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平成22年度家族計画・母体保護法指導者講習会
「母体保護法の理念とその運用」をテーマに

金城忠雄

理事 金城 忠雄

平成22 年12 月4 日(土)日本医師会と厚生労 働省主催により、日本医師会館で開催された標 記講習会に出席したので、その概要を報告する。

司会の今村定臣常任理事から開会が宣言された。

挨 拶

原中勝征日本医師会長は、「子育ては、社会 全体の責任であり、安心して子育てが出来る環 境を整備することは、国の喫緊の課題である。 この世に生を受ける時の担い手は、先生方であ り、そこから、親からの子供への愛情、育て方、 家庭の楽しみをご指導願いたい」と挨拶した。

来賓挨拶

寺尾俊彦日本産婦人科医会長は、「医師免許 に上乗せする国の定める認定資格は、母体保護法 指定医と精神保健指定医の二つしかない。母体 保護法指定医は、“胎児の生命に関わる医療”、後 者は、“強制的に入院させる人権に関わる医療” と特別な位置づけがなされている認定資格であ る。いずれも限られた「指定医師」のみに許され ている医療である。指定医師の資格を有するに は、専門的な知識と優れた技術、高潔な人格が必 須である。資格を継続するには、更新の必要があ り、指定医師は常に研鑽を積む必要がある。その ために日本医師会と厚生労働省主催による指導 者講習会がある」と挨拶された。

講 演

「医療の明日のために、今、できること」
原中 勝征(日本医師会長)

医療費増加政策への転換

平成22(2010)年度の一般会計予算の概要

医療費の引き上げと患者一部負担の引き下げについて

原中会長は、「今の時代、我々の最大の望み は、公的医療保険制度が持続的に運営される ことであり、その実現のため、医療を取り巻く 状況について、政府へ提言している」と述べ、 その一例として、日医が公表した、「日本医師 会国民の安心を約束する医療保険制度」を紹 介した。

現在の地域医療の崩壊状況は、これまでの医 療費削減政策による医師数削減、ベット数の削 減、診療報酬改定によるものである。

医師養成数の抑制は、昭和57(1982)年に 閣議決定され、平成20(2008)年になっては じめて医師数増加を決定した。医学部増設によ る医師不足対策では、多数の指導医の確保やコ メディカル定員確保で地域の医療が崩壊する。 ある時期に来ると医師過剰になり、将来の医師 過剰問題を考慮すると、医学部増設は反対であ る。予算や将来のことを考慮すると、現在の医 学部入学定員を増やすことが、理にかなってい ると述べた。

さらに、今後必要なこととして、国民皆保険 を堅持するために雇用を創出すること、所得と 生活環境を是正すべきであり、超高齢社会を見 据えた長期的ビジョン、医療費抑制政策をやめ させること、市場原理主義の医療への参入を阻 止することなどがあるとした。

医療ツーリズムについては、産業として営利 企業が医療に参入することは、混合診療全面解 禁につながる可能性が大きく、容認できない。

医療・介護への公費の投入について

経済産業省は、医療・介護施設と民間の関連 サービスとの連携による市場拡大を目指してい る。医療・介護は国民の安心・安全そのもので あり、国家が責任を負うべきであり、民間にゆ だねるべきではないと述べた。

シンポジウム

(1)日本産婦人科医会の立場から

公益法人制度改革による母体保護法指定権の行方

寺尾俊彦日本産婦人科医会長は、昭和23 年 の優生保護法の成立を受け、翌年に「日本母性 保護医協会」(現、日本産婦人科医会)が発足 したことや、男女雇用機会均等法の制定を受け て、国際人口開発会議や世界女性会議において 「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生 殖に関する健康/権利)が提唱されたことを説 明した。

母体保護法指定医師の指定権

指定医師には医師による審査が必要。また、 公益法人制度改革に関連して、母体保護法指定 医師を「公益法人たる医師会」が指定する旨が 明記された問題を取り上げ、「公益法人制度改 革によって変えられることは問題であり、指定 の許可や更新には、指定を受けようとする医師の専門的知識、技術、倫理性が求められ、審査 には、医師によるピア・レビューが適してい る」と述べた。

(2)日本医師会の立場から

今村定臣常任理事は、母体保護法指定権につ いて、日医のとるべき対応をまとめる必要があ るとし、指定権問題に特化した、「母体保護法指定医師の指定権に関する検討小委員会」を立 ち上げ、現在、議論していると説明した上で、 「法人の形態にかかわらず、従来どおり都道府 県医師会が母体保護法指定医師の指定権限を保 持すべき」と述べ、指定医師の空白地帯が生じ ないよう働きかけを行う考えを示した。

その後、「指定権については、今の公益法人 制度との関係で、すべての都道府県医師会が公 益法人に移行すると見込んだ記述となってい る。我々としても、指定権者がいなくなること への懸念を持っている。日本医師会では、母体 保護法指定医師の空白地域を作ってはならない との強い認識のもと、あるべき対応を審議継続 していて、空白地帯を1 箇所たりともつくらな いよう、精力的に働きかけている」とした。具 体的な制度のあり方については、「この法律が 優生保護法の制定時から議員立法として法制化 された経緯もあり、今後の自由な議論を妨げる ことのないよう、私からのこれ以上のコメント は控えたい」と述べた。

(3)メディアからみた“人工妊娠中絶”

迫田朋子NHK チーフディレクターは、リプ ロダクティブ・ヘルスについて、NHK が過去 に特集した番組を取り上げながら解説した。

そのなかで、メディアでは人工妊娠中絶につ いて、ほとんど真正面から取り上げられること がないこと、リプロダクティブ・ヘルス/ライ ツが国際的に広められた1994 年ごろは活発で あった議論も、現在では減少しており、人工妊 娠中絶を行った女性たちの心の葛藤を語る場が ないことなどが述べられた。

指定発言―行政の立場から

泉陽子厚生労働省雇用均等・児童家庭局母 子保健課長は、母体保護法の概要を説明し、人 工妊娠中絶の実施件数や実施率が年々減少して きている現状の説明がなされた。

コメント

今度の指導者講習会は、母体保護法指定医の 指定権者空白地域がおこることで深刻な問題に なることが印象深かった。

従来の指定権者は「社団法人たる医師会」か ら今度の法律改正により「公益法人たる医師会」 となったことより極めて憂慮すべき事態となって いるようだ。母体保護法は、成立して60 年間今 日まで適切に運用されてきたが、全く無関係と 思われる公益法人改革により混乱が起りそうで ある。公益法人制度改革法の変更により、指定 権者不在になりそうな空白地域に対して、日本 医師会や日本産婦人科医会は、空白地域が起こ らぬよう努力している。もし、母体保護法指定 権が空白地帯になると厚生労働省が指定するこ とになり、混乱が予想されるので、そうならぬよ う鋭意努力している。確かに、指定の許可や更 新には、医師の専門的知識、技術、倫理性が審 査されるので、その地域の医療界の実情を確認 できる地域医師会による評価審査が必要と思う。

母体保護法は、指定権者問題のほかに、妊娠 中絶の倫理的なことなど産婦人科医の苦悩が多 いことがあげられた。母体保護法指定医師は、中 絶には、妊娠週数、女性の自己決定の同意だけ でいいのか、奇形胎児条項の適応、多胎妊娠の減 胎術など倫理的心の葛藤に悩むことが多すぎる。