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膵癌診療における最近の進歩

浦添総合病院消化器病センター外科 同内科*
伊佐 勉、伊志嶺朝成、亀山眞一郎、松村敏信、古波倉史子、長嶺義哲、
小橋川嘉泉*、仲村将泉*、外間雪野*、内間庸文*

【要旨】

本邦における膵癌の死亡数は年間26,791 人で、悪性腫瘍部位別死亡原因の第5 位である。難治性癌の代表として知られているが、今後もさらに増加すると推測さ れており、治療成績改善のための診療体系の確立が急務である。何よりも早期診断 が大切である。膵癌の危険因子を有する高危険群に対して腹部エコーによる小嚢胞 や膵管拡張などの間接所見で拾い上げ、超音波内視鏡検査、膵管造影、膵液細胞診 などの精査を行うことによって1cm 以下の小膵癌や膵上皮内癌の発見が増加してお り、膵癌早期発見の糸口になると思われる。治療に関しては、Gemcitabine の出現 で化学療法の治療成績が向上し、外科治療も切除術の安全性や術後QOL の向上、 補助化学療法の進歩などにより徐々に治療成績も改善している。難治性癌である膵 癌を克服するには、高危険群の初期診療から専門治療施設までの連携が重要であ り、地域における体系的な診療システムを構築する必要があると思われる。

はじめに

膵癌は年々増加傾向にあり、2009 年の本邦 における悪性腫瘍部位別死亡数では男性が第5 位、女性が第4 位にランクされ、年間に26,791 人が死亡している。近年、乳癌の増加が社会問 題になり、ピンクリボン運動などの活動が盛ん になっているが、2009 年の乳癌による死亡数 は11,918 人、女性の膵癌によるそれは12,697 人であり、死亡数からみると乳癌よりむしろ膵 癌による死亡が多い。さらに今後も膵癌は増加 すると推測されているにもかかわらず、社会的 注目度は高くはないと思われる。膵癌は悪性腫 瘍部位別5 年生存率が最も低く、最も予後の悪 い癌としても知られており、診断時には切除不 能症例が多く有効な補助療法もなかったことか ら、Best Supportive Care を選択し、積極的 な治療が行われないことも多かった。それが、 医療従事者の間にも膵癌増加を実感しない一因 であると思われる。

しかし、近年ではGemcitabine(GEM)や S-1(一般名:テガフール・ギメラシル・オテ ラシルカリウム)などの有効な抗がん剤の出現 や外科治療の進歩によって、膵癌の治療成績も 徐々に向上しており、今後日常診療でも膵癌患 者を診療する機会が増え、初期診療の重要性も 高まるものと思われる。現在の標準的な膵癌診 療については膵癌診療ガイドライン(2009年版1)が指針となるが、本稿では初期診療に関 連すると思われる項目を、ガイドラインの解説 とともに最新の知見や自験例も含めて報告する。

T診断

1.危険因子、高危険群

癌の早期診断には危険因子の理解や高危険群の抽出が重要であるが、膵癌では高危険群の設 定が困難とされてきた。2006 年版の膵癌診療 ガイドラインでは、家族歴(膵癌、遺伝性膵癌 症候群)、合併疾患(糖尿病、慢性膵炎、遺伝 性膵炎)、嗜好(喫煙)を危険因子として挙げ ていたが、2009 年版ではさらに肥満と膵管内 乳頭粘液性腫瘍(IPMN)を追加している。

IPMN は膵管内に乳頭状増殖し、粘液産生を 特徴とする腫瘍である。良性の腺腫から浸潤、 転移をきたすIPMN 由来浸潤癌まであるが、そ の悪性度診断も容易ではなく、膵疾患のトピッ クスの一つである。さらに、IPMN 症例に異時 性または同時性の通常型膵癌の合併が多いこと が報告され、ガイドラインにも危険因子とし て記載されるようになった。良性と診断し経 過観察したIPMN 症例の検討で、IPMN 自 体の癌化よりも別の場所に通常型膵癌が発 見された症例が多かったという報告がいくつ か見られており2,3)、IPMN の手術適応の問 題とともに、通常型膵癌の早期診断の手が かりになるのではないかと注目されている。

2.画像診断

膵癌を疑った場合の画像検査としては超 音波検査および造影CT 検査を行い、必要 に応じてMRCP、超音波内視鏡(EUS)、 内視鏡的膵管造影(ERCP)、PET 検査を 組み合わせるよう推奨されている。

腫瘤形成性膵炎などとの鑑別が困難な症 例では、超音波内視鏡下穿刺吸引生検 (EUS-FNA)が2010 年から保険収載とな り、専門施設で導入され始めている。

病期診断に関しては、多列検出器型CT (MDCT)の出現により、格段の進歩を遂げ たものの、手術適応に関わる浸潤範囲の診断 には限界があるのが実情である。本邦におけ る全国多施設共同無作為化比較試験(RCT) において、膵前方浸潤、後方浸潤、門脈浸 潤に対する正診率はそれぞれ65 %、84 %、 86 %であったことより4)、ガイドラインでは 治療法の決定は開腹所見を基準に行うべき であるとし、画像のみを根拠に安易に治療方 針を決定すべきではないと提言している。

適切な治療を行うには、正確な質的診断と病 期診断が必要な事は言うまでもないが、画像診 断が向上した現在でもそれが困難な症例もあ り、安易に非切除と判断しないようにしなけれ ばならない。自験例を提示する。

【症例1】39 歳、女性。

近医で膵体尾部癌、門脈浸潤、多発性肝転移 と診断され化学療法を勧められたが、セカンド オピニオンを希望され受診した。画像検査で神 経内分泌癌を疑い(図1)、穿刺吸引生検にて 診断し、尾側膵亜全摘、門脈合併切除、肝部分 切除術を施行した(図2)。膵神経内分泌癌は肝転移症例でも切除する意義があるとされてお り、本症例も3 年以上経過した現在、肝転移は あるものの無症状で外来通院加療中である。

図1.

図1.症例1:造影CT
A :膵体部から頭部にかける腫瘤陰影(矢印)と門脈浸潤(矢頭)を認めた。B :腫瘍は胃十二指腸動脈左縁まで達していた。C 〜 E :肝臓には多発性転移を認めた(矢印)。

図2.

図2.症例1 :術中写真,切除標本
A :膵切離前(GDA :胃十二指腸動脈,PV :門脈,SMV :上腸間膜静脈, IMV :下腸間膜静脈)。B :尾側膵亜全摘出後の膵切離断端(矢印)と門脈吻合部(矢頭)。C :切除標本。

3.膵癌の早期診断

日本膵臓学会の膵癌登録報告2007 では、腫 瘍径2cm 以下の小膵癌の比率は10 %前後であ り5)、そのなかでもstage Tであったのは膵頭 部癌で15 %、膵体部癌で33.3 %のみである。 つまり、2cm 以下の小さな膵癌を診断するのは 容易ではないうえに、病変が小さくてもすでに 進行癌が多いということである。さらに小さな 腫瘍径1cm 以下の膵癌でさえも5 年生存率57 %と報告されており、できるだけ小さなう ちに発見する必要がある。

画像検査による小膵癌の描出はエコー検査 やMDCT よりEUS が優れているとの報告が 多い6)。したがって、エコー、MDCT にて主 膵管拡張や小嚢胞などの間接所見を拾い上げ、 積極的にEUS を行う必要があるとされてい る。さらに早期の上皮内癌を発見するには ERCP や膵液細胞診を行う必要がある。

花田ら7)は地域医師会と連携して「早期膵癌 診断プロジェクト」を発足し、地域病診連携に よる早期膵癌発見の成果を報告している。前述 のガイドラインに記載されている膵癌危険因子 を有する患者には連携施設において腹部エコ ー、CT 検査を施行し、膵管拡張または膵嚢胞 性病変を認める患者は専門施設でMRCP およ びEUS を施行する。そして腫瘤性病変の有無 によってERCP 下膵液細胞診、内視鏡的膵管 ドレナージ、EUS-FNA を追加している。その 結果、3 年3 カ月の間に1cm 以下の膵癌が11 例、うち膵上皮内癌5 例を診断し得ている。

U治療

1.外科治療

膵癌に対する外科治療の意義については、本 邦においてRCT が行われ、遠隔転移や動脈浸 潤のない進行癌(Stage W a)に対しても切除 群は化学放射線療法群より有意に予後良好であ った3)。進行癌では根治は困難ではあるが、有 意に予後が改善され、手術の安全性も高まって いることもあり、切除が勧められている。

日本では膵癌の切除術は拡大郭清が主流であ ったが、RCT にて拡大郭清群と標準郭清群と で生存率は同等で、むしろ術後合併症発生率を 増加させる傾向にあり、拡大郭清は行うべきで はないとされている8)

しかし、門脈合併切除に関しては、エビデン スレベルは高くはないものの切離断端および剥 離面における癌浸潤を陰性にできる症例に限り 推奨されている。

したがって、当院では遠隔転移や動脈浸潤の ない膵癌に対しては、R0(癌遺残がない)を 目指した手術を安全に行い、術後補助化学療法 をしっかり行うことが重要であると考えてお り、門脈合併切除も積極的に行っている。症例 を提示する。

【症例2】42 歳、女性。

IPMN 由来浸潤癌で、門脈が約7cm の狭窄 を認めた(図3)。切除範囲が大きく端々吻合 による再建はできないため、右外腸骨静脈を切 除し間置再建した(図4)。術後経過は良好であったが、3 年3 カ月後に現病死した。

膵癌の動脈浸潤例(上腸間膜動脈、腹腔動 脈、総肝動脈、など)では合併切除しても予後 不良であり、一般的には切除術の適応外とされ ている。しかし、Kondo ら9)は腹腔動脈、総肝 動脈浸潤例に対して腹腔動脈合併切除を伴う尾 側膵切除術(DP-CAR)を積極的に施行し、5 年生存率が42 %と報告している。さらに、注 目すべきは術前に認められた腹痛や背部痛も改 善し、良好なQOL が得られることである。わ れわれも、同様な症例には総肝動脈塞栓術を施 行後、DP-CAR を施行している。

図3.

図3.症例2 :造影CT
A :膵頭部腫瘍(矢印)。B :腫瘍による門脈狭窄(矢頭)

図4.

図4.症例2 :術中写真
右外腸骨静脈を用いた門脈間置再建後(矢印)。

【症例3】79 歳、女性。

膵体部癌にて紹介となった。MDCT にて脾 動脈根部から腹腔動脈にかけて癌浸潤が疑われ た(図5 : A 〜 C)。総肝動脈塞栓術を施行し肝臓および胃への血流を確認後(図5 : D)、7 日目にDP-CAR を施行した(図6)。約1 年経 過した現在、明らかな再発所見なく、外来通院 中である。

図5.

図5.症例3 :画像検査
A :膵体部腫瘍(矢印)。B,C(3D-CT):脾動脈根部から腹腔動 脈に浸潤所見を認めた(矢頭)。D(血管造影):総肝動脈塞栓術後 の上腸間膜動脈造影にて側副血行路を確認。

図6.

図6.症例3 :術中写真
DP-CAR 施行後の総肝動脈切離断端(矢印)と腹腔動脈切離断端(矢頭)。

膵全摘術に関しては、ガイドラインでも適応 は懐疑的で推奨するエビデンスはないと記載さ れている。しかし、手術の安全性や術後管理の 向上によって、膵全摘術も比較的安全に行える ようになり、専門施設では症例が増加しつつあ る。当院でも根治切除可能な症例には膵全摘術 も施行している。

【症例4】79 歳、女性。

近医にて膵体部IPMN に対して膵体尾部切 除術を受け、約4 年後に膵頭部癌が発見され、 紹介となった(図7)。79 歳と高齢ではあるが 治癒切除が可能と判断し、残膵全摘術を施行し た(図8)。約1 年経過した現在、外来にて補助 化学療法中である。

図7.

図7.症例4:画像
膵体部癌に対する膵体尾部切除術後に発生した膵頭部腫瘍(A,B)

図8.

図8.症例4 :術中写真
残膵全摘術施行後。

一方、境界病変や低悪性度の膵腫瘍に対して縮小術も施行されている。膵管造影やEUS な どによる精密な質的診断や病期診断が可能であ れば、縮小手術の適応となる症例もある。

【症例5】47 歳、女性。

上腹部痛にて近医を受診し、膵頭部に嚢胞性 病変を認め紹介となった。画像検査にて浸潤を 疑う所見はなかったが(図9)、膵液細胞診に てclass V b と診断された。膵頭下部IPMN で 下頭枝根部〜主膵管に壁不整を認めたため、十 二指腸・胆道温存膵頭切除術を施行した(図10)。病理検査は非浸潤癌であり、術後経過も 良好であった。

図9.

図9.症例5 :画像
A :膵頭部嚢胞性病変(矢印)。B :乳頭の開大と粘液の排出を認めた。 C :膵管造影では下頭枝から主膵管にかけて壁不整(矢頭)を認めた。

図10.

図10.症例5 :術中写真
十二指腸・胆道温存膵頭切除後。

2.化学療法

2001 年にGEM の保健適応が承認されてか ら膵癌の治療成績も向上し、現在では切除不能 局所進行膵癌および遠隔転移を伴う膵癌の標準 治療となっており、術後補助化学療法としても 推奨されている。GEM は骨髄抑制や消化器毒 性があるものの比較的重篤な副作用は少なく安 全性が高い抗がん剤であり、疼痛軽減などの症 状緩和効果も認める。

二次治療としてははまだ確立したものはない が、S-1 などが期待されている。また、GEM 単独と併用療法または分子標的薬などの治療と の比較試験がいくつか進行しており、その結果 が待たれる。

3.放射線療法

切除不能な局所進行膵癌に対する化学放射線 療法は選択肢の一つとして推奨されている。し かし、術後の補助化学放射線療法は有用性を支 持するエビデンスは得られておらず、我が国で は化学療法単独で行われている。

術中放射線療法については有用性を示すデー タがいまだ得られていない。最近の国内での RCT でも切除膵癌の予後に寄与しないという 結果が報告されている10)

Vおわりに

難治性癌である膵癌を克服するには、高危険 群の初期診療から専門治療施設までの連携が重 要であり、地域における体系的な診療システム を構築する必要があると思われる。

文 献
1)日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会 (編):科学的根拠に基づく膵癌診療ガイドライン 2009 年版,金原出版,2009.
2)Tada M, Kawabe T, Arizumi M, et al: Pancreatic cancer in patients with pancreatic cystic lesions: a prospective study in 197 patients. Clin Gastroenterol Hepatol 4:1265-1270, 2006.
3)Uehara H, Nakaizumi A, Isikawa O, et al: Development of ductal carcinoma of the pancreas during follow-up of branch duct intraductal papillary mucinous neoplasm of the pancreas. Gut 57:1561- 1565,2008.
4)Imamura M, Doi R, Imaizumi T, et al: A randomized multicenter trial comparing resection and radiochemotherapy for resectable locally invasive pancreatic cancer. Surgery 2004:136:1003-1011.
5)江川新一,当間宏樹,大東弘明,他:膵癌登録報告 2007 ダイジェスト.膵臓23 : 105-123,2008.
6)花田敬士,飯星知博,平野巨通,他: 1cm 以下の小 障癌診断におけるEUS の位置づけ.胆と膵30 : 343- 348,2009.
7)花田敬士,飯星知博,片山 壽:膵癌の早期診断に向 けた戦略-地域病診連携を生かした取り組み-,日本消 化器病学会雑誌107(臨時増刊号): A641,2010.
8)梛野正人.共通プロトコールに基づく膵がんの外科的 療法の評価に関する研究.厚生労働省がん研究助成金 による研究報告集―平成15 年度版―.P288-292.
9)Hirano S, Kondo S, Hara T, et al: Distal Pancreatectomy with en bloc celiac axis resection for locally advanced pancreatic body cancer. Annals of Surgery246:46-51, 2007.
10)Kinoshita T, Uesaka K, Shimizu Y, et al: Effects of adjuvant intra-operative radiation therapy after curative resection in pancreatic cancer patients: Results of a randomized study by 11 institutions in Japan. J Clin Onco1 27(15S):abstr4622,2009



Q U E S T I O N !

次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、 日医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(84.その他)を付与いたします。

問題
膵癌に関して、次の設問1 〜 5 に対し、○か×印でお答え下さい。

  • 肥満は膵癌の危険因子の一つである。
  • 膵臓の小嚢胞や膵管拡張は膵癌を疑う間接所 見として重要であり、精査を行う必要がある。
  • 膵癌は難治性の癌であり、切除術において は拡大リンパ節・神経叢郭清が必須である。
  • Gemcitabine は生存期間延長と症状緩和効 果が証明され、遠隔転移を伴う膵癌の一次治 療として推奨されている。
  • 術中放射線療法は有効性が証明され、施行 することを推奨されている。

CORRECT ANSWER! 11月号(Vol.46) の正解

小児ネフローゼ症候群に対する免疫抑制療法

問題
小児特発性ネフローゼ症候群に関して次の1)〜5)の設問に対し、○か×印でお答え下さい。

  • 初期治療の第一選択薬はステロイド薬(プレドニゾロン)である。
  • 小児特発性ネフローゼ症候群の約30 〜40 %が頻回再発型となる。
  • 小児特発性ネフローゼ症候群患者は、ステロイド薬や免疫抑制薬にて加療中の予防接種 は禁忌である。
  • シクロスポリンの長期投与は慢性腎障害を 引き起こすリスクファクターである。
  • 成長と発達の過程にある小児期に最適な治 療法は、再発抑制効果が高く、副作用のない 安全な治療法である。

正解 1.○ 2.○ 3.× 4.○ 5.○