にし、こ の標語を体現できる精神科医療に取り組みたい と思っています。
また地域的には人口が少ない地域を診療圏と していますので、急性期医療よりもじっくり構 える医療の提供が必要と感じています。その一 つ「治療抵抗性」に取り組むことを使命とし診 断学、治療学を整理しました。その目的のため に医師・看護師・臨床心理士・作業療法士・ 精神保健福祉士・薬剤師・栄養士、それにマネ ージャーの事務職の専門性を高め、協働できる 体制を整えチームMDT(multi-disciplinary team)を創造することに力を注ぎました。臨床 場面での教育・研修・研究へいかに投資するか です。最近では自発的に活動に参加する職員が大幅に増えました。
専門精神科医療(アルコール薬物依存、児童 精神部門、司法精神医学)はじっくり取り組む のも役割と思っています。地元に密着すること と、日本全体に開かれていることの二面性を大 切にしています。専門医療は日進月歩の新しい 学びを取り込まなければ成立しません。
治療抵抗性統合失調症の治療薬であるクロザ ピンの使用を始めました。現在10 例ですが、 その効用は結核におけるリファンプシンに類似 しています。無顆粒球症など重篤な副作用に注 意を要しますが、効果は抜群で社会復帰を促進 します。これが広く使われるようになれば精神 科医療も脱病院に変化するでしょう。
「こども心療科」と通称していますが児童精 神科部門を肥前精神医療センターのバックアッ プで開始しました。経験豊富な臨床心理士の存 在もあり、施設整備をして県中北部の行政や教 育機関と連携して症例を重ねています。一番う れしいことは受診に同行するお母様方が当院に 偏見を持たれていないことです。琉球病院の古 いイメージを払拭するのはこの分野からではと 思います。
医療観察法やチームで実施する精神鑑定など全 国でも注目される司法精神医療が育っています。 全国に情報発信することを誇りにしています。
最後に沖縄はアルコール問題の大きさでは全 国一です。アルコール依存、飲酒事故、アルコ ール性肝硬変は人口比で全国一ですし、自殺や 犯罪の背後にもアルコール問題は潜んでいま す。一般医療や飲酒運転におけるアルコール問 題調査など疫学的研究を基礎にして、アルコー ル問題への早期介入に取り組んでいます。モデ ル的に県立中部病院で飲酒の低減目的とアルコ ール依存への早期介入を試みます。
Q3.地域との連携、病診連携についてご意見 がありましたら、お聞かせください。
これまで琉球病院は地域より遊離していたと 反省します。認知症など老人精神科医療もして いますが、そのことすらあまり知られていません。パンフレットやホームページを改変した り、医療連携室を広げたり、接近性の良い病 院、地域の病院や診療所と相互に連携できる施 設を心がけています。そこでは高度な精神科医 療を要するに難治性の症例に琉球病院の役割が あると考えています。
Q4.ペシャワール会の副会長に就かれており ますが、当会について沖縄県医師会の会員 へお伝えしたいことがありましたら、お聞 かせください。
長年、福岡で事務局長として内側より中村哲 医師を見てきました。彼がパキスタン北西辺境 州やアフガニスタン東部で行っている医療、灌 漑事業、農業事業について、その地道な活動が 多くの人々に共感を呼んでいます。誠実に事業 に徹することの大切さ、それを支える良心のエ ネルギーを感じます。沖縄戦や基地問題で多く の苦しみを記憶している沖縄だからこそ深く理 解いただけることもあります。人々の命をつな ぐためにアフガニスタンで黙々と徳を積む医師 がいること、それを支える多くの日本人がいる ことを記憶していただければ幸いです。
Q5.本会または日本医師会へのご意見・ご要 望がありましたらお聞かせ下さい。
WHO はたばこの健康被害より、アルコール の健康被害へ対策をシフトしています。この領 域で着実で新しい試みができる素地が沖縄には あります。広く医師会が音頭を取って飲酒低減 の早期介入研究やモデル事業を提案していただ ければ協力を惜しみません。
Q6.最後に日頃の健康法、ご趣味、座右の銘 等がございましたらお聞かせ下さい。
長年、山登りや渓流釣りを趣味としていまし たが、沖縄に来てからは海遊び、特にシーカヤ ックに興味を持っています。冬場はロードレー サーで気ままなサイクリングを楽しんでいま す。北部の沖縄は海岸線を散歩するだけでも、 その自然の美しさに心が洗われます。時には崖をへつりながら海岸線を何時間でも歩いていま す。最近、糖尿病と診断され好きな酒を減しま した。アルコール医療の専門家には酒好きが多 いのも意外な事実です。
座右の銘はありませんが、サルトルが「被投 的投企」という言葉で表現したことに共感しま す。「自分がここにいるのは、ここに投げ入れ られたからでもあり、自分がここに投げ入れた からでもある」という意味で、「私が沖縄にい るのは状況に支配されたからでもあり、自分が 選択したからでもある」と運命性と主体性の表 裏一体を表しています。中村哲医師が初期に好 んで使った「一隅を照らす」「誰も行かないと ころに行く、誰もしないことをする」も指針に なりました。中村哲医師の活動を支えるのが究 極の趣味で座右の銘かもしれません。
この度は、インタビューへご回答頂き、誠に有難うございました。
インタビューアー:広報委員 久場睦夫